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06


「はあ……もー、あたしって運がないのかも」

 グラスに入った強めの酒を流し込むと、喉がかあっと熱くなった。
 まさか、初めてプレートの上に行った日に魔晄炉が爆発して、正体不明のボロ布に襲われて、王子様に助けられたと思ったら魔王みたいなチョコボで、突然現れた神羅兵から命からがら逃げ出した先がテロリストのアジトでした。って、もう、どこから突っ込んだらいいのかわからないんですけど。ハイ、今夜は焼け酒することに決めました! 異議なし!! カラン、と手元のグラスを覗き込んで、一気に煽る。お酒が美味しいのが救いだな。これでこのセブンスヘブンがテロリストのアジトじゃなかったら通い詰めてた所だ。まあもう絶対お邪魔したくないんだけど。怖いし。

「えっと、カレンさん? どうかな、美味しい?」
「カレンでいいよ、ティファ。美味しい、最高だよ。隣にチョコボがいなければもっと美味しかった」
「ついて来たのはおまえだろ」
「アンタが無理やり連れて来たんでしょ!」
「あの場に置いて来ても良かったのか」
「うぐぅ」

 誰だこいつを王子様とか言ったやつは。あたしだよ! 数時間前のあたしを殴ってやりたい。顔はいいけど態度は悪いし口も悪いし、腕はいいけど無愛想だし。言いたいことはいっぱいあるけど、場所が場所なので黙って酒を流し込むことにした。口論になってリンチされたら死ぬわ、あたし。カウンターに座るオッサンをチラ見する。バレットがリーダーのこのテロリスト集団はアバランチと言うらしく、なんでもこの星を守るために闘ってるんだとか。電車内で熱弁されたことを思い出す。神羅に反抗する集団、ねぇ。グラス越しにカウンターに立つティファを見遣る。なんと、彼女もメンバーの一員らしい。うーん、人は見かけにはよらないな。

「ところで、カレン、この店のことなんだけど」
「ああ、うん、もちろん、何も知らなかったことにしておくよ。借りもあるし」
「おまえの軽い口が滑らないといいがな」
「喧嘩売ってる?」

 どうやらあたしの偽造IDを作ってくれた人がメンバーにいるらしい。ジェシーという名の元気な彼女が、神羅を騙せるほど精巧なカードを作れるなんて、ほんと、人は見かけによらない。彼女が居なければプレートの上に行くどころか、日常生活さえちょっと窮屈になるので、黙っておく程度の恩返しなど可愛いものだ。活動に思うところはあれども、ね。

「んー、ティファ、おかわり」
「おまえ、顔真っ赤だぞ」
「うるさいなぁ、今日はのむってきめたの!」
「そういえばカレン、今晩はどうするつもりなの? 家、この近くじゃないんでしょ」
「伍番街スラムなんだ。道、わかんないし、真っ暗だけど、なんとかなるっしょ」
「だめ、危ないよ! 夜はモンスターも凶暴になるの」
「だいじょーぶ。あたし、こうみえてもまあまあつよいし!」
「ハンッ」
「やんのかゴルァ!!」

 酒の勢いに任せてクラウドの胸ぐらを掴み上げたけど、余裕そうな笑みを崩さないのがまたむかつく。ちょっと、かるーく、一発だけ、殴ってやろうかな。右手の拳に力を入れた瞬間、その憎たらしい笑みがぐにゃりと歪んだ。「およよ?」突然立ち上がったせいか、一気にアルコールが回るのを感じる。バランスが取れずに身体が傾く。あ、やべ、倒れる。

「っ、おい、」

 二の腕を掴む革手袋の感触。火照った体にひんやりとしたそれが気持ちいい。慌てたティファの名前を呼ぶ声と、呆れたような溜息。くそう、また助けられてしまった。

「ね、今夜は私の部屋、泊まって」
「でも、」
「案内するから。クラウドにも、話があるの。一緒に来て」
「……はあ」

 店を出て行くティファの後ろ姿を見遣ったクラウドが、呆けているあたしの瞳を覗き込む。魔晄の瞳が、あたしを捉えて離さなかった。

「飲み過ぎだ、バカ」

 行くぞ、と腕を引くその力は決して強くなくて。口は悪いしむかつくけど、触れる指先は優しいから。だから、素直に運ばれてあげることにした。



* * *



「……暑い」

 目を覚ました原因はそれだった。見慣れない天井にあたりを見回して、ここがティファの部屋だと気づく。そういえば、酔っぱらったあたしをクラウドが運んでくれた、ような。ブランケットに包まったまま床で寝たせいか、身体がちょっと痛い。けれどまあ、野宿よりは断然マシだ。ベッドの中ではティファが静かに寝息を立てている。ぐっすり眠り込むその姿に、ほっと胸を撫で下ろす。どちらがベッドを使うかで少し揉めたのだ。譲り合うあたしとティファに、「こいつは床で十分だ」とクラウドが吐き捨てたのだった。思い出すと腹立たしいな。いや確かに床で十分なんだけど。クラウドに言われると腹立つ。

