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07


 目の前の看板を見上げて、あたしは大きく溜息をついた。セブンスヘブン。もう訪れまいと誓ったはずのこの店の扉を再度くぐろうとしている理由は至極簡単で、偽造IDの代金支払いのためだった。ミレイユさん経由で手に入れたIDは、アバランチの一員ジェシー作のものだったらしく、彼女たちのアジトであるこの店にまた来ざるを得なかったのだ。せめてもの抵抗として、魔王チョコボに遭遇しないよう、早朝に伍番街を出たのだった。ちなみに、昨日やっと帰れたリーフハウスの前には、仁王立ちでエアリスが待っていた。笑顔の人間をあれだけ恐ろしいと思った事はない。あたしは学んだ。今後、エアリスには、絶対に、逆らわない。

「おはよーゴザイマス。……あれ、取り込み中?」

 店に入ると、店内の視線が一気にあたしに集中した。不審感を抱いている鋭い瞳たち。飲食店にしては物々しすぎるこの空気に、ちょっと後ずさる。いや、ふつーに怖いわ。おととい部屋に泊めてくれたティファだけでなく、電車から一緒だったバレットとジェシーまでいる。幸いなことにチョコボ頭は見当たらなかった。へへ、アイツ絶対まだ寝てるよ。

「カレン! どうしたの」
「えっと、今日はクライアントとしてお邪魔しに来たんだけど。ジェシーに支払い」
「おっ! はやいね〜。いいお客さん!」

 誰だって金を借りた相手が堅気じゃないと分かれば速攻で支払うと思うけど。ぐっと言葉を飲み込んでジェシーに約束のギルを渡す。よし、これであたしとこの集団との関わりはなくなった。さっさとオサラバしよう。魔王が来る前に。

「ごめんね、クラウド、今日は来ないかも」
「えっ、全然構わないっていうかむしろありがたいっていうか」
「私たちもこのまま出かけるの。だから、何もおもてなしができなくて」
「平気だよ。もともと支払いが終わったらすぐ帰る予定だったし」

 申し訳なさそうなティファに、気にしないでと手を振る。どうやら本当に出発直前だったらしく、「行くぞ」と叫んだバレットが先に店を出ていった。どこに何しに行くのかは、聞かないほうがいいですよネ。バレットに続いて、ジェシーも店を出ていく。あたしもお暇しなきゃ。ティファが店を閉められないし。今日はウォールマーケットにでも行こうかな。プレートの上で仕入れたマテリアを売却しないと。この後の予定を立てながらティファにさよならを告げて、扉に手を掛けた時だった。

「おいおい! 何だァこりゃあ!!」

 バレットの怒声に店を飛び出すと、信じられない光景が眼前に広がっていた。セブンスヘブンの前の広場を埋め尽くすほどの灰色の塊。モヤのようなそれは、ちょっとやそっとじゃ忘れられない姿をしている。うそ、ここプレートの上じゃないんですけど?! 浮遊しながらバレットたちを襲っているのは、間違いなく、あたしとエアリス(と、クラウド)を襲ってきたボロ布だった。しかも、あの時よりも数が多い。唖然として動けないあたしの後ろから、ティファが飛び出してきた。

「みんな、大丈夫?!」
「クソ! キリがねェ!!」
「ちょっとピンチかも!」
「私、クラウド呼んでくる!」

 えっまじ? あたしが何か言う前に、ティファは走り出してしまった。「待ってティファ! 一人じゃ危な、」あたしの声に被るように「やぁぁあああ!!」ティファの聞いたこともないような猛々しい声。吹っ飛ばされるボロ布。え、よく見えなかったけど、今の一瞬で膝蹴り回し蹴り正拳突きのトリプルコンボしなかった?? あれ、あたしの見間違い??? すぐにティファの姿は見えなくなってしまったけど、攻撃を受けたのであろうボロ布たちが宙を舞う様子は遠くからでも観察できた。え、まじ? 吹っ飛ばしながら走ってんの? あれだけの数を? 人は見かけによらない、けど、え、まじ? 混乱したまま、装備したマテリアに意識を向ける。うん、あたしは、学んだ。

「今後、ティファにも、絶対逆らわない」



***



 夢を見ていた、気がする。内容は覚えていない。ただ、痺れるような感覚だけが身体に残っていた。嫌な感覚。顔のないローブが目の前で囁く。「眠れ、なにも気にすることはない」違う、眠っていてはいけない。俺は、俺は、行かなければ、

「!」

 はっと目を覚ました。無意識のうちに、何かから逃れるように振った両腕は、ただ空を切るだけだった。室内を見渡す。なにもない。が、何かが起きている。異様な気配にベッドから飛び起きてバスターソードを握ると同時、ティファが部屋に飛び込んで来た。

「クラウド!」
「どうした」
「来て! 早く!」

 落ち着きを失ったその様子に、胸がざわめく。飛び出したティファに続いて部屋を出た瞬間、言葉を失った。プレートの上で闘った、見えない敵。夥しい数の霧のようなそれが、上空を埋め尽くしている。カレンに会った時もそうだった。一体全体、あれは何なんだ?

