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06


 今日は朝から天気が良かった。出勤時、太陽の光がきらきらと神羅ビルを照らしていた。まあ、タークスのオフィスは地下なので、ビルに入ってしまえばそんなもの、全く関係がないのだが。そして、同じように、スラムの住人にとっても、日光はそれほど重要ではない。どうせ直射日光など当たりはしないし、空が暗ければプレート下部に設置された巨大なライトが点灯するだけだ。吸い上げた魔晄。星の命を消費して、照らされる人々とその暮らし。そんなスラムでも、唯一、太陽を感じることができる場所。伍番街スラムの、寂れた教会。ここが、今日のオレたちの仕事場だった。ぼろぼろの扉を前に、カレンを振り返る。硬い表情。口数は少なく、つまりオレに噛みつく頻度も少ない。あまり見ない態度に拍子抜けする。なんだおまえ、緊張してんのか? 借りてきた猫みたいになりやがって。

「……なに」
「いや、随分静かだと思ってよ」
「……スラム、あんまり来ないから」

 眉間に皺を寄せたまま、カレンがぼそりと呟いた。なるほど、どうやら本当に慣れていないらしく、右手がロッドの持ち手を忙しなく行ったり来たりしている。視線は安定しない。落ち着かないその様子に、ここ数日のこいつとのやりとりを思い出す。やっと八番街の警備は慣れたようだが、それでもビルを出るときはそわそわと何度も装備を確認しているようだった。オレがついていかない日なんか、特に念入りだ。どうせなにも起きはしないのだし、インカムをつけているのだから、万一の緊急事態もすぐに知らせることができるというのに。おまえ、意外と気がちっせぇよな。声に出すと面倒臭えから、言わねえけど。

「あー、一応確認しとくが、ターゲットは、」
「わかってる。傷つけない、傷つけさせない。あくまで自主的な協力を求む。でしょ」
「基本的に距離置いて“護衛”だな。まあ、仲良くなって懐柔させても、」
「は? 無理」

 ぴしゃりと言い放ったカレンに、唇の端が引き攣る。だから、人が喋ってるのを遮るんじゃねぇよ。苛立ちはため息で吐き出した。どうやら目の前の新人は相当ピリピリしているらしい。無理もないか。タークスとしてのこの任務は、それほど大変ではないが、重要なものに間違いはなかった。唯一生き残った古代種の護衛。それから、保護。彼女が神羅のもとへ来れば、お上は大喜びだ。とくに、科学部門統括のあのマッドサイエンティストは、狂ったように踊り出すに違いない。想像してしまってげんなりした。古代種を“保護”するということが、どういうことなのかは、タークス全員が理解していることだった。だからこそ、タークスにとって古代種は、懸念材料の最たるものなのだ。もし、ありえないことだとは思うが、彼女が素直にオレたちの手を取ったとしたら。長きに渡る任務は完了し、お上からはお褒めの言葉を頂くことだろう。もしかしたら、特別手当くらいは出るかもしれない。でも、それに諸手を挙げて喜ぶことなど、もうできないほどに、オレたちは彼女に関わり過ぎていた。特に、副主任は。複雑な二人の関係に思いを馳せそうになって、かぶりを振る。情を移しているのは誰しも同じだが、だからと言って仕事とプライベートを混合することなどありえない。そんなことではタークスなど務まらないのだ。感情の切り替えは初歩中の初歩だった。

「さて、準備はいいか、と」
「いつでもどーぞ」

 つん、とカレンが答える。素っ気ない態度は、扉の向こうにいるであろう彼女とは正反対だ。いや、彼女もオレたちにだけは随分と冷淡な態度だが。それでも、ふとした拍子に言動の端々に滲み出る、彼女のあたたかさが心地よいのも確かだった。女相手ならば、彼女の心も少しは開かれるのだろうか。ちらりとカレンを盗み見る。そういえば、この女がタークスオフィス以外で誰かと話していることを見たことがない。いや、オフィスですら、雑談らしい会話は全くしていなかった。対人恐怖症か? それにしては、オレに対しての噛み付きが激しすぎるような。人間関係築くの下手すぎかよ。今までどうやって生きてきたんだ。箱入りにも程があるぞ、と。少しは古代種のあの快活さを見習って欲しいものである。もしかしたら、この女も彼女に絆されたりするのだろうか。それは、少し見てみたい気もするが。

「じゃ、開けるぞ」

 建て付けの悪い扉は重く、押しただけでギィイと耳障りな音を立てた。天井の落ちた教会に、その音が反響する。祭壇の前、床板が朽ちて地面が露出したその場所が、スラムで数少ない陽の当たる場所。そして、ミッドガルでも数えるほどしかない、花が咲いている場所。そこに座り込む、一人の少女。少女というには大人びているが、女というにはまだまだ子どもの彼女こそ、保護対象の古代種だった。唯一生き残った種族。花の手入れをしていたのだろうか。振り返った彼女は、オレたちに気づくと不機嫌そうに立ち上がった。グリーンのスカートと、柔らかい栗毛がふわりと揺れる。周りには誰もいない。好都合だ。さっさと用事を済ませてしまおう。