「……はぁ」

 アルコールのせいか少し頭が重い。目も冴えてしまったし、夜風にでも当たろうかな。ティファを起こさないよう気を遣いながら、玄関の扉を開けて廊下へと出る。手摺りに凭れて上を見ると、プレート下部の光がまるで星のように明滅していた。空、見えないな。人工のそれも綺麗だけれど、どこか無機質で、他人行儀だ。でも、感傷的になるには十分みたい。はあ、と小さく息をつく。あたしは幸せものだな。記憶はないけれど、エアリスも、園長も、伍番街の子供たちも、ティファも、まあ認めたくはないけれどクラウドも、みんなが良くしてくれる。なにもないあたしに。あたしは、なにが返せるんだろう。あたしにはなにができるんだろう。あたしがこの世界に生まれて、今ここに居ることには、きっと、意味があるはずだ。その意味はまだ、見つからないけれど。いつかは。

「!」

 どん、と何かが落ちる音に反射的に振り向いた。周囲を窺うが特に変化は見られない。室内か。廊下の奥から聞こえて来たから、ティファではないはずだ。他の部屋がどうなっているかはわからない。寝ぼけて住人がベッドから落ちたとか? でも、なんとなく、心がざわついて落ち着かない。嫌な予感、する。一番奥の部屋を睨むように見つめていると、その手前、202号室の扉がゆっくりと開いた。宵闇に映える金の色。

「……カレン?」
「なんだ、クラウドか。ベッドから落ちた?」
「俺じゃない、隣だ。……もう大丈夫なのか」
「ん? あたし? 大丈夫。アルコールの分解早いんだよね」

 あはは、と笑う。何か言いたそうに眉を顰めたクラウドは、しかし言葉の代わりにため息を吐き出した。いや、相変わらず失礼だな。バスターソードを担いだクラウドは、ちらりと203号室を見てからあたしを見つめる。誰も出てきてないですヨ。肩を竦めたら伝わったらしく、クラウドは203号室の前に立ち、声をかけた。

「おい、大丈夫か?」
「う……あぁ……」
「あけるぞ」

 唸り声。誰かが苦しんでいるのだろうか。クラウドがドアノブに手を掛ける。鍵は、かかっていない。扉を開けたクラウドが、部屋へと滑り込む。唸り声。彼に続いて、あたしも部屋の中へと足を踏み入れようとした瞬間だった。

「!」

 流れるような銀髪。冷え切った魔晄の瞳。不適に嗤う薄い唇が、あたしの名前を呼んだ気がした。知って、いる? そうだ、あたしは、この男を知っている。この男が何者なのか、何をしたのか、この男の正体は、

「うわあぁ!」

 クラウドが掲げたバスターソードは、扉の木枠に食い込んだ。近付く男から逃げるように後ずさったクラウドが、脚を絡ませて尻餅をつく。巻き込まれたあたしも、その場に倒れ込んだ。クラウドにのし掛かる男。彼の苦しそうな声、男の唸り声、誰かの悲鳴、頭痛、全身の痛み、すすり泣く声、白衣、怒声、プラントポット、血、魔晄、マテリア、ジェノバ細胞、成功した、古代種、特異例だ、使えない、予備として、頭痛、生きる力を、自分で、お前は独りだ、あたしは独りだ、友達、だろ、オレが、護る。

「クラウド、やめて!」

 ティファの声に唐突に意識が覚醒する。霞がかった幻影は消え、目の前にはバスターソードを振りかざすクラウドと、それから、倒れ込んでいるローブの男。「部屋に戻ってろ!」そう叫ぶクラウドの腕を咄嗟に押さえる。顔を歪めたクラウドが、はっと息を呑む。腕を下ろし、呆然と男を見下ろしてから、彼は困惑したようにあたしを見つめた。少し戸惑ってから、ゆっくりと首を振る。とりあえず、目の前のこの男性には害はなさそうだ。

「あぁ……あ……」
「この人は、203号室のマルカートさん。病気で、ずっとこんな感じなんだって。ときどき様子を見るように、大家さんから頼まれてるんだ。クラウドも、お願いね」
「ああ」

 男を抱き起こしたティファに、気もそぞろなクラウドが返事をする。幻影を振り払うように、あたしは頭を振った。未だ動けないクラウドの代わりに、ティファと一緒にマルカートさんをベッドまで運ぶ。その腕に刻まれた49の刺青。なんだろう。嫌な感覚。

「そういえば、カレンは、もう大丈夫なの?」
「え? あ、うん。もう酔いは覚めたかな。心配かけてごめんね」
「平気だよ。でも、床、硬くない?」
「慣れてるから。場所貸してくれてありがと」
「うん。じゃあ、クラウド、おやすみ」
「ああ、」

 部屋に戻り、ティファにおやすみを言ってブランケットにくるまった。さっきの長髪の男、見覚えがある、と思う。クラウドにも、見えていたのだろうか。ただ、なんとなく、聞いてはいけないような気がして、あたしは口を噤んだ。頭が痛いのは、もう、アルコールのせいではなかった。さっきフラッシュバックしたのは、間違いない、あたしの記憶、だ。思い出すだけで胸の奥がざわざわする。襲って来た頭痛に、無理やり思考を手放した。あたしは一体、何者なんだろう。


200506



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