ラッキーガール | ナノ
「今日は寒いね」

落葉の乾いた音が、肌寒い風に乗って私の耳を撫でる。意味もなく自分の手を握ったり開いたりしながら私は、白布くんへかけるべき言葉を探していた。

「この前の小テストやばかったんだ」
「へー」
「勉強頑張らなきゃなぁ」

日常的な話題に、白布くんは気のない返事を淡々と返す。そんなやり取りを何度も繰り返した。昨日の天気、今日の空の色、明日の朝やるべきこと。取り留めのない話を、木の葉がゆっくりと落ち葉へ変わるように、ぽつぽつと紡いだ。

「お昼もう食べた?」
「食った」
「……そっか」

お互いに部活が午前中に終わった休日の、お昼と呼ぶには遅い時間。私と白布くんはあてもなく外をぽてぽてと歩いていた。

“散歩などどうでしょう”

なんの脈略もなく送った私のメッセージに、案外返事はすぐにきた。

“五分後校門前”

五分後って早いよと思いながらも、急いで支度を済ませて小走りに寮を出る。白布くんはどんな顔をして現れるのだろうかという不安を抱えながら、校門前を目指した。



「バレー部が負けたらしい」

部活の練習中、顧問の先生が不意に漏らした言葉を、すぐには理解することが出来なかった。それは私以外の部員も同じようで、「嘘だ」とか「またまた」とか。そんな言葉を口にした。

「何かの間違いでしょ」

最終的には皆がそう口を揃えた。現に学校へ戻ったバレー部からは、敗北の雰囲気なんか感じられなくて、体育館に響く聞き慣れた掛け声にボールの弾む音。それらはいつも通りの練習風景に思えた。けれどその日の夜に、白布くんから来た“負けた”というメッセージを見て、先生の言葉が事実だったのだと漸く実感した。
なんと返信しようか、どんな言葉をかけようか悩み、見つめた“負けた”の三文字。たった三文字が酷く痛々しく、重いものに思えた。

それから白布くんに会うことはなかった。お昼は先輩が引退して新体制になったためかミーティングがあると言われたし、偶然会うなんてこともない。川西くんにそれとなく話をふれば「ミョウジさんのパンツでいろいろと元気になる」なんてふざけたことを言う彼は、いつもと変わらず飄々としていた。だから実際に白布くんが落ち込んでいるのか、そうではないのかが分からなかったし、本人にそれを聞くに聞けないでいた私は、白布くんを散歩へ誘ったのだった。

そんな私の前に現れた白布くんは、見慣れたジャージ姿でいつもと変わらない顔をしていた。そして隣を歩き、真っ直ぐに前を見据えた横顔は、いつもに増して凛としている。清んだ空気と同化してしまうのではないかと錯覚してしまう程な。そんな彼の存在がどこか儚げで危うくも見えて、勝手に不安になった。しかし、それをどうこう出来る術を私は知らない。
目的もあてもなく、ただ道なりにそって歩く。学校から離れ、通りすぎる車を横目に、一定のリズムで歩く二人の歩幅は心なしか狭かった。

「なんか用があったんじゃねぇの」
「え、あー」

なんと言えばいいのだろうか。

「最近、会ってなかったから」

会っていなかったから、なんだろう。だから会いたかったなんて、らしくないことを言えば、白布くんは笑ってくれるだろうか。馬鹿なこと言ってんなよって。もしくは心配してたなんて言ったら……、これは怒られるだろうか。

「散歩ってなんだよ」

そんな私の思惑をよそに、白布くんはなんともない顔をして私の横を歩く。

「あ、うん。そう、だよね」

途切れた会話。なにか白布くんが笑ってくれるような話をしたくて、的外れとわかりながら「もうすぐ冬だね」なんて言葉を口にする。白布くんの表情は特に変化なく、先程までと同様淡々と会話が続いた。

「正月どうすんの」
「年末から三が日まで実家に帰るよ」
「ふーん」
「白布くんは?」
「年末年始は部活休みらしいけど、特に決めてない」
「そっか、お休みあるんだね」

あ、春高にいかないから休みなんだ。そのことに気づくと、背筋がひんやりとして思わず出そうになった「ごめん」という言葉を、慌てて呑み込んだ。なんて私は駄目なやつなんだろう。自分自身に落ち込む。
再び訪れた沈黙。その空気にどうしようもなく居たたまれなって、私は自分の唇を強く結ぶことしかできなかった。そんな私の横で白布くんは大きなため息をついた。そして「お前さ、」と言って言葉を区切る。その続きを聞くのが怖くてぐっと肩に力が入るが、なかなか次の言葉を発しない白布くんに恐る恐る視線を向けると、彼は難しい顔をして反対側の歩道を見つめていた。その表情の変化の理由が知りたくて、白布くんの視線を辿る。するとそこには、軽快なリズムで走る牛島先輩がいた。自主練だろうか。そんなことをぼんやりと考えると急に白布くんが「走る」なんて言い出して、私の返事をまたずに駆け出してしまった。

