石が美しく見えたなら | ナノ
あれから花巻さんは退勤時間が同じだと、私を送ってくれるようになった。そしてなにかと話しかけられた。前みたいな嫌悪感はなく、普通に会話が楽しいと思えるほど距離は近づいた。

休憩時間、喫煙スペースで花巻さんと煙草片手に他愛もない話をしていると、花巻さんと同い年の高橋さんが現れた。

「お疲れ様です」
「お疲れー」

三人で今日暇だねーといった感じの話をしていると、高橋さんが急にスマホ画面をこちらに向けて「花巻! 明後日、合コン行かね!?」と大声を出した。反射的に見えてしまったスマホ画面には、彼女に合コン行くのバレた、無念。といったなんとも情けない文章。

「明後日は無理ー」
「なんでだよ。シフト入ってないの知ってんだからな」

さっさと煙草吸って消えよう。そう思って煙草を吸うペースを早める。すると不意に聞こえた「チッ」という音。え? 今、舌打ちした? そう思って音が聞こえた方へ顔を向けると、どうやら花巻さんが舌打ちをしたようだ。

「サークルあんだよ」
「あー? ママさんバレーだっけ」
「ちげーわ。ふつーにむさ苦しいバレーだわ」
「それ何時に終るんだよ」
「終わってから飲み会だから無理」
「はぁ? つかお前最近さぁ、付合い悪くね? 今彼女いないっていってなかった?」

合コンの気分じゃねーと、だんだんイライラした口調になってきた花巻さん。高橋さんはそれを察したのか、無理な勧誘は諦めたようで「お前くらいの中途半端なイケメンが必要なのに」となんとも失礼な台詞。花巻さんは失礼だろと笑い、いつもの調子に戻っていた。

「お先です」

煙草を揉み消して、そそくさと店内に戻って休憩室に腰を下ろす。するとすぐに花巻さんも姿を見せた。

「高橋の合コン好きも困るよな」
「私は花巻さんも好きなんだと思ってました」

合コンと、付け足して言えば分かりやすく顔を歪められた。これは地雷だったかと先程の舌打ちを思い出すが、「合コンいえーい」といったことを聞いた記憶があるから、間違いではないはず。

「最近はそーでもねーよ」

なぜかばつが悪そうにそう言って、テーブルへ突っ伏してしまった。
最近花巻さんは気を使っているのか、チャラチャラした態度をあまり見ない。女の話をしないし、お客さんと連絡先を交換したって話も聞かない。わざわざ逆ナンを断ったって報告をしに来たりする。私の勘違いでなければ、誠実さをアピールしているように思えた。それがセクハラと言った私に対する抗議なのか、それとも好意? なんて自惚れた考えが浮かぶ。問題なのはその態度を満更でもなく思ってしまう自分。
だから、顔を上げない花巻さんの頭を触ってみたくなる衝動をぐっとこらえて「花巻さん最近変わりましたね」と言葉にした。

「どうしてですか」

少しだけ顔を上げて、交わった視線。その熱っぽい視線がむず痒い。

「どーしてだと思う?」

こっちが聞いてるに聞き返された。挑発的な目をして、私を試している。花巻さんって、ずるい人なんだな。期待をさせるだけさせておいて、確信はくれない。悩んで、考えてよ、そう言いたげな笑みが優しげで、本当にずるいと思う。だから私も負けじと、花巻さんが嫌がりそうな言葉をあえて口にした。

「言ってもいいんですか」

そう言ってやれば、「敵わねーなー」と頬杖をついて上がった口角を隠すことなく見せつける。そんなことをするこの人は、男の癖に色気があった。


-----


「最近ナマエちゃんと花巻って仲良いよね」

平日の夕方、花巻さんがいないタイミングを狙ってか、お客さんが一組しかいなくて暇だった為か、はたまたバイトが女ばかりだった為か。色恋と呼ぶには恋の色が足りない話題を振られた。

「そうですか?」
「そうだよー。あいつなにかとナマエちゃんナマエちゃんって言ってない?」

花巻さんと同い年の人が多いせいか、まるで昔馴染みの話をするかのように、「あいつ」と花巻さんを親しげに指す。

「それにさ! あいつとナマエちゃん、この前までトゲトゲしてじゃん? それなのに急に一緒に帰ったりしてさ! 怪しげー」

にやにやしながら綺麗な色で縁取られた爪をギラリと威嚇するように光らせて、私に視線を向けるホールのバイト。こういう時は、ごまかすより本当の事を言った方が効果的だと私は知っている。

「あー、それは花巻さんに本心を打ち明けたからですかね」
「何それ! 意味深!」

おぉ、食い付いたとほくそ笑みながらいつも調子で淡々と言葉を紡いだ。

「花巻さんに、チャライですよねって言ったんですよ」
「えー!? マジで!?」

それで? それで? と期待に目を輝かせて、早く続きを言えとホールとキッチンの境い目、料理提供をする台へ身を乗り出すホールの面々。

「人前で複数の女性の惚れた腫れた話は、セクハラになりますよって」

男性人がいないせいか、ギャハハと下品な笑い声を隠すことなく響かせる女性人。声大きいですよと言っても、その声は届いていないようだった。

「それ言われてあいつ何て言ったの?」
「聞く方がセクハラだって言ってました」
「はぁー?」

うけるんだけどと、また無遠慮な笑い声を上げる。

「花巻さん的にはミニスカートを履くのと同じ心理らしいですよ」

そう付け加えれば、ツボにハマったらしく大笑いして、事務室から慌てて出てきた店長に注意された。それから話は、ミニスカートを履く人とじろじろ見る人、どちらがセクハラかと話題が移って胸を撫で下ろした。虚実混交の話は受けがよく、上手く周りの好奇心が収まってくれたようで安心した。
それから数時間後、忘れかけてた話題の人物がサークル仲間を連れてお店へやって来た。高橋さんの合コンを断った理由は、本当にサークルだったんだなと関心していると、わざわざキッチンに顔を出して挨拶をしてきた花巻さん。それが合コン行ってないよというアピールに思えて、なんだか健気な行動が少しだけ可愛い。

「花巻ー下ネタで盛り上がるなよ、それセクハラだからね」
「は? 何の話だよ」

品のない笑顔で早く出ていけと、花巻さんの背中を押すバイトたち。何だよと訝しげな表情をして客席へ戻る花巻さんに、顔の前で手を合わせて「すみません」って意味で小さく頭を下げれば、何を勘違いしたのか嬉しそうに笑って見せて、ヒラヒラと手を振られた。

何色を足せば恋の色になるのか

prev | back | next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -