ラッキーガール | ナノ
「正月どうすんの」

冬休み間近のテスト期間中、白布くんとの勉強を終えて寮へ戻る途中に投げ掛けられた言葉。私は意を決して「お邪魔します」と伝えると、白布くんは満足そうに口角を持ち上げた。

「年越しは?」
「え?」
「泊まんの?」
「と、とま、泊まる!?」

ただ白布くんの家に行くことだけを考えていたため、お泊まりという単語にびりびりと雷で打たれたような衝撃が走る。

「で、どうすんの」

単純に白布くんと時間を気にすることなく、一緒にいたい。けれど心の準備だとか、その他もろもろ、いろいろ。想定を越えた言葉に自分の思考が追い付いてはこなくて「どうしよう」と思ったことそのまま口にしてしまった。

「泊まりにきたからって何もしねえよ」
「そ、そっか」

わかりやすくほっとした顔を見せると、白布くんは少しだけ顔を歪めていたが、こうしてお正月のお泊まりが決定した。


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年末。友達と年を越すと親に伝えると、察しのいい母は私に手土産を持っていきなさいと紙袋を手渡し、ニヤニヤした顔をする。無意味だとわかりながも「友達に渡すね。友達に!」と強がって家を出た。
コートにマフラーに少し大きめの鞄を手に、電車に揺られる。その最中、心臓は電車よりも煩くて、白布くんの家につく頃には爆発でもするんじゃないかって程に緊張していた。その緊張をどうこうする間なく、ひと駅進んだところで電車を降りると、鼻を赤くした白布くんが改札口で私を待っていた。

「お、おはよう」
「お前の朝はずいぶん遅いんだな」

お昼を回った時間の挨拶に的確な突っこみ。どうやら白布くんは鋼の心臓をお持ちのようだ。

「いい、いい天気だね」
「そうか?」

どんよりと曇った空。今にも雪が降りそうである。そんな空から白布くんへ視線を戻す。「ん」そう言って不意に差し出された手。緊張してテンパっている私はその手に自分の手を乗せる。すると白布くんは「荷物だよ」とクツクツ喉をならしながら言った。

「ご、ごめん! 荷物ね、荷物! ありがとう!」

ああ、やり直したい。二分でいいから時間が戻ってほしい。白布くんは意地悪な顔をしながら「こっち」と駅へ背を向けて歩きだし、私は黙ってそれに続いた。
二人で歩きながら、私は沈黙が怖くてとんちかんなことばかり喋った。そんな私に呆れた顔をしながらも、白布くんはそれに付き合ってくれた。そうしてベラベラと一人で話しながらたどり着いた白布くんのお家は、彼の宣言通り無人であった。

「お邪魔します」

しんと静まり返った空間に響いた自分の声。誰もいないとわかりながらも、玄関で頭を下げてしまう。その行動に対して白布くんは兎や角言うことなかった。

「あの、お家の人は……」
「じいさん家」
「白布くんは行かなくてよかったの?」
「部活休みになるとは思ってなかったし、親もそう思ってたし。もともとその予定はなかった」
「そっか」

ほら、と手渡された荷物を見て、母から持たされた手土産の存在を思い出した。

「あ、これ親から……」

「大したものじゃないけど」なんてそれらしいことを言いながら差し出すと、白布くんは眉間に皺を寄せる。

「親にナマエ泊めること言ってないんだよな」

はたと気づく。そうだよね。お正月に彼女を泊めるなんて言えないよね。それなのに手土産が家にあったら怪しまれるよね!

「何て言って家でてきた?」
「友達の家に泊まるって。そしたらお母さんが持っていきなさいって」
「ふーん。お前と違って気の利く母親だな」

何か言い返したいが、何も言い返せません。もう謝罪の言葉くらいしか言えないなと思い、謝ろうと口を開くとそれより先に白布くんが言葉を発した。

「まあ、いいや。親には適当に言っとく。そのうち紹介するし、そのうちお前んちにも挨拶すればいいだろ」
「……あ、うん」

私のこと、紹介してくれるんだ。私の家に、挨拶しに来てくれるんだ。さらりとそんなことを言われて感動していると「こんなのもらったら本当になにもできねぇな」なんて言われて。さっきの感動がどこかへぶっ飛んでしまった。

