友達のすすめ | ナノ
「友達になってください」

私の言葉に、二つの檸檬色の宝石がキラキラと瞬いている。まばたきという行為に「はあ」と、思わず溜め息が漏れたのは初めてだった。

「え? 友達っスか?」
「駄目ですか?」
「いや、駄目じゃないっスけど、告白かと思ったんで」

あっけからんとして私を見据える、綺麗な人。黄瀬くん。黄瀬涼太くんはモデルで、この大学で一番かっこいい人。初めて黄瀬くんを生で見たとき、こんなにかっこいい人って本当にいるんだなと驚いた。

「何で友達に?」
「何度か講義で隣に座ったことがあるんですけど、覚えてますか?」

黄瀬くんは少し考えた後で、何かを思い出したようにぱっと眩しい顔を上げた。

「あ! 何回かノート見せてもらったことあるっスよね! いつも後ろの方に一人で座ってる!」
「はい。それで何度かそういうことがあったんですけど、その度によそよそしいのが居心地悪くて」
「だから友達? 俺はてっきり彼女は無理だけど、友達ならそこそこ俺と仲良くなれて、あわよくばって魂胆かと思ったスよ」

なんだかすごく失礼なことを言われているような気がするけど、あまりに綺麗な顔を目の前にして、私はただただその美しさに感心していた。感心しながらも、意外と思ったことをすぐ口にする人なんだなあと彼の艶やかな唇を眺めた。そして、私も自分の想いそのままに言葉を口にする。

「最初はモデルの人に声をかけられてドギマギして、黄瀬くんかっこいいからドキドキもしました。それで話してみたいとも思いました。でも、黄瀬くんとずっと一緒にいたいとかキスしたいとかは思わなくて。だからこれって恋じゃないですよね?」

目を開いて固まったままの黄瀬くん。うん。その顔もかっこいい。

「そうですね、では言い直します。多少の下心はありますが、友達になってください」

数秒の間を挟み、黄瀬くんは大きな声を出してカラカラと笑い出した。笑い声が小さな光る粒のようで、それが跳ねて弾けてさらに発光する。そんな情景が見える。きらきら、ぴかぴか。何をしても眩しい人。ちょっと異次元だ。

「普通言うっスか!? そーいうこと! てか素直! そんなこと初めて言われたっス!」

お腹を押さえながらひとしきり笑ったあと、ふうと一息深呼吸。一度うつむいて、顔を持ち上げながら前髪をかきあげる。まるで何かのワンシーンのよう。

「いいっスよ、友達になろ」

涙を浮かべながら差し出された右手は、雑誌で見るより男らしく、それでいて指先まで綺麗だった。


-----


黄瀬くんのことは高校生の時に知った。雑誌の特集で、自分と同い年なのにすごく大人びた表情で映る彼にドキっと心臓が脈打ったのを、今でも鮮明に覚えている。けれどだからと言って、それは恋ではない。テレビや雑誌で見る人たちは、みんな一様に素敵で羨ましいほど綺麗な容姿をしているし、そういう人たちに私は単純に憧れた。黄瀬くんもその中の一人。

田舎から上京して大学に入学。上京して早々に、人の多さだとか服装だとか、そういった壁にぶつかった私。大学ではみんなが派手に見えたし、時々でてしまう方言が気になってなかなか輪の中にはいれない。
なんとかしなければ。そうこう苦戦して方言を直せたと思ったら、時すでに遅し。私の入れる輪はなくなっていた。そんな時、声をかけてくれたのが黄瀬くんだった。黄瀬くんが同じ大学なのは、入学してすぐに気づいた。みんなが噂していたし、何回か遠目に見かけたこともあったから。だから黄瀬くんは、私からしたら救世主にしか見えなかった。

「救世主!? アンタつくづく面白いこと言うっスねぇ」
「事実、救世主だよ。友達の作り方についてこんなに悩んだの、初めてですもん」
「そーいえば俺も友達っつったら、高校んときの部活の人と、中学んときのチームメイトくらいしか思いつかないっスわ」
「大学では? よく女の子連れてますよね?」
「あぁ。友達っつーかファン?」
「彼女じゃないんだー」
「彼女もいたっスよ。でも仕事もあるから毎日大学来るのも無理だし。大学入ってからの友達はアンタが初めてっスわ」
「良かったー。黄瀬くんも友達いない仲間ですね」
「いや、一緒にしないで欲しいっス」

話してみると黄瀬くんは結構普通の人で、私の慣れない標準語を誤魔化す変な敬語も、「スっス」言ってる黄瀬くんと話していると仲間意識が生まれた。黄瀬くんは早くから仕事をしているから、そういう話し方なのかなーと勝手に想像して、案外黄瀬くんとは上手くやっていけそうだと思った。


-----


黄瀬くんと友達になってから数日。黄瀬くんと大学で会うことはなかった。仕事忙しいのかな? なんて考えてながら歩いていると、前方に女の子をたくさん連れて歩く黄瀬くんを見つけた。周りより頭一つ出して歩く黄瀬くんはよく目立つ。
手を振ってみようかな。でも気付かないかな。気付いても無視されるかな。どうしようかな。そうやって悶々と悩んでいると、はたり。目があった。

「あ」

黄瀬くんはそんな声が聞こえてきそうな表情をして、その次には軽く手を上げてくれた。私は嬉しくなって、小さく、控えめに手を振りかえした。黄瀬くんが手を上げたことにより、周りにいた女の子達が一斉にこちらを見たが、私の存在は見えていない様で、きょろきょろ。ずっと視線をきょろきょろさせている。その様子にギョッとすると、黄瀬くんも私と同じ反応をしていて笑えた。
やっぱり一人でいるより、こうやって同じものを見て、同じ感情を共有のは友達特有で嬉しい。



「あの時はみんな動きが揃ってて笑えたね。野生の本能ってやつですねー」

私のノートを写しながら、適当な相槌を打つ黄瀬くん。ペンを握る指先。爪の形が綺麗。ノートを見つめ伏せ気味な睫毛は日の光に透けるようにして、淡く光っている。色もだけど、長い睫毛が特別羨ましい。

「なんスか? そんなに見られるとやりにくいんだけど」
「睫毛が長くて羨ましいなぁと思いまして」
「そこは素直に俺の顔に見惚れていましたって言ったらどうっスか?」
「……黄瀬くんってあまり人に好かれそうな性格してないね」

私の言葉に心外だという顔をして、「それはお互い様」と返された。それこそ心外である。私は黄瀬くんほど思ったことをすぐに口にはしない。

友達をつくりましょう

prev | back | next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -