ラッキーガール | ナノ
衝動的にしてしまった行動を死ぬほど後悔して迎えた月曜日。安眠なんかできるはずなく朝から机に伏せていると、朝練を終えたらしい川西くんが挨拶がてら私にパンチを繰り出した。

「賢二郎と何かあった?」

もう急所を狙ったごとく的確すぎるパンチ。ワンパンKOである。息も絶え絶えに「なんで」と、下手くそな誤魔化しを川西くんはいつも通りに「そうかー何かあったのかー」と一人納得した声を上げた。

「白布くん、何か言ってた?」
「いや? 何も言わず静かに怒りを放出してたよ」

うわー。リアル……。それって本気のやつじゃん!
その絶望的な表現に絶句して川西くんへと視線を向ければ「今日の賢二郎のパンツ聞いとく?」と励ましなのか本気なのか分からぬ言葉をかけられた。

「とりあえず一人で考えます……」
「了解」

抜け殻のように授業をこなし、休み時間の度に机に突っ伏す。もう消えてしまいたい。そうやって過ごしていると、いつかのようにトントンと机を叩く川西くんと目があった。なんですかと目を向ければ、川西くんは教室の入口に視線を向けた。それを辿れば背筋がビキビキと凍る。なぜなら氷のような眼光を向ける王子が、私に打首を宣告していたからだ。

「……川西くん。呼ばれてるよ」
「いやいや」
「川西くん」
「どうしました?」
「骨は拾ってくれますか?」
「んー。残ってたらね」

冗談にもならないことを言われてひきつる顔。うん。土下座しよう。そう心に決めて席を立つ。冷やかしのように「賢二郎はグレーだよ」なんて不要な情報を吹き込む川西くんを初めて殴りたいと思った。

「お待たせしました……」

ちょっとついてこいと、ヤンキー漫画のようにクイッと右へ顎を振る白布くん。打首だ。絶対打ち首だ。自分の首を両手で隠しながら、すたすた歩く白布くんに続いた。
そうしてついたのは白布くんと再会を果たした資料室。鍵を開けてバンと乱暴に開かれた扉にびびりながらも室内へ。薄暗くてあの時と変わらずごちゃごちゃした物置。電気をつけようと手を伸ばせば、白布くんの低い声がそれを制止させた。

「なんか言うことないのか」

ひっと息を飲んで「すみませんでした!」と頭を下げれば盛大な舌打ちがさらに私の頭を押し付けて、90度を越えさらに身体を折り曲げた。

「お前なぁ」

わなわなと燃え上がる炎のような、怒りに震えた声に固まって動けずにいると、開かれたままだった扉をこれまた乱暴に閉める。その音に身体が跳ね上がったせいで、嫌でも顔を合わせる事態に。絶対零度の目をしながら噴火前の火山のように、白布くんの内側にぐつぐつと煮えたぎったマグマが、今か今かと飛び出す瞬間を待ちわびているのがわかる。
申し訳ないとは思っていた。打ち首も当然だ。しかし目の前の白布くんは、打ち首程度では許してくれそうにない。ならばどうしたら。そうか日本人たるもの、切腹か。切腹だ。切腹するしかない! 白布くんの怒りを目の前に、私の頭は混乱していた。

「なんのつもりだったわけ」

言い訳なんて思い付かないし、言い訳を言っても意味がないことくらいは理解できた。何を言うのが正解なのか。正解なんてあるか。切腹という言葉しか浮かばない。そんな私に白布くんはため息をついて一度視線を落とし、再び私に視線を戻した。

「お前さ、俺のこと好きなの?」

その言葉にかっと顔が熱くなる。その私の熱が伝染するように、交わった白布くんの瞳が少しだけ温度を取り戻したように見えた。「どうなんだよ」私を睨む白布くんに、否定の言葉が思い浮かばない。壊れた人形のように、ぎこちなく黙って頷けば「ふーん」といつもの声のトーン。

「じゃ、付き合う?」
「へ?」

間抜けな声が出てしまって、思わず自分の口を塞いだ。付き合う。付き合う? 白布くんが私の彼氏になって、私が白布くんの彼女になるの? え、そうなの? 白布くんって私のこと好きなの? 嘘だ。うっそだー。
頭の中で騒がしく駆け巡った思考を一刀両断する鋭い眼光が「で? どうすんの? 早く答えろよ」と言っている。

「よ、よろしくお願いします」
「あ、そ」

そして何事もなかったかのようにパチリと室内の電気をつけて、資料を漁りだした。その豹変ぶりと今起こった出来事を処理するには、私の脳みそでは不可能で、考えることを放棄した私は無心で白布くんの行動を眺めることしかできなかった。

「ほら」

不意に埃っぽい段ボールを手渡され、反射的に受けとる。

「おっも、重い!」
「はあ? ひ弱ぶるんじゃねぇ」

段ボールの重みに前のめりになり、中腰で白布くんを見上げれば、なんでか柔らかく笑っていた。王子さまみたいに。綺麗な顔で自然に目尻を下げて、口元は緩くカーブを描いている。

「使えねーな」

私から段ボールを奪い取って、「あ」と一音。重いはずの段ボールを軽々と片手で支えて、私の髪の毛に触れる。するすると前髪を撫でて、何かを摘まむように指でわっかをつくった。

「埃」
「あ、ありがとう」

顔が近くて、恥ずかしさから視線をあちこちに動かしてしまう。

「今日は?」
「え?」
「ラッキー」
「え、え? あー。今の、これ。というか、もう。あの、いっぱいいっぱいなので、勘弁して。……ください」

停止寸前の祖父母の家にあるテープレコーダー並にブツブツ途切れた言葉に、クツクツと笑って資料室を後にした白布くん。私は顔も身体も熱くって、嬉しいんだかそうじゃないんだか。形容しがたい感情に動けずにいる。そんな私に「鍵閉めるぞ」と容赦のないお言葉。慌てて資料室を出て、白布くんの後ろを歩きそのまま教室の前で別れた。

教室に戻ると川西くんが真っ赤であろう私の顔を見て、「スカートでもめくられた?」なんて言うから我慢できずに、彼の肩の辺りを何度もパンチしてやった。

埃被り姫に王子参上

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