石が美しく見えたなら | ナノ
何度か経験のある合コン。人数的合わせですって態度丸出しで席につけば、居酒屋のお客さんほど絡まれたりはしない。日本酒を水のように飲めば尚更だ。

「酒強いんだね」

引きぎみに言った目の前の男に「ざるなんで」と返せば、感心したような声を上げられた。これも慣れっこだ。バイト仲間はお目当ての人が見つかったようで、楽しそうに会話に花を咲かせている。そろそろ帰りたいがここで帰ったら、空気を壊すよな。
失礼しますと席をたって、煙草を吸いに店外へ。当面の間は頼まれても合コン参加はしないなと思いながら、お手洗いへ行けばちょうどバイト仲間が化粧直しをしていた。

「今日はありがとねー」
「ご馳走さまです。でもしばらくは合コン大丈夫です」

けらけらと笑って本当にありがとねとお礼をのべてもらえば、いくらか来て良かったなと思えた。

「ナマエちゃんさ、花巻と付き合ってる?」
「いや、ないですね」
「あー、じゃーなんかあった?」

何かあったが無かった事にされた。まあ、そんなことを言えるわけもなく「特に」と返せばそっかーとありきたりな返答が返ってきた。

「あの、そろそろお開きになったりしませんかね」
「ごめん、もうちょい待って! 二次会は無理しなくていいからさ! もうちょっとだけ!」

そう言って手を合わせられれば、分かりましたとしか言いようがない。仕方なく席へ戻って、残った料理をつまみお酒を流し込んで適当に会話に参加する。
もう一度煙草、吸いに行こうかなと思い始めた時、何故か視線が私の方へ集まった。正確には私の背後だろうか。その視線を追って振り返れば、肩で息をした花巻さんがいた。

「は?」
「帰るぞ」

鞄を奪われ、腕を掴まれて強制的に立たされる。去り際「花巻、焼肉だからね」そう聞こえて前方からは「おー」という返事。思わず振り返って焼肉と口にした人を睨めば「ごめんね」そう言われた気がした。
店を出てしばらく腕を引かれたが、止まる気配のない花巻さんに「腕痛いんですけど」と訴えれば、するりと私の腕を指先で撫でるように解放された。

「……わり」
「なんのつもりですか」

自由になった腕で鞄を奪い返し、視線を下げた花巻さんを睨めば弱々しい顔。

「あの日、浮かれて、なかなか寝れなくて。まあ、それで……寝過ごした。一応公園には行ったけど、ナマエちゃんもういなくて」
「だから?」

だからなんだ。だからって何も変わらない今の現状。無かった事にされた事実。

「寝過ごしたなんて、言えねーだろ」

言い訳。格好良くも、納得ができるわけでもない言い訳。

「もー黙ってもらっていいですか? 聞きたいこともないし、話したいこともないです」
「聞けよ!」

街中で恥ずかしげもなく大声をだした花巻さんに、思わず息を飲む。

「俺が、俺が間違えたよ。全部。もう一回やり直して、ちゃんとして、ちゃんと言おうって思ってたんだよ。でも、それじゃ駄目なんだろ?」

そこまで言って、途切れてしまった言葉。周りの人が私たちに視線を向け避けて歩く。もー嫌だ。振り回されて、期待させて、白紙にされて。

「帰ります」

花巻さんを置いて駅へ向かって歩けば、黙って私の後ろをついて来る。電車に乗って最寄駅で降りて、会話なく歩く。

「あの、後ろ歩かれるの気持ち悪いです」

そう訴えれば、のろのろと私の横に並ぶ花巻さん。まるで私が悪者みたいじゃないか。あぁ。本当にどうしようもない人。意気地の無い人。臆病者。冗談めいた告白はするくせに。

「今日も月が出てますけど」

雲の隙間からぼんやりと月の明りが見えて、次第にくっきりとした輪郭を現す。隣の花巻さんは顔を上げしばらく空を仰いだ。そして、ゆっくりと私を見つめる視線が真剣であった。

「好きです」

ここは月が綺麗ですねじゃないのか。でも使いまわしの台詞なんて、嫌だしな。私が上塗りをして、私だけを思い出すように。思わず頬が緩んだ。

「花巻さんってむかつきますよね」
「は?」
「大して仲良くないのにナマエちゃんって呼ぶし」
「それは、みんながそう呼んでて」
「酔い任せに喋るし」
「それは、悪い……」
「終いには無かった事にするし」
「言い訳は、ないっす」
「彼氏でもないのに煩いし」
「あー、はい」
「男らしい告白もしてくれないし」

ぐっと喉を鳴らすだけで、押し黙ってしまった花巻さんに構わずあれが駄目、これが駄目、気に入らないと続ける。どんどん表情が雲って顔が下がって項垂れる。花巻さんのHPはきっとゼロに近いだろう。

「凄い腹が立つんですよね、花巻さんに。何でかわかりますか?」
「え、まだなんかあんの……」

力なく上げた顔が情けなくて笑えた。

「一番むかつくのは、そんな花巻さんを好きになった自分ですかね」
「え?」
「花巻さんのこと好きです。癪ですけど」
「一言多いわ」

恐る恐る、私の背に手を回した花巻さんは本当に意気地無しで、どうしようもなく臆病で、優しい人。

「愛のひとつも囁けないのに手を出すのは早いですね」
「はー、辛辣。俺、瀕死だからね今」
「瀕死ですか。死んでもいいって言わないんですか? こんなに月が綺麗なのに」
「あー、……そうだな」

意を決したように私を強く抱き寄せて、静かな沈黙を挟んだ後に「死んでもいいわ」と低くて色気のある声が私の耳を掠めた。


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手を引かれて少し遠回りして帰っていると「あ、そうそう」と言って急に手渡された五千円札。

「なんですか? 売春だったんですか?」
「いやいやいや、タクシー代」
「本当に覚えてはいたんですね」
「はい、覚えてます」

目を逸らして叱られたみたいな顔。どうしようもない人。でも、どうしようもなく、可愛い人。

「いいです、五千円。それで焼肉行きましょう。奢らなきゃいけないんでしょ?」
「いや、でもさ」
「月が綺麗ですねってモテたくて覚えたんですか?」

花巻さんの言葉を遮ると、ブッと息を吹き出して「唐突だな」と苦笑いを浮かべた。どうやら図星らしい。

「本当に大学デビューなんですね」
「えぇ……どういう意味?」
「深い意味はないですよ」

えー、と納得のいっていない様子。



恋とは厄介なもので、今はどんな花巻さんも愛おしく思える。盲目。盲目のくせに綺麗に見える景色。願わくば、この人と見る月がずっと綺麗であればいい、道端の石ころすら美しく見えたらいい。なんて。恋とは恐ろしい。

石ころが惑星に変わった日

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