友達のすすめ | ナノ
いつもは親と地元の友達からの連絡しか受信しない携帯に、見慣れないメッセージが表示されていた。

“今日暇なら午後から付き合って。”

簡潔な文書。誰だと一瞬頭を悩ませたが、それが黄瀬くんであることに気付くのに、そう時間はかからなかった。
上京して初めての友達とのお出かけに、私の胸は踊る。こちらにきてから一度憧れの都会を満喫しようと、気合を入れて出かけたのはいいものの、人の多さと駅の改札口がたくさんありすぎて、目的地に到着することなく早々と退散したのはいい思い出。なので今日は遅刻してはいけないと、待ち合わせ時間よりかなり早めに家を出た。
早めに出たはずなのに、私が待ち合わせ場所に着いたのは5分前くらいで、すでに足は棒のよう。クタクタだ。

「なんでもう疲れてるんスか」
「人混みとバトルを……」
「人混みはよけて歩くのが普通でしょ」

黄瀬くんは凄くお洒落な服装ではあるけど、変装をしているつもりなのか、帽子に伊達眼鏡に口元はストールで隠されていた。これはこれで目を引くと思うのは、やっぱり私が田舎者だからだろうか。

「てか何スか、その格好」
「え? 私服だけど。黄瀬くんこそ逆に悪目立ちですよ」
「はぁ? 俺はいいから。その格好したアンタを連れて歩く俺の身にもなって欲しいっス」

以前に都会に出陣したときの反省を生かして、動きやすさ重視で来たのが悪かったようだ。

「雑誌で見た女優さんとかモデルさんとかも、私服のコーナーでこんな感じでしたけど」
「それは顔とスタイルがいいからいいんス。アンタの場合パッとしないし、大して可愛くもないんだからちゃんとしなきゃダメっスよ」
「なるほど。さすがモデル」

そうか、あれは美人だから許されていたのかと納得していると、黄瀬くんは少し驚いた顔をしていた。

「怒らないんスか?」
「え、なんで?」

黄瀬くんは吹き出すように笑って「変なヤツ」と失礼なことを口にした。私からすれば黄瀬くんも変わっていると思う。

「とりあえずアンタの服買いに行くっスよ。所持金は?」
「一応福沢さんが二人」

そんなに酷いのか。私の服は。さっきまでは納得していたのに、今更落ち込んできた。確かに隣を歩く黄瀬くんは悪目立ちしていて変だけど、お洒落でスタイルが良いから肩身が狭い。


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黄瀬くんと来た服屋さんは意外と落ち着いた雰囲気のお店で、好きな感じだ。お洒落だなーと服を眺めていると、さっきまで店内を巡回していた黄瀬くんが颯爽と戻ってきて私に服を手渡す。

「これ、試着してみて。アンタがいつも大学で着てる感じの服なんで悪くは無いと思うっスよ」
「選んでくれたの?」
「アンタに選ばせると時間かかりそうだったんで」
「そうかも……。ありがとう」

店員さんに一声かけて試着室へ移動。そそくさと着替えてみると、いつもより大人っぽくなった気がして背筋が伸びる。これが都会。これがモデルの力。すごい……。

「着替えたっスか? 見せて」

外から聞こえる黄瀬くんの声に「はい!」と上擦った声で返事をしてしまった。恥ずかしい。そんなのお構いなしに開けられたカーテン。黄瀬くんとお洒落な店員さんの視線にドキドキした。

「うん。悪くないっスね」
「とてもお似合いですよー」
「これ履いてみて」

足元に用意されたパンプスを履くと、ヒールのおかげでますます背筋が伸びた。

「ん、いいっスね」

黄瀬くんと店員さんの墨付きを頂けるとは、なんだか嬉しいな。

「彼氏さんが選んでくれたんですか?」

友達ですと訂正しようと思ったけど、店員さんの視線は黄瀬くんを捉えていたので、私は服の値段を確認しようと値札を探した。

「このままデートするんで、値札切っちゃってください。支払いはどこっスか?」

あれ? デート? 支払い? 聞き間違い? あれあれ、と頭を悩ませてみても、私が理解するスピードより早く物事が進んでいる。

「かしこまりました。支払いはあちらです」

黄瀬くんはレジへと歩みを進め、あたふたとする私は、店員さんによってあれよあれよという間に値札を切られ、値段を確認することができなかった。


「黄瀬くんお金!」
「今日は付き合わせてるんでいいっス」
「よくないです!」
「それより今度からああいう店で、彼女ですか聞かれたら、適当に笑っておいて欲しいっス。今日みたいに顔に出さないで」
「なんで?」
「友達ですなんて言ったら面倒なことになるんスよ。連絡先渡されたりして」
「なるほど。そっか。わかりました」