「作戦に出ようとしたら、あれがたくさん押し寄せて来て」
「状況は?」
「バレットとジェシーと、カレンが戦ってる。でも、いつまでもつか」
「は? カレン?」

 思いがけない名前に、眉間にきつく皺が寄ったのが自分でもわかった。あいつ、また来てたのか? 家は伍番街スラムだろう。なんでまたこんな時に、こんな場所に。家で大人しくしていろ。溜息を押し殺して走り出す。ティファと共に、目の前のローブたちを倒しながら進むが、なかなか思うようにセブンスヘブンまで辿り着けない。もどかしさに苛立ちが募る。やっと店の前の広場にたどり着いた瞬間、ティファが走り出した。

「ジェシー! バレット!」
「遅えぞ!」
「ひっきりなしに来る! もう限界!」

 セブンスヘブンの扉の前で、店を守るようにバレットとジェシーが発砲している。カレンの姿が見えない。ローブを切り捨てながら周囲を窺う。居ない? そんなはずはない。遠くからでも彼女の魔法が見えていたのだ。あんなに雷魔法を乱発する人間を、俺はあいつ以外知らない。気力が保つのが不思議なくらいだった。思えば、最初から不思議な奴ではあったが。

「ティファ! それとクラウド! 助けて!」
「カレン?! どこにいるの?!」
「ここ! ここだよ!!」
「……お前なんでそんなところにいるんだ?」

 なぜかカレンの声が上から降ってくる。まさか、と思って店を見上げると、看板にしがみついたカレンが特大のサンダーを落としたところだった。ちょうどバレットに襲い掛かったローブが、バリバリと音を立てて雲散霧消する。「助かったぜカレン!」バレットの大声に親指を立ててサインを送るカレン。しかも笑顔だ。……あいつは一体なにをしているんだ?

「遊んでるのか?」
「くっそ! だから嫌なんだよこいつ!! 遊んでるように見えるの?! これが?! 超絶困ってるんですけど!!!」
「勝手に困ってろ」

 とりあえず元気そうで安心する。いや、心配していたわけではないが。どうやらローブたちに囲まれたと思ったら、引き上げられて屋根の上に登ったらしい。看板にしがみつきながらも魔法を乱発している姿はさすがと言ってもいいのかもしれない。それなりに高さがあるので飛び降りるのは危険か。平時だったならば問題はないだろうが、これだけ訳のわからないものが飛び交っているのだ。仕方ない、最優先事項はあいつの救出だな。

「とにかく、落ちないように捕まってろ!」
「そうは言っても、こいつらあたしをわざと落とそうとしてくるんだけど!」
「お前に恨みでもあるんじゃないのか」
「知らな、っきゃああぁぁ!!」
「カレン!」

 気づけば身体が動き出していた。目の前の霧を一閃、足を踏み外したカレンの元へと駆け寄る。全てがスローモーションのようだった。ティファの悲鳴、怯えるカレンの表情。鉛のように重い身体を、真っ逆さまに落ちてくるカレンの下に滑り込ませる。衝撃に息が詰まる。ぐ、と奥歯を噛み締めて唸り声を堪えた。クソ、こいつ、鳩尾に落ちてきやがった!!

「く、クラウド! 大丈夫?! 死んじゃった!?」
「勝手に殺すな! チッ、あんたと関わるとロクなことが、」
「きゃあ! やばっ!」
「ジェシー!」
「ちくしょう!」

 カレンのマテリアによる援護がなくなったからか、ローブたちが束になってバレットとジェシーを襲う。ジェシーの持っていた短銃は吹き飛ばされ、彼女自身も階段を転がり落ちた。無防備なジェシーに群がるそれらと、ジェシーの悲鳴。と、突然ローブたちが一斉に攻撃をやめた。浮遊しながらこちらを窺ったかと思うと、プレートの方へと引き上げていく。まるで、なにも、なかったかのように。

「なんだ……?」

 瞬きをする間にも、霧のように奴らは消えてしまった。ティファの声にジェシーの方を見やる。走り寄るティファと、ジェシーを抱き上げるバレットの様子から、どうやら大ごとにはなっていないようだ。こちらよりは。未だ俺の上に乗ったまま、カレンは動こうとしない。腹筋を使って上半身を起こすと、鳩尾がじくりと痛んだ。

「おまえ、いつまで乗ってる気だ」
「え、えへへ、腰が抜けてしまいまして……」
「……はぁ」

 一度彼女を降ろしてから立ち上がる。申し訳なさそうな上目遣いに鳩尾がざわつく。さっきの衝撃の後遺症か。息を吐いて、手についた砂を払う。カレンの二の腕を掴んで、グッと引き寄せた。よろけた彼女を胸に抱きとめる。ここ数日で、何回こいつの腕を引かなければならなかったのだろう。もはや慣れたと言ってもいい感触に眉根を寄せる。それにしても、細すぎないか。女らしい、という意味ではない。むしろ病的なほど細い腕は、彼女には不釣り合いだった。

「ちゃんと食ってるのか」
「え、あ、軽かった?」
「そうじゃない」

 しかも衝撃は相当なものだった。軟弱性をアピールするようなので言わないが。

「腕、細すぎだ。栄養が足りてないんだろ」
「ちゃんと食べてるよ。最近はね」
「それまでは」
「うーん、まあ、色々と、ね」

 言葉を濁したカレンは、「あ、クラウド、受け止めてくれてありがとう」と礼を言ってからジェシーのもとへと駆けて行った。回復魔法が得意なようだったから、きっと彼女の治療をするのだろう。残された俺は、今までカレンの二の腕を掴んでいた手のひらをじっと見つめる。

「カレン、」

 それは、明確な拒絶だった。今までどれだけ口喧嘩をしようが、共に戦おうが、彼女から距離を取られることなどなかったのだと、今気がついた。「カレン」ともう一度彼女の名前を呼ぶ。名前と、住んでいる場所。分かっているのはそれだけで。そうだ、俺は、あいつのことなどなにも知らないのだ。その事実が、どうしてか、苦しい、ような。じくり、鳩尾が、鈍く痛んだ。


200507



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