ラッキーガール | ナノ
「飯にするか」

白布くんがそう言って台所へ向かったので、私も何か手伝おうと後を追うと、冷蔵庫から豪勢な料理が次々と現れた。

「す、凄いね」
「母さんが作って置いてくれた」

テーブル一杯に並んだ料理を二人で食べて、それを食べ終えると二人並んで食器を洗う。ちょっと同棲しているみたいだな、なんて考えて盗み見た白布くんの横顔に胸がぎゅっと痛いくらいに高鳴った。いつか二人で、そう想像してにやけそうになる顔を意識的に強張らせてそれを堪える。

「変な感じだな」
「へん?」
「俺の家にナマエがいて、こうしてるのが」

白布くんは私とは全然違うことを考えていたようでそれを少し残念に思うが、私の思考がメルヘン過ぎたなと反省。

「そのうち何でも無いことになるのか」
「え?」
「これが最初で最後ってわけじゃないだろ」

横に立つ白布くんへ視線を向ければ、涼しい顔をしてお皿を拭いていた。そして「なに」と不機嫌そうな声色。

「これが最後なのかよ」
「最後じゃない! ……と、いいな」
「いいなってなんだよ。いいなって」
「だって、先のことなんてわからないし」

さっきまでは同棲なんて想像していたくせに、それを知られるのが恥ずかしくて誤魔化してしまった。ただそれだけのことだったのに、白布くんは眉間に皺を刻んで声を低くする。

「俺と別れる可能性もあるわけだ」
「え!? 別れたいなんて思ってないよ!……ただ」
「ただ? なんだよ」
「……上手く言えない」
「あっそ」

拭き終わったお皿をしまいに、白布くんが私の横から食器棚へと移動した。同じ台所であるのに、白布くんが隣にいないだけでとても広く感じられる空間。ひとつ屋根の下にいるのに、孤独になった気分であった。
さっきまでこれからを想像をして胸が高鳴っていたのに、今の私は暗く重い想いでいっぱいになっていた。単純に好きだからずっと一緒にいたいと思う。あるかもわからない未来を想像してにやける。けれどそれを言葉にしてしまうのは、何でか凄く怖い。どうして怖いのか。白布くんに拒絶されるのが嫌だから。重いって思われたくないから。軽々しく未来を口にして、万が一にそれが嘘になってしまったら嫌だから。私は、臆病者だ。

静まり返った室内。食器の擦れる音だけが鼓膜を掠める。そこへ聞き慣れない陽気な電子音が鳴り響いた。なんの音かと辺りを見渡せば、不意に白布くんと目があって「風呂、先に入れば」との言葉に、お風呂が沸き上がった音だったのだと理解する。

「あ、うん。ありがとう」

すっかり重くなってしまった空気。その場から逃げるようにして着替えを取りに向かった。見せる予定はないけれど、新しく買った下着。見せることになるのに可愛い部屋着は用意せず、いつも寮で着ているくたびれた部屋着。矛盾しているなと思う。本心を知られてしまうのは、恥ずかしい。

こそこそと脱衣所へ向かえば、白布くんは仏頂面でソファに腰かけテレビを眺めていた。そんな彼にかける言葉をお風呂で考えることにする。
同棲しているみたいだね、新婚さんみたいだね。なんてスラスラと言えたら良かったのだろうか。そんなことを言えてしまう女の子って、可愛いのだろうか。分からない。分からないが、私には無理。白布くんのひきつった顔が頭の中に浮かんだ。

お風呂で考え付いたのはそんなこと。結局答えもなにも出なかった。気づかないうちに随分と長い時間考えこんでいたようで、コンコンとノックの音と「大丈夫か」と白布くんの声に現実へと引き戻される。

「大丈夫!」
「ならいいけど」

脱衣所の外から声をかけてくれていると分かっていても、反射的に身体を隠してしまう。付き合っていても、私ばっかり乱されていて嫌になる。
急いでお風呂を出て身支度を済ませ、「お待たせしました」なんてリビングへいけば、白布くんはいつも通りの顔に戻っていた。