「よォ。邪魔するぞ、と」

 片手を挙げて挨拶をしたけれど、無視された。構わずに講堂を進む。オレの革靴の音と、カレンの靴音が響き渡った。警戒するように彼女――エアリスは胸の前で自分の手を握る。んなことしなくても、連れ去ったりしねえっての。強引に拉致しようとしたことねーだろ、おまえには。過度に警戒されないよう、十二分に距離を保ったまま立ち止まる。オレの後ろでカレンも同じように立ち止まった。ていうか、おまえの顔合わせに来たんだけど。オレの後ろに隠れてどうする。

「久しぶりだな。元気だったか?」
「……レノ、中まで入ってくるの、珍しい。どうしたの」

 一方的にエアリスを監視していたので、オレとしては久しぶりもクソもなかったが、一応の儀礼を持ってそう述べた。どうやらエアリスはオレの監視に気付いていたようで、怪訝そうな表情を向けてくる。まあ、極秘の警護ではないので、誰に気づかれようとなんの問題もないのだが。オレを見つめたエアリスが、隠れるように立っている人物に気がつき、覗き込むように首を傾げた。それにつられるように、オレも背後のカレンを振り返る。

「ああ、今日はちょっと顔合わせに…………おい、」

 いつまでも背中に隠れているカレンに痺れを切らして、その腕をぐいと引いて――その瞳に、息を飲んだ。凍てついた、瞳。恐ろしいくらいに澄み切った深いエメラルドが、触れたら切れてしまいそうなほどの鋭さを孕んで、彼女を凝視している。見たことのない、瞳だった。思わず、腕を掴む手に力が入った。ハッと顔をあげたカレンが、オレの腕を振り解く。そうして、一歩踏み出してエアリスに向き合った。一度、瞼を下ろして、息を吐く。再び開かれたその眼は、鋭ささえあれど、殺意のような冷たさは掻き消えていた。それでも、その視線にエアリスがびくりと反応する。ゆっくりとカレンが口を開く。声は、落ち着いていた。

「この度、神羅カンパニー総務部調査課に配属されました、カレンです。今後、貴女の護衛を担当することもありますので、お見知り置きください」

 背筋の伸びた、綺麗な一礼だった。人形のように正確に、最敬礼の形をとったカレンに、エアリスは戸惑ったように口元を手で隠した。そんなエアリスの様子を、じっと観察するように見つめてから、カレンは踵を返した。そのまま、出口へ向かってツカツカと歩いて行ってしまう。「カレン!」反射的に呼び止めると、不満そうな顔でカレンは振り返った。いつもの、彼女だった。

「なに」
「どこ行くんだよ、と」
「どこって、護衛でしょ? 見回りの他になにがあんの」
「いや、そうだけどよ、」
「アンタは直接警護してれば。あたしは行くから」
「おい、カレン!」

 開きっぱなしだった扉は、カレンの手によって閉ざされた。バタン、という音が、室内に反響して消える。一体なんだったんだ? ガリガリと頭を掻いてから、エアリスへと向き直る。彼女はもう、こちらの方を見てはいなかった。蹲み込んで花の手入れをしている、その後ろ姿を注視する。いつもと、変わりはないと、思うのだが。

「なあ」
「……なあに?」
「おまえ、あいつと知り合いか?」
「……ここで会ったの、初めて」
「そうかよ、と」

 ということは、彼女の一方的な感情ということだろうか。会ったこともないのに? 本当だろうか? しかし、先程のカレンの言葉を思い出す。彼女はスラムには慣れていないと言っていた。あの言葉に嘘は感じられなかったし、事実、道中の彼女の挙動不審具合には目に余るものがあった。あれほど物珍しく周囲を観察する人間は、スラムに降りたことのないセレブくらいのものだ。では、スラムで会っていないとすると、どこだろう。プレートの上か? しかし、プレートの上を散策するカレンというのも腑に落ちない。あいつ、すぐ迷子になるしな。というか、家からほとんど出ていないのではないだろうか。世間を知らなすぎる。はあ、とため息を零した。訳がわからねえな。オレのため息にも、エアリスは背中を向けたままだった。あっちもこっちもじゃじゃ馬め。仕方ない、と出口へと足を向ける。とりあえず、カレンを捕まえなければ仕方がない。モンスターにやられることはないだろうが、間違いなく迷子になる。そうなると面倒だ。「じゃ、またな、と」振り返ってエアリスにそう告げたけれど、返事は帰って来なかった。くそ、だから子守は苦手なんだ。





200729



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