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08


 おかしいな、目の前に魔王チョコボが見える。
 ここは伍番街スラムの教会、のはずだ。あたしの認識では。エアリスの花の手入れを手伝うため、護衛も兼ねて付いてきただけだったのに。なぜここに、こいつが。思えば、ここ数日ずっと、この金髪を見ているような気がする。そもそもコイツと会うとロクなことがない。初めて会ったときはボロ布と神羅兵に襲われたし、昨日はやっぱりボロ布に襲われて店の屋根から落ちた。いや、助けてもらったけど。でもそういえば、プレートの上で会った時も落ちたわ。電車まで真っ逆さまだったわ。着地した時、クラウドの肩がお腹に食い込んでおえってなったもん。あれは怖かったな。そう考えるとあたし落ちすぎじゃない? ボロ布に襲われすぎじゃない? 全部クラウドがいる時だな。疫病神かよ。でも、今回落ちたのは、あたしではなくクラウドの方だったようだ。天井を見上げる。大きく穴の開いた屋根から、プレート下部のライトが見えた。え、ここから? 落ちてきたの? プレートから? なにそれやばいじゃん。普通だったら跡形もなく吹き飛んでるでしょ。恐ろしいんだけど。人間じゃないよ。クラウド、よく生きてたね。

「カレン、この人、」
「うん、この間、プレートの上で助けてくれた人だね」
「怪我、してるね」
「ソウダネ」
「治して、あげないの?」
「う……わ、わかったよ」

 仕方なく、エアリスが言うから仕方なく、クラウドの額に手をかざす。淡い光がクラウドを包み込んで、肌に無数にあった擦り傷が消えていく。心なしか、眉間のシワも、ちょっとはマシになった、ような。悪夢でも見ているのか、クラウドが苦しそうな唸り声を漏らした。「もしも〜し」呼びかけるエアリスの間延びした声が、あたしの耳にも心地いい。そういえば、あたしが倒れていた時も、こんなふうに呼び戻してくれた気がする。あたたかい、その声で。

「う、あ……?」
「だいじょうぶかな?」

 ゆっくりと目を開けたクラウドが、勢いよく身体を起こす。それでも、まだ現状が飲み込めないようで、しきりに辺りを見回す彼に、エアリスが正面から向き合った。ちなみに、倒れたクラウドの頭上で健気にも回復魔法をかけていたあたしは、完全にクラウドの視界から消えた。そのままバレなきゃいいんだけど。無理か。仕方ない、治療費だけたっぷりふんだくろう。

「良かった、目、覚めた?」

 しゃがみこんで顔を覗きこむエアリスに、慌てたクラウドが立ち上がる。あー、エアリス可愛いもんね。わかるよその反応。タジタジしてるその様子はちょっと新鮮だ。セブンスヘブンではなんだか格好つけてた印象だったけど、さてはこいつ、無理してたな? でも黙っておいてあげよう。カレンチャンは優しいからね。

「あんたは?」
「エアリス――名前、エアリス。また、会えたね」
「そう、だったか?」
「え、覚えてないの? ほら、お花」
「ああ、花売りの。……もしかして」
「残念。あたしもいますよー」

 振り返ったクラウドが眉根を寄せる。え、なにその表情! あたしの反応なんですけどそれ。恩人に対してずいぶんな態度ですね。むかついたので治療費を跳ね上げることにした。こいつ強いしギルもたくさん持ってるでしょ。あたしはカツカツなのでぼったくらせていただきます。無理して偽造IDの代金を捻出したツケがここに来て響いているのだ。クラウドにはいいカモになってもらおう。ぬっと右手を差し出すと、クラウドの眉が片方だけ上がった。

「なんだ」
「治療費。1万ギル」
「ぼったくりか」
「患者によって超割増料金なので」
「喧嘩売ってるだろ」
「1万ギルで買って」
「カレン、今日はおまけ、してあげたら?」

 延々と続きそうな口論は、くすくすと可愛らしく笑う鶴の一声で終息した。エアリスが言うなら仕方ない。あたしの世界はエアリスを中心に回っているのだ。クラウドに向かって肩を竦めると、ふん、と納得したようなしていないような微妙な表情だった。いやだから、それ、あたしの反応だから。文句を言おうと口を開きかけたけど、エアリスの笑顔が目に入ってあわてて口を噤んだ。同じ轍は二度踏むまい。

「でも、お花畑で倒れてたの、一緒、だね」
「こいつと?」
「いやー、助けてくれたのがエアリスでほんと良かったよ」
「カレン、記憶なかったから、大変」
「は? 記憶?」
「あ、言いわすれてた」

