ラッキーガール | ナノ
なんでもない日曜日というのはかなり久々で、同じ部活に所属している友達と大きな駅前まで出掛けた。お洒落で可愛いランチを食べて、着る予定のない可愛い服を見て回る。
勉強して部活して、寮と学校の往復だけの毎日。いい息抜きになったなと喫茶店、目の前がガラス張になっているカウンター席でひと息ついていると、友達が申し訳なさそうに「彼氏に会いに行っていいかな」とスマホの画面を私へと向けた。

「羨ましいー! いいよ、行ってきなよー!」

嬉しそうに小走りして出て行った友達を見送る。いいな、羨ましいな。見せられたスマホに書いていた「会いたい」という文字が、私に向けられた言葉ではないのに胸が熱くなった。

一応想い人の白布くんは何をしてるかな。部活だろうな。部活がなければ勉強だろうか、と想像して飲みかけのコーヒーに口をつける。まだ?には戻りたくない。もう少し学校の外にいたい。ちょっとした現実逃避である。
目の前のガラスの向こう側。人込みを眺めながら、私もいつか白布くん、……いや、好きな人と街中を歩きたいなぁ、とコーヒーをちびちび飲みながらその光景を眺める。すると目の前に輝く人物が。王子さまだ。ガラス越しに白布くんが現れたのだ。妄想が幻覚を見せているのか!? と驚いて落としそうになったコーヒーカップ。慌てて持つ手に力を入れて惨事は逃れた。
信号を待つ白布くん。風に揺れる前髪、凛とした横顔。このガラスを叩いたら気づいてくれるだろうか。しかしそんな勇気はない。どうせこちらには気づかないだろうから、とヒラヒラと手を振ってみる。すると、何かに引き寄せられるようにこちらを向いた白布くん。ゆっくりと視線がぶつかった。

嘘、でしょ?

白布くんは動きを止めて私を凝視し、進行方向を変えて喫茶店へと入ってきた。そしてアイスコーヒーを手に私の隣に座る。想像した人物が目の前に現れただけでも信じられないのに、まさか隣に座るだなんて……。

「なにお前一人なの?」
「いや、あ、うん。さっきまでは友達といたんだけど、解散した」
「ふーん」

沈黙を黙ってやり過ごすには気まずくて、誤魔化すようにコーヒーを飲む。それを繰り返せばあっという間に無くなったコーヒー。落着きなくカップを持ったり置いたり。手持ち無沙汰の私に「飲む?」と差し出された、と言うよりは突き出された。ストローの刺さったアイスコーヒーをぐいぐい押し付ける。ほら飲めよと、ストローを私に刺す気なの? という勢いで。

間接キスじゃん!

そんなことが頭をよぎったが、白布くんの圧が怖くてアイスコーヒーを飲んでしまった。間接キスとか気にしない人? ストロー交換するのかな? それともストローを捨てて直飲み?
自分が口をつけたストローの行方が気になり凝視していると「なんだよ」と白布くんが意地悪く笑った。

「これもラッキーなんちゃら?」
「無理矢理! 無理矢理だった!」

「残りやるよ」とアイスコーヒーを私に押し付けて、足を組みかえ頬杖をつく姿が凄く様になっている。しかも私服。やっぱり格好いい。王子さまだ。

「今日、バレー部休み?」
「午前で終わった」
「そっか」
「そっちは?」
「私は休み」

そういえばこうやって普通に会話をするのは初めだなと思いながら、白布くんを盗み見る。長い睫毛、綺麗な肌。中性的な顔立ち。道行く人がガラス越しに白布くんを見ている気がした。
ぽつりぽつりと二人で会話を紡いで、少しの緊張感と胸の高鳴りがこの人が好きだって嫌ってほど実感する。王子さまだけど王子さまじゃない。王子さまじゃないけど王子さま。そんな白布くん。私の好きな人。

「なにニヤついてんだよ」

あなたが好きって考えていました。なんて言えるわけもなく「ニヤついてません」って、反論しかできなかった。


喫茶店を出てからもなんとなく会話が続いて、一緒に行こうって言われたわけじゃないけれど、白布くんの目的地、本屋に一緒に入った。白布くんと参考書を見て、先輩のお勧めとか、私が持っているやつだとか、会話をしながら二人で真剣に参考書を選んだ。
本屋を出るとそろそろ帰るにいい時間で、自然と電車に乗って学校へ。日曜の夕方の電車は昼前に乗った時よりも空いていた。
吊革に掴まった白布くんの隣にいっていいものか、少し距離を置くべきか。電車の入口で立ち止まっていると、白布くんが私を睨み付けて、自身の目の前の空いている座席に、視線で座れよと言っている。お言葉に甘えて、いや、お言葉にされてはいないんだけど……。

「失礼します」

電車に揺られ、最寄駅で降車し歩いて学校まで向かった。私の少し先を歩く白布くん。話したいけれど、なんて話しかけたらいいかわからない。横に並んで歩きたいけれど、緊張するから後姿を眺める方がいい。
西日に照らされ、長く伸びた影。そんな私の影と、白布くんの影が並んでいるのが不思議。歩く度に揺れる手を握ったら、どんな反応をするのだろうか。背中に飛び付いたらどんな声を上げるのだろうか。髪の毛に触れたら怒るだろうか。
そうやって知らない白布くんを想像して歩いていると、寮まで後少しのところで白布くんが口を開いた。

「今日はなかったな。ラッキー」

夕日に溶けてしまいそうな声。そんな声でとんでもないことを言う白布くん。どんな意図があって、何を考えているのか見当もつかない。ただの冗談かもしれないし、私との共通の話題が他に見つからないだけかもしれないし。
白布くんの背中を、穴が空くほど見つめても、見えない表情。それでもきっと、いつもみたいに、嘲笑うようにして口角を上げているに違いない。
なんだか悔しいな。私ばっかり乱されて。

「白布くん」

いつもより丁寧に名前を呼べば、ゆっくり振り向いて私を見据えた瞳。丸くて、薄い色素に夕陽が溶けていて、綺麗な瞳。この整った顔にキスをしたらどんな顔をするのだろうか。そんな衝動から無防備な頬へ唇を寄せた。

「ただの事故! ラッキーだったね!」

そしてその場から全速力で逃げ出した。

ラッキーは自分でつくる

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