ラッキーガール | ナノ
「昼、行くぞ」

そう言ってお昼休みに現れた白布くんは、なんと私の彼氏である。信じられないが、白布くんと付き合うことになった。王子さま白布くんが私の彼氏。有り得ない。有り得ないと思うのに、今一緒に券売機の列に並んでいる。

さっさとメニューを決めてどんどん先へ行ってしまう白布くんを追いかけようと焦り、小銭があるにも関わらず券売機へお札を突っ込んでしまった。じゃらじゃらと吐き出された釣り銭を小銭入れへ無理矢理突っ込んで、小走りに白布くんを追いかける。
メニューを決めるにしろ、座る場所を決めるにしろ、白布くんに無駄はなかった。なんの迷いなくどんどん先へ行ってしまう。そんな白布くんとのお昼ご飯。目の前に白布くん。あり得ない。信じられない。

「……信じられない」
「は?」

思わず声に出てしまった本心に、白布くんは訝しげな顔をして箸を止めた。

「あ、いや。白布くんて……その、いっぱい食べるんだね」

見た目にそぐわない量のご飯を掻き込む姿。これもちょっと信じがたい光景であるのは事実だ。

「これもトレーニング」
「トレーニング」
「パワーつけたいんだよ」

そして再びばくりばくりと箸を進めた。知れば知るほど白布くんはイメージとかけ離れたというべきか、スポ根と呼ぶべにか。そんな白布くんに幻滅するなんてことはなくて、凄いなと尊敬してしまう。志し真っ直ぐに進む彼は、素敵だと思う。

「早く食えよ。置いていくぞ」

既に食べ終わりそうな白布くんに対して、私はの方は半分食べ終わった程度。急いで箸を進めてみるも、それも虚しくパチリと箸を置いた白布くんはその言葉通りにさっさと食器を持って席を立ってしまった。本当に置いていかれた。冗談だと思っていたのに、まさか本当に置いていくなんて……。

「信じられない……」

どんなに急いでも白布くんの背中を追うには間に合わないなと諦め、ゆっくりと食事を進めると頭上から「あれ」と、最近すっかりお馴染みになった声が降ってきた。

「さっきまで賢二郎いなかった?」
「食べ終わったからもう行っちゃったよ」

日直の仕事で遅れてやってきた川西くんは、自然な動作で先ほどまで白布くんが座っていた場所に腰をおろした。

「あらら。賢二郎せっかちだな」

のんびりとした口調で、白布くんの行動非難するわけでも、置いていかれた私に同情するわけでもない川西くん。彼の存在はなんだか助かるなって最近は思う。付き合って浮かれて、置いていかれて落ち込む私の気持ちを、こう、中和してくれている気がする。

そう思ったのも束の間。

「まだ食ってんの」

ドンと音を立て、王子さま白布くん再び登場。眉間に皺を寄せて機嫌が悪そうだ。和やかになったと思った空気がピンと張り詰めて、ごくりと口にいれたばかりのおかずを丸飲みしてしまった。

「も、もうすぐ、食べ終わる」

冷ややかな視線を感じながらも、ご飯を掻き込んで水で流し込む。胃の辺りがぎゅっとして、私の身体が驚いているのが分かる。たぶん今まで生きてきた中で一番早く食べたのではないだろうか。もぐもぐと口の中にまだ食べ物が残っているが、そんなのお構いなしに白布くんが「行くぞ」と私の食器を持って席を立ってしまったため、行儀が悪いが動く口を手で押さえながら川西くんに手を振った。



足早に歩く白布くんの背中を追いかけて食堂を出るとすぐに、私を責め立てるような不機嫌な声。

「お前さあ、どんだけ太一と仲いいんだよ」

ごくりと口の中を空にして、食べ物が体内を降下していく感覚を生々しく感じていると、返答がない私に苛立った白布くんが振り向き刃物のような鋭い視線を向ける。それはもう、喉元に凶器を突き立てたられているのではないかと錯覚してしまうほどの威圧、恐怖。命の危機である。