 そういえばバタバタしててクラウドとそんな話、したことなかったな。あたしはぜんっぜん気にしてなかったけど、そういえばクラウドが何者なのかも知らないや。別に興味ないけど。ちなみに、アバランチのことはまあまあ詳しく聞いた。いやこっちからは全く訊いてないんだけどバレットが勝手に喋ってた。クラウドは雇われだって言ってたっけ。元ソルジャーとかなんとか。

「普通言い忘れるか? そんな重要なこと!」
「だってアンタと会うときそれどころじゃないでしょ」
「時間はあっただろ! セブンスヘブンで酒も飲んだ」
「あれはティファとおしゃべりしてたんですー。クラウドじゃありませーん」
「おま、」
「二人とも、仲、いいね」
「「そんなわけ、っ!」」
「ふふ。ほら、ね」

 くすくすと笑いの止まらないエアリス。チラ、とクラウドを窺うとがっつり視線が合ってしまった。な、なんだよ! 気まずさにすぐさま顔を逸らす。笑いの止まらないエアリスが、あたしとクラウドの背を押した。クラウドのクッションになってしまった花畑の手入れをするらしく、「二人は仲良くそこで待っててね」だそうだ。何か言おうとしたクラウドも、エアリスの笑顔に言葉を飲み込んだ。うん、クラウド、それは正しい判断だと思うよ、あたし。花畑に向き直ろうとしたエアリスが、あ、と振り返る。手にしていたのは、緑のマテリアだった。そういえば、クラウドの近くに落ちてたかも。

「ねえクラウド、マテリア、落としたよ」
「ああ」
「わたしも持ってるんだ。特別なの」
「特別?」
「だって、なんの役にも立たないの。でも、身につけてると安心できるし、お母さんが残してくれた――」
「……お母さん?」

 お母さんって、エルミナさん? 疑問は、唇をキュッと引き結んだせいで言葉にはならなかった。エアリスの瞳が陰る。そうだ、たまに、すごくたまに、エアリスはこういう表情をする。なにかを堪えているような、抱え込んだ哀しく優しいそれを愛でるような。きっとまだ、あたしには触れられない場所だ。もちろん、クラウドも。でも、いつか、きけたらいいと思う。エアリスが抱えているものを、ちょっとでも、軽くできたら。あまりに真剣に見つめていたせいか、目が合ったエアリスは困ったように笑った。白い指先が、愛おしそうに髪飾りを撫でる。

「大切、なの。同じくらい、このリボンも、大切」
「かわいい。エアリスに、似合ってるよ」
「フフ、ありがと。実は、プレゼント。好きな人、から」
「えっ! なにそれ知らない!」

 それは初耳だ。エアリスと数日行動を共にしたけれど、男の影も形もなかったから、てっきりエアリスにそういう人はいないのかと思っていた。ストーカーに狙われても、一人でなんとかしてるくらいだし。いや、あのハゲの話はよそう。余計なことまで思い出す。

「だってカレン、聞いてこなかったでしょ」
「教えて! 知りたいよ!」
「ふふ、まだ、秘密、かな」
「ええー」
「カレンの彼氏、教えてもらってからね」
「は?」

 え、あたし? あたし、記憶がないって気づいてから数日しか経ってませんけど。恋人作った覚えないよ? というか、クラウドが信じられないものを見るような表情でこっち見てくるんですけど! 本当に! あんた! 失礼な男だな! あたしだって恋人の一人や二人いたはずです! 全く覚えてないけど! いたはずです! 多分!

「ほら、ゆ、び、わ!」
「あ、忘れてた」

 言われて初めて右手を見つめる。相変わらずそれはそこにあって、日の光を反射して鈍く光っていた。太陽にかざすと、細かい傷がいくつもついているのがわかる。相当昔からつけているのか、どうなのか。安物には、見えないけれど、ペアリングなのかな。シンプルすぎて、判断しづらい。

「……プレゼント、なのか?」
「さあ? 覚えてないもん。恋人じゃないかもしれないし」
「でも、恋人かもしれないでしょ?」
「それはそうだけど……うーん」

 左手の薬指だったら、話は早いんだけどな。結婚してるか、その約束をした相手がいるってことだし。でも、結婚ねぇ。自分が誰かとそんな関係になることは、あまり想像がつかなかった。多分、多分だけれど、あたしは記憶を失う前から、あまり人と関わったりはしなかったんだと思う。エアリスとの距離感が、ちょっと戸惑うくらい、くすぐったくてうれしいのも、きっとそのせいだ。

「カレンが好きな人、できて、教えてくれたら、言うよ」
「ちぇー」
「クラウドとか、どう?」
「なっ?!」
「ははっナイナイ!」

 目を見開いたクラウドが、驚いたようにエアリスを見つめる。クラウド?! ないない!! 爆笑すると睨まれた。だってクラウドだよ? 魔王様じゃん! ないでしょ! あたし、優しい人がいいもん。あと、あたしを護ってくれるひと。

「おまえ、喧嘩売ってるのか」
「顔はタイプだけど性格に難あり!」
「売ってるんだな」
「へえー。顔はタイプなんだ」
「「!」」

 え、あ、あれ、口、滑った、かも。ニヤニヤと笑うエアリスに、じわりと顔が熱くなるのがわかった。や、ちょ、待って、いや、確かに、顔は、顔はまあ、なくはない、セーフ、ギリギリ、だけど、いや、でも、あの、だって、クラウドだよ?