ゆっくりとぶつかった視線にぶるりと震えた身体。けれど白布くんがふんと鼻を鳴らしたことによって、からかわれたことに気づく。

「冗談だよ。さっきから緊張しすぎ」
「そりゃ! ……緊張はするよ」
「うつるからやめろ」

整っている自身の前髪に触れながら、そんなことを言う白布くんを凝視してしまった。すると急かさず「なんだよ」と睨まれる。

「白布くんも緊張するの?」
「するだろ。普通」
「そっか」

同じなんだ。良かった。そう思うと少しだけ肩の力が抜けた。


それから私と白布くんは、暖房の効いたリビングでお正月番組を見ながらくつろいだ。寮生活なこともあって、目新しいタレントや芸人ばかりの番組がやけに新鮮だった。けれどそれに集中することはできなかった。ケラケラとテレビから聞こえる笑い声。少し視線を動かせば真顔の白布くん。

「なんだよ」
「いや、その。卒アルとか……見たいな? なんて」

眉間に深く皺を刻み睨まれてしまった。「嫌なら大丈夫です」と慌てて口にするが、白布くんはリビングから立ち去りすぐに戻ってきた。そして「ほら」と差し出されたアルバム。「拝見します」なんて出てしまった言葉に白布くんは乾いた笑い声を上げた。
ページを捲り、クラス一人一人の顔をしっかり見ながら白布くんを探す。けれど白布くんのクラスのページを開けばすぐに、見つけることができた。だってやっぱり王子さまの輝きが放たれているから、自然に視線が引き付けられた。

「白布くんちょっと幼い顔してる」
「変わってないだろ」

そうだろうか。今の白布くんの方が大人っぽくて男っぽくて、格好いいと思うのに。写真と白布くんを交互に何度も見比べる。するとその視線を煩わしそうに払いながら「もういいだろ」とアルバムを回収されてしまった。

「変わったっていうならお前の方が変わったんじゃねぇの?」
「私? あ、入試の時と比べてってこと?」
「もっと地味だったろ」
「入試だったから。凄く真面目な身形を心がけてたよ、あの時は。でもそんなに変わったかなぁ」

髪形くらいしか変わっていない気がする。あとは……制服?

「変わっただろ。ナマエのことは結構印象深かったのに、学校で気付かなかったし」
「それは、ほら。人数多いし、私目立たないし」

じっと私を見つめる視線から逃れたくなる。威圧的で、ちょっと怖くて、逆らえなくなりそうで、それでいて綺麗で。呼吸が止まりそうになるから視線を絡め続けてはいられない。

「か、」

か? 不自然に途切れた続が気になって、視線を戻すと今度は白布くんが勢いよく顔ごと視線を反らした。そして「風呂洗ってくる」なんて言って脱衣所へ姿を消してしまった。

白布くんの行動を不思議に思いながら「か」に続く言葉を想像する。か、変わった。か、賢い。か、……可愛い。うん。変わったが正解だろう。
一瞬でも浮かんだ自惚れた考えを消し去ってもう一度アルバムへ手を伸ばす。そしてクラス写真をとばして行事の写真、部活動の写真を眺めた。私の知らない時間を覗く行為がなんだか背徳的。それでいて、少し嫉妬する。この中に白布くんの元カノがいたりするのだろうか。白布くんが想いを寄せていた人がいるのだろうか。はたまた白布くんへ想いを寄せていた人がいるのだろうか。


「まだ見てたのかよ」

もやもやとした気持ちでいると、袖をまくり水気の感じられる腕を腰に当てた白布くんが、いつの間にか私を見下ろしてた。

「面白い? 人の写真見て」
「……うん」

まさに今ちょっと面白くない気持ちになった、なんて言ったら怒られるかな。勝手に見て勝手に不機嫌になるとか。

「なんだよ」
「いや、なにも。アルバムありがとう」

アルバムを閉じて返すと、白布くんはなかなかそれを受け取ろうとはしなかった。

「白布くん?」
「なんでもないって顔には見えないんだけど」

隠されると腹立つから言えよと乱暴にアルバムを引っ付かみ、私の隣へ腰を下ろした。そして自身の膝にアルバムを置きぱらぱらとそれを捲る。

「卒業以来、初めて見る」
「……そっか」
「で? お前は何が不満なわけ」
「不満なんて、」

ないよ。そう言いたかったのに、白布くんの鋭い視線に言葉が続けられなかった。言えよっていう白布くんの視線は、脅されているような威圧がある。

「……この中に、元彼女とか、好きだった人とか、いるのかな……と」

言葉にして実感する。面倒くさいこと言っているなと。見たいと言って見て、勝手に想像して落ち込んで。本当に面倒な女だ。やっぱり今の無し! そう言おうと思った時、白布くんが抑揚なく「いない」と否定的な言葉を吐き出した。