「仲良くは、ないよ。ただ、ほら、同じクラスだし」
「そんなヤツが一緒に飯食べるのかよ」
「……席が隣り、だし」

仲良いじゃねぇか、と非常に口が悪い。そんな白布くんに畏縮しながらも、元々は白布くんが置いていったんじゃんと文句のひとつでも言ってやりたい。そうだ、言ってやる。白布くんのせいだって言ってやる。そう決めて白布くんを見据えると、さっきの決意はどこへやら。

「白布くんが置いて行ったから、気を使ってくれたんだと、思い、ます」

言い返してやると意気込んだくせに、寒々とするような綺麗な顔と、鋭すぎる眼光に勇気は早々に逃げ出してしまった。情けない自分に呆れる。そんな私に白布くんも呆れたのか、ため息が重くのしかかるように鼓膜に届いた。

「先輩がいたから挨拶に行っただけ」
「あ、……そう、なんだ」

情けないと落ち込み下がった視線を上げると、白布くんはちょっとだけムッとした顔をしていたが、寒気がするようなオーラは消えていた。なんだ。本当に置いて行くつもりじゃなかったんだ。そのことに安心して、ふうと深い呼吸をすると喉の辺りにあるはずのない固形物があるような違和感。早食いなんてするものじゃないなと改めて思う。

「あの、自販機寄ってもいい?」

白布くんから返事は無かったが、自販機のある方へ歩みを進めたことから、承諾してくれたのだと理解した。そのまま会話なく自販機へたどり着き、ポケットから小銭入れを取り出す私を、白布くんは少し離れた位置で見ている。離れていてくれて良かった。いつもの数倍みっともなく膨れている小銭入れを見られずに済んだから。
ギチギチの小銭入れの中身を少しでも減らそうと、十円玉を探す。隙間なく小銭で埋った財布から十円玉を探すのも、取り出すのも一苦労。あと五枚、と小銭を引っこ抜くようにしてお財布と格闘していると、勢い余って小銭独特の音が床へ広がった。

最悪である。

まだ他の人がいないからよかったものの、白布くんの目の前で小銭を広げてしまうなんて。以前に見たニヤリって笑う白布くんの顔を思い浮かべながら、早く拾って無かったことにしようと屈むようにして床へ指を伸ばす。すると後ろから「おい!」と低い怒鳴り声に背筋がびりびりと痺れた。

「はい!?」

ぴしりと気を付けの姿勢をとってから、慌てて振り返れば、白布くんは険しい表情をしながら顔を赤くさせていた。これは……怒りで染まっているのだろうか。
今度は何をしてしまったのだろうと、小銭入れを握る手に汗が滲む。白布くんはずかずかと私に近づいて来て乱暴に小銭を拾い、自販機の中へ投入。その最中、チッと舌打ちをして「なんで全部十円なんだよ」と毒を吐く。

「どれ飲むんだよ」
「あ、お茶で、お願いします」

そしてごとりと現れたお茶を取り出して、私へ拾い上げた残りの小銭と一緒に、押し付けるようにして手渡してくれた。これは、至れり尽くせり……というやつなのかな? いや、たぶん違うな。
怒っている理由が分からず、黙って歩き出した白布くんへ続いた。「どうして怒ってるの?」と聞いていいものか。ひんやりと冷たいペットボトルと白布くんの背中を交互に見ていると、不意に白布くんが階段の前で足を止めて口を開いた。

「前、歩いて」

前? 先に行けってこと? どうしてだろう。背後には立つなってやつかな。白布くんは王子さまじゃなくて武士的な……。そこまで考えて、早くしろと訴える白布くんの眼力に黙って従った。


後ろを歩く白布くんの足音を聞きながら、彼の前を歩くって変な感じだと考える。付き合ったのだから隣に並びたいなと思うけれど、やっぱり私の見る景色に白布くんの背中があるっていうのは、特別だ。くすぐったくて、もどかしくて、いつも胸がぎゅってする。
白布くんは私の背中を見て何か思ったりするのかな。そう思うと自然に背筋が伸びた。私と白布くんの階段を上る音に、なんでか、理由もなく胸苦しくなった。