「へー、ふーん」
「ちょ、なし! 今のナシ! 誰がチョコボ頭なんかと!」
「よし、叩き斬ってやるからそこに直れ」
「はい、そこまで。二人とも、いい子で待っててね」
「「……ハイ」」

 パタパタと手で顔に風を送る。……顔、赤くなってないといいんだけど。



* * *



「カレン、」
「ん?」

 戸惑いがちにクラウドが声をかけてきたのは、エアリスが花の手入れを始めてから少し経ってからだった。手持ち無沙汰なあたしたちは、教会の隅、オンボロの長椅子に腰掛けて暇を持て余していた。割れたステンドグラスが床に散らばって、キラキラと輝いている。商売道具のマテリアを磨いていたあたしは、顔を上げてクラウドを見つめた。困ったような表情。あまり見たことがないけど、なんでだろう、彼の、自然体の、ような気がした。

「記憶、ないって言ってただろ。その……」
「一週間くらい前かな。さっきのクラウドみたいに、花畑に倒れてたんだよ」
「……名前は、」
「バングルに彫ってあった。でも、それだけ。他には何にもなくってさ。だからジェシーの偽造IDが必要だったってわけ」
「そうか」
「困りはしたけど、まあ、へーき。あたし、マテリアの気配、わかるから」
「……ああ、そういえばそんなこと言ってたな」
「だから、マテリア集めて、売ったり育てたりして、稼いでんの。大体のレベルもわかるから、倒れてるのがクラウドだって、見なくてもわかったよ」
「へぇ。便利だな」
「うん。神羅の黒服に追われてるんだけど、今の所なんともないのも、その感知能力のおかげだもん」
「は? 追われてる?」

 ああ、これも言ってなかったな。追われてるって言っても、直接会ったのはあのハゲ男だけだしなあ。あれから感じるようになった気配も、知らないものだったし。相当な強さのマテリアだから怖くて近づかなかったけど。

「なんだっけ、ターなんとか」
「タークスが、お前を? 何かやらかしたのか」
「あっははー覚えてないからなんとも」

 いやーまいったね、ははは。と笑うと、クラウドが哀れなものを見るような目でこちらを見てきたので腹が立った。ほんと失礼なやつだな。文句を言う代わりに肩パンをしたけれど、二の腕の筋肉が硬すぎて、やってやった感がない。くそ、筋肉だけはあるよなこいつ。

「一回闘ったけどすごく強くてさ。だからそれ以降会わないように逃げ回ってるってわけ」
「……大丈夫なのか、それで」
「今のところは」
「……見つかった場合、お前程度がタークスに勝てるとは思わないがな」
「え、なんで突然喧嘩売られたのあたし?」
「……仕方ない。俺が、」

 俺が、なんなのか、その先はわからなかった。突然教会の扉が開き、一人の男が無遠慮に入ってくる。信者でないことは一目でわかった。だって、後ろにゾロゾロと神羅兵引き連れてるもん。え、神羅兵? なんで? ていうか、あれ、黒スーツ……?

「邪魔するぞ、と」

 やばい、あたし、ピンチかも?



* * *



 教会の中から聞こえてくる声に、胸の奥が熱くなって、締め付けられるように震えた。扉の影に隠れたまま、まぶたを閉じる。ああ、この声、聴き間違えるはずがない。何度も、何度も何度も何度も、探し求めた、カレンの声だった。彼女は変わりないだろうか。最後に見た姿を、今でもすぐに、まぶたの裏に浮かべることができる。柔らかく風に靡く癖っ毛と、こちらをまっすぐ見つめる深い深いエメラルドの瞳。記憶がないようだと聞いたけれど、なんだ、あんま変わんねぇなあ。どうやら誰かと言い合いをしているらしい。その食ってかかるような声に、表情まで想像できてしまって笑いが漏れた。ああ、おまえ、変わんねーよ、本当。

「レノさん! 突撃しなくていいんですか?!」
「もう少し時間をやるぞ、と」

 古代種だけかと思ったら、どうやら男もいるらしい。随分と楽しそうなその会話に、唇の端が自然と上がる。ったく、目を離すとすぐこれだ。誰が飼い主なのか、もう一度ちゃんと教え込まねえと、な。まだ見ぬ男に語りかける。今度あいつを掴まえたら、もう二度と離さないから、せいぜい最後のお別れをするんだな、と。


200508



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