「いっつもこんな風呂長いの」
「いや、そんなことはないと思うけど」

考え事をしていた。それすらも素直に言えない私はなにがしたいんだろうか。

「ドライヤー使うだろ」
「あ、うん。ありがとう」

差し出されたドライヤーを受取り、もう一度脱衣へ戻って髪を乾かし終えると、今度は白布くんがお風呂に入ると言うので入れ替わるようにしてその場を後にした。

荷物の整理でもしようかとさっきまで着ていた服を詰め込み、使ったものをしまっていると急に寒気がした。まって、下着がない。着替えた下着がない! ヤバイ。そう思って脱衣所へ向かって走った。どうか気づかないで下さい。そう願って脱衣所の扉を叩いた。

「し、白布くんいる?」
「あ、なに?」
「忘れ物しちゃって」

ガラリと唐突に開いた扉。目の前には真っ白い肌。黒のボクサーパンツ姿の白布くん。私はキャーなのかギャーなのか分からない悲鳴をあげて、反射的に扉を閉めてしまった。

「お前なぁ」

わなわなと震えた声を出しながらゆっくりと開かれる扉。そこには先程同様白い肌をさらけ出した白布くん。

「アブねぇだろうが」
「ご、ごめん! でも! 服着てないから!」

白布くんを直視できず両手で顔を覆いながら会話をしているため、彼がどんな顔をしているのかわからなかった。それでもふって息を抜いて笑ったのがわかった。その笑いはきっといつの日かと同じ笑い方に違いない。意地悪な顔をして笑っているんだ。

「わざとなのかと思った」
「な、なにが?」
「これ」

指の隙間から見えたのは折り畳まれたタオル。

「ピンク」

その言葉を聞いたのと同時に、引ったくるようにしてタオルを受け取った。当たり前に顔を覆っていた手が離れたのだから、目の前には半裸姿の白布くんがいるわけで、私はありがとうだとかごめんだとか、そんな言葉を並べて脱衣所から逃げた。
部屋で一人、ゆっくりとタオルを開けば当然のようにピンクの下着があって、これを白布くんが……と考えると、今度は白布くんのうっすらと割れた腹筋を思い出して顔が熱くなった。それをかき消すようにして、下着を袋へいれて鞄の奥底へと隠すようにしまった。
なんたる醜態。白布くんと顔を合わせたくないと願っても、それが叶うわけはなくて。私は膝へと顔を埋めて丸まるようにして座り、醜態を晒してしまったことを深く深く後悔した。


「怒ってんのかよ」

お風呂から出た白布くんの第一声である。

「怒ってないよ」
「お互い様じゃねーか」
「……どこが?」
「俺のも見たろ」
「白布くんは見せてきたんじゃん」

下着を置き忘れた私とは訳が違う。白布くんは堂々と、しかも自ら扉を開けたのだから。私は見せたくて見せたわけではない。

「ならもう一回見る?」

まさかの言葉に思わず顔をあげると、白布くんはニヤリって笑っていた。

「意地悪だ!」

幼稚な発言でしか反論できない自分が嫌になる。何回自分のことを嫌になれば気が済むんだ、私は。もう嫌だと再び膝へ顔を埋めると、白布くんは「もう寝るか」とさっさと話題を変えてきた。

「俺の部屋で寝ていいから」
「え……あ、うん?」
「俺はここで寝る」

そう言ってソファの背もたれを叩き、「ここ」というのが私が座っているソファであることを指す。

「俺の部屋こっち」

私の返事なんか待たずに白布くんはリビングを出て、ずんずんと階段を上がって行ってしまった。慌てて後を追うと、「この部屋」と明かりを付けて暖房のスイッチを入れる。

「毛布だけもらっていくから。じゃ、おやすみ」

バタンと閉じられた扉。下着を見られたこととか白布くんの半裸姿とか、さっきまで頭の中にあったものが吹っ飛んでしまった。
なにもしないって言ってくれてたから、なにもないのは分かる。けれどこうもあっけなくお泊まりの夜が終わるのか。朝まで話したりとかテレビを見たりとか。そういったこともなく、別々の部屋で充分な睡眠をとって終わってしまうのか。
呆気にとられながらも、私は白布くんのベッドへ腰かけた。寮生活なのだから当たり前に生活感のない部屋。冷たい布団。ゆっくりと寝そべってみると鼻を掠めたのは、洗剤に混じった白布くんの香り。こんなの寝れるわけないじゃん。