そうやって静かに階段を上っていると、タカタカと軽快な足音が聞こえてきた。その音はだんだんと大きくなり、キャキャ言いながら階段を駆け上る可愛らしい女子生徒数名。その女子たちがスカートの裾を押さえながら私を追い越した。なんとなく視線で追ってしまって見えた太股に、同性ながらドキリとしてしまう。
見えちゃうよ? 絶対そのスカートの長さだと見えちゃうよって心臓がドキっと驚き弾んだ。私のスカートはそこまで短くないし、たぶん大丈夫。見えていないはず。そう思うのに、衝動的に自分のスカートを押さえて後ろを振り向くと、白布くんは顔を歪めて「あ?」と低い声を響かせた。

「み、みた?」
「は?」

そうだよね、白布くんは私のスカートじゃなくて背中を見てたんだよね? そうだよねってじっと見下ろせば、じわりじわりと白布くんの白い頬が赤く染まる。

「見たの!?」
「うるせぇ、……見えたんだよ」
「今まで黙ってずっと見てたの!?」
「……ずっと? ずっとって、はあ!?」

先に行けってそういう意味だったの!?
一気に全身が熱を持ち、その場にいられず私は階段を駆け上がった。

「おい! 走るな! 見えるだろうが!」

なんて叫ばれ、急ブレーキをかけた足が階段に引っ掛りべちゃりと手をついて脛を打った。そのせいで握っていたペットボトルが指から抜けて、音を立てて落ちていく。それを早く拾わなきゃって思うのに、足の痛みと転んだこと、見られていたってことの羞恥ですぐには動けなかった。
ごとんごとんと転がるペットボトルの音が、やけに鮮明に聞こえ、水の揺れる音までもが聞こえてくる気がした。それに負けないくらい騒ぐ心臓。もう、どうして白布くんの前ではこんなことばかりなのだろう。恥ずかしくて、情けなくて、みっともなくて嫌になる。
なんの感情なのかわからないが、じわりと滲みそうになる視界に落としたはずのペットボトルが見えた。

「本当によく転ぶな」

白布くんが私に視線を合わせるようにして顔を覗き込み、呆れたような緩やかな表情をしていた。それでも、いつもは冬みたいに冷たい眼差しが、今は春みたいに柔らかく顔を綻ばせている。その笑った顔が優しげで、言いたいことはたくさんあるのに、何も言えなくなってしまった。

「どっか痛い? 立てるか?」
「……大丈夫」

ゆっくりと差し出された白布くんの手を、結局私は黙って握るしかできなかった。私なんかより大きな手が当たり前に男らしくて、こんな時ですらときめいてしまう自分が単純で馬鹿みたいだ。
白布くんに腕を引かれながら立ち上がると、ぼそりと呟くように「階段で見たわけじゃないから」と白布くんは言った。

「え?」
「自販機だよ。お前の小銭の拾いかたが悪い」

まさかの解答に、白布くんの手を握りながら言葉を発せず、パクパクとエサを求める魚のように動く口。

「他のヤツに見られないように前歩かせただけだし。ただでさえラッキーガールだからなナマエは」

ラッキーガールって単語に本当は怒りたかったのに、初めて名前を呼ばれて身体も思考も停止してしまった。ずるい。白布くんはずるい人だ。身動ぎしない私に「どうしたんだよ」って、余裕そうに笑う顔が本当にずるい。

「ほら、行くぞ」

そう言って一度強く引いて離れた指先。名前を呼ばれて嬉しいやら、スカートの中を見られて恥ずかしいやら。複雑な気持ちを抱えて、重い足を動かした。そんなタラタラと歩く私に、半歩先を歩く白布くんが、なぜか意地の悪い顔をして振り返った。そして静かに私の耳へ顔を寄せ、息を吹きかけるように囁く。

「水色、悪くないじゃん」

カンカンに熱くなった顔。綺麗な顔をして器用に口角だけを持ち上げた彼の下着の色を、後で川西くんに聞いてやろうと心に決めた。

隠された色を覗きたいだなんて

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