「え、白布くん!?」

呼び掛けても白布くんは振り返ることなく、秋めいた景色に吸い込まれるようにして、どんどん先へと先へ行ってしまった。その背中が見えなくなって漸く私も走り出す。走って走って走って。胸が苦しくなった。それは酸素が足りないから。白布くんになにもしてあげられない自分が情けないから。思わず走り出した白布くんの気持ちが全然わからないから。何かしてあげたいのに何もできないことが、こんなにももどかしいなんて知らなかった。


暫く走ると土手の草むらに寝転ぶ白布くんを見つけた。片腕で目元を隠し、いつもより大きく上下している胸。なんて声をかけようか自分の呼吸を整えながら考えていると、私の存在に気づいたらしい白布くんが先に口を開いた。

「意外と走れるんだな」
「一応、運動部ですから」

寝転んだままの白布くんの横に腰をおろし、土手から見える殺風景な景色を眺める。
聞きたいことはたくさんあるのに、うまく言葉にできない。でも私が知りたいと思うことは、ただの自己満足なのではないだろうか。白布くんの本心を聞き出して、なにができるのだろうか。なにもできないのではないだろうか。速くなった自分の鼓動を聞きながらそんな風に結論づけると、白布くんがぽつり。「試合」と呟いた。

「え?」
「試合に負けたのは、普通に悔しい」

負けた試合の話。白布くんは察してくれたのか、気を遣ってくれたのか。私の知りたかったことをぽつぽつと話してくれた。

「でも別に気落ちはしてない」
「そっか」
「ただ」
「うん」
「新チームのこととか、これからのレギュラー争いとか。不安は少なからずある」

聞きたかったことを聞けたら聞けたで、無理に話させてしまったのかなと罪悪感が生まれた。けれどそれを白布くんが軽くしてくれる。

「太一には言えてなんで俺に言えないんだよ」

俺に言えばいいだろって怒ってくれる。腕の隙間から覗く、下から刺さるような鋭い眼光に。いつもならびくびくしてしまう私を責める視線に、私の気持ちは救われた。

「白布くんが、……好きだから。好きだから、いろいろ考えちゃって。それを言葉にするが、難しい」
「……あっそ」

白布くんが再び腕で目元を隠したことにより、交わっていた視線と会話が途切れた。私は再び景色を眺めた。すると殺風景だった景色に少しだけ色味が増し、開けた空がやけに綺麗に映った。


「正月」

不意に鼓膜を揺らした言葉に、視線を白布くんへ移す。けれど本当に白布くんが声を出したのか分からない程彼に、彼に動きは見られなかった。だから「お正月?」と聞き返すと、白布くんは腕をどけてしっかりと視線を私へ向け口を動かした。

「うち来れば」
「うち来れば?」
「俺んち」

暫しの思考停止。そして再生。俺んち? 白布くんのお家?

「白布くんのお家!?」
「嫌なのかよ」
「嫌じゃないよ! 嫌じゃないけど!」
「なんだよ」

お正月は家族と過ごすもので、白布くんのお家に行けば白布くんのご両親がいるわけで。それって、それって!

「……緊張するじゃん」
「親いないし、その必用ないだろ」
「あ、そうなんだ」

ほっとしたのも束の間。親がいないってそれはそれで問題あるよね?
ぶわりと顔に熱が集まるのがわかった。そしてそれを見た白布くんはニヤリって、いつもの王子さまらしからぬ意地悪な笑いかたをして「どうすんだよ」と私を試すようなことを言う。

「行きたい、とは思うけど」
「けど?」

もじもじと足元の草をいじり、言葉を続けられずにいるとガサリと音がして白布くんが身体を起こしたのがわかった。思わずびくりと肩が跳ね、強張る身体。そして動けず口も動かせずにいると、肩に少しの重みを感じた。風に乗って香る草の匂いと、白布くんの匂い。じわじわと感じる白布くんの体温。私の肩に白布くんの頭が乗せられていることを、頭で理解する前に五感が教えてくれた。

「まあ、考えといて」

うん、と口では言ったものの頭の中はパニック状態。返事とは裏腹にお正月のことはこれっぽっちも考えることができなかった。

風の匂いが思考を溶かす

prev | back | next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -