世界にふたり | ナノ
久々に帰ってきたお父さんが、クリスマスに家族で食事をしようと言い出した。お母さんと弟に会うのはお正月以来。というかお正月以外に会ったことがない。だからこれは決定事項であって、私の意見を聞いているこではない。ああ、嫌だな。

「なんかあったのー?」

溜め息のせいか、心配そうに私を覗き込んだ覚くん。

「んー。お父さんが……」

この事を覚くんに話すと、親でも年に一回しか会わない人に会うのは気まずいよねと、私に同調してくれた。

「てかそれって、クリスマスは俺と会うことはないってコトじゃん!?」
「クリスマス部活でしょ?」
「あるけどー、練習早く終わる説」
「そうだったんだ」
「まあ、寮で何かやるみたいだし。先輩にアレコレ言われるんだろーなぁ」

ダリーと嫌そうな顔をした覚くんに笑ってしまった。そんな私を見て、少し元気出た? と嬉しそうに聞いてきた彼に頷いて見せると、良かったと笑顔で言われた。

「好き」
「え?」
「love」

私がそう伝えると、嬉しそうな顔をして私の周りをぐるりと回った。その時の横顔が、一瞬表情を失ったように見えて、確認しようと覗きこめばいつものようにニコニコとしていた。さっきのは気のせいだろうか。違和感が膨れる。育つ。そして蓋をした。


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クリスマス当日。幼い弟に合わせて、お昼時に何度か来たことがある料亭での食事。久々に合う弟は見るたび大きくなっていて驚く。といっても年に一回しか会わないのだから当然だ。
食事中は私を除いた三人で会話が進む。まだ会話がおぼつかない弟の話を、二人が楽しそうに聞いている。私は弟が何を言っているのか理解できることが少なくて、何を言えばいいのかわからずにいた。それを察したお父さんが、気を遣って私に話を振ってきて、それに答える。そんな食事の場は、息が苦しい。早く帰りたい。私の頭の中はそれでいっぱいだ。

料理を食べ終わると、女将さんがケーキを運んできた。お母さんが用意したのだと私の耳元で教えてくれ、弟は目を輝かせて喜び、その光景を私は眺めた。
クリスマスケーキはよくあるショートケーキではなくて、私が昔好きだったチョコレートケーキだったと気づいたのは、ケーキを食べ終わった後、お父さんが「ナマエは誕生日にもこのケーキを欲しがったよな」そう言われた後のことだった。


「これお父さんから」

そう言って渡されたプレゼント。きっと中身は最新の電子辞書。何が欲しいか前もって聞かれてたから、そうに違いない。

「ありがとう」
「これはお母さんから」

そう言って渡された、何年ぶりかのお母さんからのプレゼント。最初に感じたのは何で? という疑問。お父さんが開けてみれば? とニコニコしなが言ってきたため、恐る恐る中身を覗く。そして中に入っているものは、昔好きだったキャラクターのぬいぐるみだった。それは散々捨てられたもの。何で。何で今更? どうして、なんで……?

「私、今はもうこれ好きじゃない」

黙ってお礼を言って受け取っていればいいのに。気づけばそんな言葉を吐き出していた。

「勉強があるので先に帰ります」

嫌悪感に襲われ、私は返事も聞かずに逃げ出した。
よくわからない感情に呑み込まれる。凄く嫌だ。胸が気持ち悪い。何で今更こんなことをするの? お父さんがいつだか言っていた。お母さんは私に、どうしたらいいか分からなくなってしまったのだって。嫌いになったわけじゃないよって。私に厳しくし過ぎて、後悔してるし謝りたいはず。でも、もう少し待ってあげてって。私は別に待ったりなんかしていなかった。今更もういい。関わりたくない。
今後一緒に暮らすつもりなのかな。私は無理だ。きっと一緒に生活したら、息ができなくなってしまう。

携帯が鳴っている。画面を確認すると、お父さんからの着信。心配をかけてる。電話に出たくないのに、迷っている自分がいる。そうしているうちに鳴り止んだ携帯。そして直ぐにまた携帯が鳴った。“メリクリー”と覚くんからだ。これから寮でご馳走食べますと写真つきで。思わず電話をかけてしまった。

「もしもし? 家族でお食事終わったのー?」

いつもと同じ、明るい声色。何故だか泣きたくなった。涙が出そうになった。

「……会いたい」
「え?」
「会いたい」
「今ドコ?」

場所を伝えて、私は駅がある方向へと歩いた。駅までは結構な距離があるけれど、あの空間にいるよりはましだ。そう決心したところで再び鳴った携帯。

「……お父さん。勝手に帰ってごめんなさい。でも今は一人でいたい。ちゃんと電車で帰るから」

お父さんにちゃんと家に帰ることを約束して、電話を切った。電話を切る間際、今日はお母さんと弟と過ごす言ったお父さんに、顔を合わせずに済むことを心底安堵した。お父さんたちは、私と和解して一緒に過ごす予定だったんだろうな。どうして和解できると思ったのだろう。私はこのままでいいのに。

駅に着く頃には、空がオレンジ色に染まっていた。学校からこの駅までどれくらいで着くのだろう。会いたいなんて言ってしまったけど、覚くんは大丈夫なのだろうか。迷惑なことをしてしまった。
駅で線路図を眺めていると、後ろの方で自転車のブレーキ音が鳴り響いた。驚いて振り向くと、サンタの格好をした覚くんがひらひらと手を振っている。

「サンタさんが来たヨーん」
「……嘘」
「いい子のナマエちゃんには覚サンタがいいものあげるネ」

はいどーぞと首にかけられたチェック柄のマフラー。

「お、似合う似合う」

そう言って笑った覚くんは私のこぼれ落ちた涙を指でなぞった。

「覚くんも、似合ってるよ」
「あ? コレ? 意外と暖かいのヨ! コレがまた」

バレー部のクリスマスパーティーをしていたのだと話しながら、私を自転車の後ろに乗せてペダルを踏んだ。

「今年はホワイトクリスマスじゃなくて良かったヨ」
「この自転車誰の?」
「寮の管理人のー。買い出しするからってお願いしたら貸してくれた。抜け出すのに時間かかっちゃったんだけど、ちょうどよかったネ」
「ごめんね。突然呼び出して」
「いんやー。どっちかってば嬉しかったけどね、俺は」

覚くんのお腹に回した腕に力を込めて、抱きつきながら「ありがとう」と小さく呟くと、「いいえー」と返事が帰ってきた。

「クリスマスに会えて俺はハッピーよ」
「マフラーあがとう。私、何も用意してない」
「いーよいーよ。その代わり来年はなんかチョーダイ」

来年。来年は一緒に過ごせるかな。マフラーに涙が染み込む。泣いているのを知られたくなくて、私は何度も頷いた。このままどこか遠くまで行きたい。二人だけで。そう切に願った。
クリスマスなのにイルミネーションなんかない真っ暗な道を、私のつまらい話をしながら進んだ。「子供みたいなことしちゃった」と言う私に「子供なんだからいーんでない」と風に溶けてしまいそうな優しい声。心が少し軽くなった。

赤い彼はサンタクロース

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