石が美しく見えたなら | ナノ
「花巻の席めっちゃ酒飲むんだけど」
「やばー」

そんな会話でホールの人たちは盛り上がっていた。花巻さんはお酒、強いのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えながら、私は「休憩入ります」と周りに挨拶をして、喫煙スペースへ向かった。
夜なのに明るい空。吸った空気は重く、吐き出した空気はもっと重い。夏は煙草を不味くするよな。そう思いながらも、フィルターを深く吸い上げた時、足音が聞こえ自然と視線がそちらへ向かった。

「ナマエちゃん何時上がり?」

何故か店内で飲んでいるはずの花巻さんが、煙草を咥えながら現れた。少し頬の辺りが赤くて機嫌が良さそうに見える。

「お客様がなぜここに」
「ラストじゃないよな?」

私の言葉を無視して一人、話を進めだした酔っ払い。

「22時上がりですけど」
「じゃーちょうどいいし送る」

何がちょうどいいんだと聞き返そうかと思ったけれど、普段とは違った笑顔。上機嫌に破顔させ私を見る花巻さんが新鮮で言うのをやめた。



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バイトを終えて店を出ると、花巻さんが大股を開けてガードレールに座っていた。非常にガラが悪い。

「お疲れ様です」
「お、来たなーお疲れー」

いつもの数倍へらへらした顔。

「花巻さん酔ってますか?」
「酔ってるか、酔っていないかってば、酔ってる!」

にこーと効果音の付きそうな笑顔でピースしてくる姿は、酔っ払いそのものだった。これは私が花巻さんを送るべきなのでは?

「今日は私が送りますよ」
「はー? 俺が送るっての」

酔っていると言ったわりにはサクッと立ち上がって、しっかりとした足取りで歩き出し「ほら、行くぞ」と仕切りだした。気分が上がるタイプの酔っ払いなのか? 夜道を歩きながら、普段は話さないようなことを花巻さんはぺらぺらと喋った。たぶんバレーの話。そしてたぶん私の話。

「顔がすっげー好みなのに、あからさまにさー、嫌いですって態度でさぁ」
「はあ」
「むしろ燃えるよね」
「それ私に言っていい話ですか?」
「あー、いんじゃね? だって気づいてんだろ?」

ふんと鼻で笑って偉そうな顔をされた。

「花巻さんって記憶飛ぶタイプですか?」
「飛ばねーよー?」
「こういう話ってお酒に任せてするのはどーかと」
「はあー、正論。いっつも正論だなぁ」

手を繋ぎたいとか連絡先知らないとか攻略法がわからないとか。夜空を見上げたまま脈略のない欲求任せの叫びをだらだら吐き出す。私はただ花巻さんの喉仏の辺りを見て、タクシーを呼ぶべきかと思案してした。そんな事を知るよしもない花巻さんは、一度私に視線を向けて、再び夜空へ。

「月が、綺麗ですね」

アルコール臭い告白? 試されているのか、からかわれているのか。あまりに安っぽくて、笑えてしまう。

「その台詞で何回成功したんですか?」

花巻さんはピースして見せて、にっと笑った。

「案外成功率高いんですね」
「案外ってなんだよ」

ぶーぶー不満を言われたが、いつも別れる場所へつくとあっさり手を振って踵を返した花巻さん。足取りはしっかりしているが本当に大丈夫なのだろうか。せめて姿が見えなくなるまで見送ろうと思って、花巻さんの後姿を見つめていると、ふらーっと公園へ入っていってしまった。野宿する気かと焦って後を追えば、自販機で水を買っていた。

「あれ? どーした」

足音のせいか、すぐ私に気がついて驚いた顔をする。

「あー、連絡先。教えてください」

それを聞くために追いかけて来たと思われただろうなと、なんだか不服な気持ちになったが「やべー」と嬉しそうな顔を片手で隠しながらスマホを弄る花巻さんの顔が、こう、グッときた。きっと胸キュンってやつ。

「なんで急に連絡先?」
「酔っ払いがちゃんと帰れるか心配で」

花巻さんの連絡先を確認したついでにタクシー会社へ電話すると、不思議そうな顔した花巻さんと目があった。

「どっか行くの?」
「花巻さんがタクシーで帰るんですよ」
「は? いらねーから。そんな酔ってねえし」
「タクシー来るまで話しません?」

車止めのポールに腰を下ろし煙草に火をつけて、花巻さんにライターを向ければ、黙って隣に座って煙草をくわえた。間近で見た花巻さんは、切れ長の目を少し充血させている。
二人でぷかぷかと煙草をふかして、花巻さんの家ってどこですかと聞けば結構な距離があることを知った。原付で通勤してるんだもんな、そりゃそーか。付き合ってもないのに尽くされてるな。
見上げた月がまん丸で綺麗だった。

「そう言えばさっきのって告白ですか?」
「さっきの?」
「月が綺麗ですねってやつ」

今それを掘り返すのかと口を開けて、固まってしまった花巻さん。

「あ、タクシー来ましたね」
「え? あー、え?」
「花巻さんって明日シフト入ってますか?」
「明日、入ってない」

花巻さんの手から煙草の箱を奪ってフィルムに五千円札を滑り込ませる。そしてタクシーへ押し込んだ花巻さんに煙草を手渡した。

「もし本気だったら、明日14時にここで待ってます。一時間は待ちますんで。もし覚えててその気があったら来てください」

お願いしますと、さきほど花巻さんから聞いた住所を運転手さんに告げてタクシーを離れ、見送る。花巻さんはポカンとして、結局なにも言葉を発しなかった。
さて、明日花巻さんは覚えているのだろうか。

愛を歌うのが下手なひと

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