石が美しく見えたなら | ナノ
あれから私と花巻さんの関係に変化はない。バイトで顔を合わせて、休憩時間が被れば他愛のない話をして、時々送ってもらう。結論から言えばあの日、一時間きっかり待ったが花巻さんは現れなかった。
就寝前に送った「無事に着きましたか」という連絡はいつの間にか既読になってはいたが、返事は無し。記憶に残らなかったのか、他の意図があるのか。わからないがその後、バイト先で顔を合わせても話題が出なかったためどんな理由があろうと、あの日のことは無かった事になったのだ。


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「ナマエちゃんって今彼氏いないよね」
「いませんよ」

お客さんが少ない夕方。例のごとく暇潰しがてらの雑談中。ホールの女性人との会話。

「明日合コンの人数足りなくてさ」

そう切り出されれば合コンの誘いだと嫌でも分かる。花巻さんはキッチンの高橋さんと雑談していたが、会話の聞こえる距離にいたせか何故か私に視線を向けた。

「いやいやー、ナマエちゃんはそういうの行かないだろ」
「花巻に聞いてませんー」
「俺! 俺参加します!」
「高橋煩い。男は足りてますー」

私を無視して進む会話。やいのやいの言い合って最後には「奢るからお願い」と両手を合わせられた。

「いやー、合コン正直面倒くさいです」

そう言えばほらなと笑った花巻さんに苛立ちが生まれた。何様だ。

「あ! じゃあさ! 月曜日シフトの代わり探してたでしょ? 私代わるから!」
「その交換条件おかしいだろー。予定ないなら代わってやれよ」

最もだが、花巻さんに対する苛立ち。反抗心。そちらのほうが、私の心を支配していた。花巻さんの嫌がることを、傷つくことを、してやりたかった。

「それプラス今度奢ってくれるなら行きます」
「え!? 本当!?」
「はい」

は? と眉間に皺を寄せた花巻さんが視界の端に映ったが、関係ない。

「ごちになりまーす」

花巻さんが口を開こうとしたが、お客さんが入店して強制的に会話終了。それぞれ仕事をしに散った。


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休憩時間、喫煙スペースへ行けば私を待っていましたと言わんばかりに不機嫌丸出しの花巻さんが怖い顔をしていた。

「お疲れ様です」
「どーいうつもりだよ」
「何がですか?」

煙草に火をつけて花巻さんに視線を向ければ、先程よりも鋭い眼光を向けられる。

「俺の気持ち分かっててそういうことするわけだ」
「俺の気持ちとは?」

煙草を乱暴に揉み消しながら私を罵倒する。

「態度で示してるつもりだけどな。チャラチャラすんのやめたし、合コン行くのやめたし、女の誘いは断ってるし」
「私がいつそうしろって言いましたか」
「そりゃー、俺が勝手にやったことだけどさ。そういう言い方ないだろ」

据わった目で私を捉え苛立ちを隠すことなく、新しい煙草に火をつける。チリチリと葉が燃える音が、妙に耳についた。

「花巻さんがなかったことにしたんじゃないですか」
「は? なに? 俺のせいなわけ?」

なんて勝手な人だろう。思わず笑いが込み上げてきて、ふっと抜けた息が白く色付いて細く伸びる。

「あの日来なかったじゃないですか。あぁ、それすら覚えてないのか」

わざと笑みをつくって花巻さんを見据えれば、なにも言わずに黙りこんでしまった。

「彼氏でもないのに私の行動に口出ししないでください」

短くなった自分の煙草を肺一杯に吸い込んで、ため息と共に吐き出せば、私を見下すようにした花巻さんと目が合った。怒り、苛立ち、興奮。隠しきれない感情が光彩を揺らす。

「あークソ、本当正論しか言わねーなー。息つまるわ」

吐き捨てるように言われた言葉が私の胸を刺す。私を意図的に刺す言葉。ただ一言、好きだって言ってくれればどんなに救われることか。どうしてこんなに拗れてしまったんだろう。

「窒息したらいいんじゃないんですか。まともな告白もできないくせに」

そう言い捨てて煙草を揉み消し、呼び止める花巻さんの声を無視してその場から先に立ち去った。

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