黄瀬くんが選んでくれた新しい洋服。パンプスのおかげで少し視線が上がって楽しい。「今度から」ってことはまた一緒に買い物してくれるのかな。

「何ニヤニヤしてるんスか、気色悪い……」
「だって嬉しくて! 黄瀬くんありがとう。今度何かご馳走させてね!」

「別に」と帽子を深くかぶった黄瀬くんは、照れているのか? そういう表情もするだな、もっと見たいなと顔を覗き込むと、黄瀬くんの指先が私のおでこに刺さるようにして突き立てられ、ぐっと後方へ押され危うく首の筋をおかしくするところだった。

「見てんじゃねえっスよ」

不貞腐れたような声色に、無意識に口元が緩んだ。なんでだろ。思わずスキップなんかしたくなるこの衝動は。スキップ下手だから、しないけど。
そんな浮わついた気分のせいか、街中にあるガラス、ミラー、自分の姿が映るもの全てに目が行った。新しい自分。胸が踊るってこういうことを言うんだろうな。軽い足取り、空も飛べそうなんて思えるのは、黄瀬くんのおかげ。都会の街を歩くだけで楽しい。そうやって浮かれて歩いていると、黄瀬くんが不意に足を止めた。

「ここ」

その声に私も足を止める。そうすると黄瀬くんが、最近できた隠れ家的レストランなんだと簡潔に説明をしてくれた。

「前から来てみたかったんス」
「一人で来るのは嫌だったの?」
「そういうわけじゃないけど、せっかく友達になったんで」

その言葉に黄瀬くんを凝視してしまう。すると心底ウザそうな顔をされた。お金足りるといいな……。
レストランの店内はひっそりとしていて、席は個室になっていた。芸能人がいそうだなと考えていると、黄瀬くんも芸能人なんだと思い出す。それに気付くと急に自分が場違いに思えてきて、肩に力が入った。

「何そわそわしてるんスか」
「お洒落過ぎて落ち着かないです」

帽子や伊達眼鏡を取った黄瀬くんは、本来の雰囲気を取り戻しモデル全開。ここに来てようやく黄瀬くんが私に服を買ってくれた意味がわかった。確かにあの格好でここには入れない。

「今の格好したアンタなら自然っス。気にしすぎ」
「いや、でも、即席オシャレ野郎ってバレたら……」
「即席オシャレ野郎って」

なんスか、それ。そう言って、柔らかく笑った。その黄瀬くんの顔は、どの雑誌にも写ってない表情。

「そんな笑い方も……するんですね」
「どんな?」
「今みたいなの」

黄瀬くんは無意識だったようで、首を傾げた。私が言葉を続けようとすると、丁度料理が運ばれてきて、あまりにいい匂いに言葉をごくりと唾と一緒に飲み込んでしまった。

「す、すごい美味しそう。すごい!」
「そうっスね。でもアンタは興奮しすぎ」
「いただきます!」

初めて食べる味。でもすごく美味しい。何が入っているのか正直わからなかったけど、とにかく美味しい。夢中になって食べていると、ふって黄瀬くんが笑ったような息の音がして、そちらを見ると視線が合った。

「なんですか? あ、口についてる!?」

慌てて口元をハンカチで拭うが、何もついていなかった。

「いや、うまそーに食べるなーって」
「美味しい! すごく!」
「そんだけうまそうに食われると、連れてきた甲斐があったっスわ」

あ、まただ。柔らかく笑った黄瀬くん。その笑顔はたぶん、友達の私しか知らない彼の魅力。
友達の新しい発見って、嬉しい。胸が膨らむようにして、温かくなった。

お出掛けをしましょう

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