仰向けになって煌々と灯ったライトを眺めた。せっかく一緒にいれるのに。一緒にいたいのに。このままでいいのって自問自答。このままでいいの? いや、善し悪しじゃない。私はどうしたいのって考えて覚悟を決めた。
暖房を消して明かりを消し、階段を下りる。するとすでにリビングの明かりは消えていた。暗闇の中、慣れない室内を歩くことはできなくて、目がなれるのを待っていると「どうしたんだよ」とスマホ画面を私に向けて白布くんが出迎えてくれた。

「あ、と。……スマホ、鞄の中だったから」

また逃げてしまった。白布くんは「こっち」と私の言葉を疑うことなく、荷物が置いてある場所まで案内してくれた。そして鞄の前で立ち止まりそれを照らしてくれる。私は黙って鞄からスマホを取り出し、再び階段へ向かう白布くんへ続いた。

「じゃ、おやすみ」
「うん」

階段の前で立ち止まる私と白布くん。私がなかなか階段を上がらないから、白布くんも動けずその場に止まる。静寂と沈黙。静かな肌寒い夜。私はその空気に逆らわず口を開いた。

「……うそ」
「は?」
「うそ、ついた」
「なにが」
「……スマホじゃなくて」

なんて言えばいいんだろう。ここまできて素直に言えない自分が本当に嫌。けれど言葉が出てこなくって、私は俯き黙って白布くんの服の裾を引いた。

「顔、あげれば」

その言葉に従うと、唇に柔らかい熱が触れた。

「今のはナマエが悪いからな」

乱暴に頭を撫でられ今度こそ、といわんとばかりに「おやすみ」と白布くんが少し離れるが、私は白布くんの裾を握ったまま離さなかった。

「まだなんかあんの」
「……一緒に、いたい」
「はあ?」
「一緒にいたい」

しばしの沈黙。そしてすぐに「あークソ」としゃがれた声で白布くんが唸ると、私の手を引いて階段を上った。そしてさっきまで私が横になっていた布団に横になり「早くしろ」と私の腕を引く。

「なにもしねぇ」
「……うん」
「なにもしねえから早く寝ろ」
「うん」
「明日午後には寮に戻るから」
「そっか」
「夕方には自主練するから」
「うん」
「だから早く寝ろ」

仰向けに寝る白布くんの方を向いて、私は彼の手をそっと握った。すると「おい」と低い声を出されたが、それを無視して更に力を込めてぎゅっと手を握った。

「私ね」
「……寝ろよ」
「今日、同棲してるみたいでドキドキした」

顔が見えないのをいいことに、ぽつりぽつりと本心を打ち明けた。

「白布くん私なんかより肌が白いんだね」
「馬鹿にしてんのか」
「腹筋……割れてるんだね」
「顔隠してたわりにはしっかり見てんじゃん」
「いつか、触ってみてもいい?」
「……そのうちな」
「うん」

肌寒い空気が漂っているはずなのに、潜り込んだ布団の中は凄く暖かかった。
枕元に置いたスマホがブルリと震え、画面に明かりがついた。白布くんの手を握ったままにスマホを確認すると、友達から「あけましておめでとう」といった連絡が何件も入っていた。それは白布くんも同じようで、眩しそうに画面を睨み付けていた。

「白布くん、あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします」
「よろしく」

今年も、来年も、これからも。白布くんとの未来が続いているなら、私は少しずつでも素直になりたいと思う。自分の気持ちを正直に伝えたい。そんなことを想っていると、白布くんはいつもの調子で器用に口角をつり上げた。

「今年はどんなラッキーがあるか楽しみだな」

あぁ、また綺麗な顔に似合わない笑い方。けれどそんな彼も私は好きなんだ。

「白布くんもラッキーボーイだよ」

真似をして精一杯意地の悪い顔をしてみると、白布くんは小さく声を出して笑った。お互いのスマホ画面が照して見えた白布くんの笑顔は、王子さま、そう呼ぶよりは私の大好きな彼氏。ゆるりと緩んだ優しい顔。たぶん、私しか知らない顔。

My lucky boy.

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