「え、いないんだ」

自分でもわかるくらい明るくなった声色。単純な私を白布くんは鼻で笑った。そして、冷たい視線を向ける。

「お前はいるよな、元彼氏」
「……え」
「塾のやつ」
「え、え?」

まさかの切り返しに頭はまっ白。
中学生の時、確かに彼氏と呼べるような人はいた。同じ塾で告白されて付き合ったけれど、塾で会って話したり、電話やメッセージのやり取りをしたくらいで、デートらしいデートなんかしたことはない。そう白布くんへ伝えると「ふーん」と気のない返事。
別に悪いことをしたわけではないのに、どきどきと心臓が騒いで握った掌には汗が滲む。隠していたわけじゃない。けれど誰かに話した記憶もない。私がアルバムを覗いたように、白布くんも私の何かを覗いて見透かしているのだろうか。

「どうして知ってるのかって?」

じっと私を責めるような視線に逃げたくなる。

「俺も同じ塾だったんだよな」
「……う、うそ」
「同じクラスになったことはないけど」
「同じ、塾? 白布くんが?」
「いつだかの模試のとき、俺の斜め前にお前が座ってたんだよなぁ」

必死に塾のことを思い出そうと頭の中の引き出しを引っ張り出すが、どこを開けても白布くんの姿は現れない。つまりは全く記憶になかった。

「すっげータイツ破けてたからよく覚えてる」

この辺、と私の太股をするりとなぞった。その刺激に思考停止。ぶるりと全身が震え、羞恥なのか憤怒なのかわからない涙が出そうになる。全身がかっかして、頭は音を立てて再び動き出す。

「最初からラッキーガールだったわけだ」

にやりって口角をつり上げて笑った白布くんの表情を見て、その日のことが走り抜けるようにして急に蘇った。


休日。試験本番は制服だからとわざわざ制服を着て模試の開場へ向かう途中。近所の犬に飛び付かれてタイツが破けたのだ。コンビニで新しいの買えばいいやなんて呑気に構えていたら、財布を持っていなくて泣く泣く破けたタイツのまま模試を受けた。たったそれだけのこと。
スカートで大半は隠れてはいるのもも、完全に隠しきれてはいない。それが恥ずかしくて、周りの視線が気になって、必死に鞄で隠しながら歩いた。破けたタイツが気になって試験に集中できず、模試の判定は過去最低。その日、斜め後ろに白布くんがいたかどうかなんて記憶にはないし、きっと気にする余裕もなかった。


「あ、あの日はちょっとした事故があって」
「事故ねぇ。俺、お前のせいであの日の模試自己最低の得点だったんだよな、確か」

過去を懐かしむようにアルバムに視線を向けたまま、「まあ、でも」と白布くんは言葉を続ける。

「模試で苦い思いしておいて良かった、結果的に。それに試験本番、目の前でずっこけるからさぁ」
「それは! もう……忘れて欲しい」
「本番でも難儀だなコイツって思ったら、全然緊張しなくて。本当にラッキーガールだよお前」

パタリとアルバムを閉じた音がして、そちらに視線を向ければ、白布くんの指が私の髪をすいて耳をなぞった。そして頚筋、鎖骨の辺りに触れて離れる。近付く顔。キスされる。そう思って身構え固まっていると、白布くんの唇は私の口ではなく耳元へと寄せられた。そして「俺のラッキーガール」と囁かれ勢いよく白布くんから離れ距離を取ると、私を嘲笑うようにして喉を鳴らした。

「何もしないって言ったろ」

固まる私を見て白布くんは「真っ赤」と楽しそうに笑い、アルバムを片手にリビングから姿を消した。その背中を眺めながら頭からか、心臓からなのか、私の中でボンと何かが爆発したような音が聞こえた気がした。

My lucky girl.

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