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 俺の攻撃を背後に飛んで躱したルーファウスに追撃するよう、距離を詰めてバスターソードを振り上げる。振り下ろしたそれはルーファウスの右手の銃に防がれたが、右に薙いだ大剣で左手のショットガンを叩き落とした。返す刀で、俺の眉間に突きつけられた残りの銃も弾き飛ばす。くるくると円を描いたそれは、フェンスを越えて夜のミッドガルへと落ちていった。丸腰になっても余裕の笑みを崩さないルーファウスを睨みつける。勝負は、ついた。

「神羅を潰すチャンスらしい」
「勘違いするなよ。神羅は生まれ変わる――私の手で」

 突然下から現れた神羅のヘリコプターに手をかけたルーファウスが、真っ暗な空へと昇っていく。ルーファウスを回収したヘリが大きく旋回し、その機体の下に付いたガトリングガンの銃口がこちらを捉えた。咄嗟にバスターソードで防御したが、足場が、悪かった。銃弾を浴びたグレーチングは、甲高い音を上げて散っていく。ぐらりと揺れる視界と、背筋が凍るような浮遊感。咄嗟に伸ばした腕は、かろうじて鉄骨を掴んだけれど。去っていくヘリの音を聞きながら、焦燥感に襲われる。体重を支えきれず、伸ばした右手がずるりと滑った。まずい、このままでは、

「クラウド!!!」

 鉄骨から離れてしまった手が、叫び声と共にしっかりと握られる。見上げると、闇夜に浮かぶアッシュブロンド。キラキラと光るエメラルドが、俺を見つめていた。カレンだ。一体、どうして、彼女が、ここに。

「う、ぐぐ、しっかり、クラウド、」
「馬鹿、離せ! お前まで落ちるぞ!」

 ティファやバレットならともかく、カレンの筋力では俺を持ち上げることは不可能だ。このままでは、俺だけでなく、カレンも落ちてしまう。そんなことはできない。彼女の手を振りほどこうとするけれど、どこにそんな力があるのか、カレンは断固として俺の右手を離そうとはしなかった。どうして。

「クラウド、あたしの、居場所に、なってくれるんでしょ?!
「な、」
「だったら、こんなところで、諦めないでっ!」
「カレン、」
「あたし、……きゃあっ!」
「カレンっ!!!!」

 足を滑らせたカレンが、落ちてくる。その腕を引っ張って、華奢な肩を抱き寄せた。彼女を護るように、強く強く抱きしめて。耳元で風を切る音がする。頭から、真っ逆さまに、地上に向かって落ちていた。一体、どうしたら、せめて、カレンだけでも、俺は、どうなっても、構わないから。もぞ、と腕の中でカレンが動いたのを感じる。少し力を緩めると、空中に右手を突き出したカレンが、声高く叫んだ。

「エアロガ!!!!!」

 突如発生した大風に押され、横にぐんと身体が持っていかれる。ビルのガラス窓が迫るのが見えて、腕の中のカレンを抱き締めた。叩きつけられるように背中からガラスに突撃し、劈くような音を立てて、飛び散るガラスと共にビルの内部へと転がり込む。カレンを腕に閉じ込めたまま、ゴロゴロと床の上を転がって、そして、止まった。打ち付けた背中や、ガラスで切ったのだろう皮膚が鈍く痛んだが、問題ない。腕の中のカレンも無事だったようで、すぐに起き上がって俺の名前を呼んだ。……そんなに叫ばなくても、聞こえる。生きてるからな。

「クラウド! あたしの手、離そうとしたでしょ、バカ!」
「馬鹿はあんただろ。できない癖にやろうとするな」
「だって! ……クラウド、が、落ちちゃうかと、思って、」

 そう言って、カレンは唇を噛んだ。俯いて、拳を握りしめるその様子に、罪悪感が胸を刺す。彼女だって、わかっていたはずだ。自分一人では俺を引き上げられないと、冷静に考えればわかっただろうに、咄嗟に手が出てしまったのか。はあ、とため息を吐いて、カレンの頭に手を乗せる。驚いたようにカレンが顔を上げて、まん丸の瞳で俺を見つめた。

「……助かった」

 そのままふわりと頭を撫でてやる。柔らかい癖毛が、どうしてか心地良くて。思わず感触を楽しむように、二、三度撫でてしまう。そうしてから、硬直したカレンの頬が、ほんのりと、赤みがかっていることに気がついて、手が止まる。…………い、や、待て、俺は、今、何を、

「あ、く、クラウド、腕! 腕、怪我してる、怪我!」
「え、あ、ああ、そう、だな」
「治して、あげるから、ね、ほら、」
「ああ、わ、悪い」

 ギクシャクしたカレンが、俺の腕に手をかざす。緑の光ともに、腕のあたりがじわりとあたたかくなった。血は出ていたが、放っておいても問題ないくらいの浅い切り傷だ。すぐに治ったそれを見て、カレンがふう、と息を吐く。その時、微かに香る、知らない匂い。いや、どこかで嗅いだことのある匂いだった。どこだったか。「終わったよ、クラウド」と、そう言って俺を見たカレンの、エメラルドの瞳を見つめながら、考える。そうだ、確か、七番街プレートの支柱上で、あの男と闘ったとき。気絶したその胸元に光るシルバーに、手を伸ばそうとしたときに、そうだ、この香りは、

「……レノ」
「え?」
「お前、レノと会ったのか?」

 そうだ、レノ。ルーファウスと闘っている最中、あいつは、俺の横をすり抜けてビル内へと向かった。目的は言っていなかったが、そうだ、あいつはずっと、カレンに固執していた。俺に向けた鋭い瞳を思い出す。激情を映したアクアマリン。あいつが追う人間など、一人しかいない。

「え、あ、うん、あの、」
「怪我は? 何かされてないか」
「あ、えっと武器を、その、受け取って、」
「武器?」

 そういえば、カレンのベルトには見慣れないロッドが差さっている。いや、レノが持っていたものと同じ、神羅製の電磁ロッドだった。武器を渡されたのか? 何のために。

「えっとね、昔のあたしが、使ってたやつ、届けてくれたみたい」
「そうか。他には? 何もされなかったか」

 エアリスは、あいつが彼女を傷つけることはないと言っていたけれど。今や、カレンは神羅から逃走している身だ。取り戻すために、何をしてくるかわからない。現にカレンは、実験体のようにあんなプラントポットに入れられていたのだ。脱出したと知れたら、神羅の連中はこぞってカレンを捕まえようとするだろう。カレン一人で、タークスに太刀打ちできるかどうかも怪しい。プレート支柱での闘いを思い出す。レノは俺とバレット、ティファの三人を一度に相手していた。ヘリからの援護はあったものの、その腕は俺も認めざるを得ない。あそこでかなりダメージを受けているはずだが、屋上で、ヘリから飛び降りた際はそんな様子など微塵も見せなかった。やせ我慢か、それとも。そこまで考えてから、カレンの顔を見て、思考が、停止した。茹で蛸のように真っ赤になったカレンが、眉間にシワを寄せて唇を震わせている。な、なんなんだ、一体。心なしか目も潤んでいるようで。おい、待て、お前、何された。

「レノに何かされたのか」
「さ、さ、されてない!!」
「されたんだな?」
「されてない!!! あれはノーカウント!!!」
「おい、何されたか言え」
「されてない!!」
「おい!!」

 口論を終わらせたのは鳴り響いた爆発音だった。階下で聞こえたそれに、口を閉じてカレンと見つめ合う。そうだ、こんなことをしている場合ではない。いや、あとで絶対に吐かせるけれど、今は、とにかく、みんなと合流しなければ。立ち上がって、座り込んだままだったカレンに手を差し出す。一瞬目を見開いたカレンが、俺の手を取って体重をかけた。グローブ越しに感じる細い指先をぎゅっと握って、そのまま引っ張るように立ち上がらせる。体についていたガラスの欠片を払って、エレベーターに向かって駆け出した。みんなと合流したら、今度こそ、このビルから脱出する。尋問は、その後だ。



***



 クラッチレバーを握ってチェンジペダルを踏み込む。アクセルを回すとエンジンの回転数が跳ね上がった。一気に加速して反動をつけ、目の前の手すりを乗り越える。一瞬の浮遊感。重力に任せてエントランスの中央に着地した。そのまま車体を滑らせ、エアリスたちを囲む神羅の兵士たちをなぎ倒す。半分ほど蹴散らしたところで急ブレーキ、車体を起こすと、目の前のエアリスとティファが俺の名前を呼んだ。どうやら、間に合ったようだ。

「クラウド!」
「無事だったのね!」
「おいおいド派手な登場かよ!」
「クラウド、カレンは?!」
「すぐに来る」
「き、貴様! 何者だ!!」

 叫ぶハイデッカーに向き直るよう、エンジンをふかして車体を回転させた。慌てる神羅の兵士たち。いくつもの銃口が、こちらを向いている。まずは、こいつらを片付けなければ。クラッチレバーを握り込んで、敵の中へとバイクごと、突っ込もうとした時だった。

「ヒャッハァァァァアアアーーーーー!!!!!」

 奇声と共に、一台の自動三輪が猛スピードでエントランスに突入してきた。スピードを一切緩めることなく、その車は兵士たちへと突撃していく。大理石にタイヤのゴムが擦れて、キュルキュルと耳障りな甲高い音が響いた。思い切りハンドルを切りながら急ブレーキをかけたせいで、車体が大きく傾く。そのまま片側のタイヤで走行し、斜めになった車体は大きく円を描きながら次々と兵士たちをなぎ倒していく。「あははははは最ッ高ォーーーー!!!!」悪魔の笑い声を響かせて、次々と兵士を引き倒していく青い自動三輪。弾き飛ばされた兵士たちは鈍い音を立てて大理石へ落下し、呻きながらもがいている。はっきり言って地獄だ。その車体がハイデッカーを捉えた。ハンドルが切られ、傾いた車体が、慌てて飛び退いた男の鼻先すれすれを通過する。ガウン、と鈍い音を立てて地に足をつけた車体は、俺たちの目の前で急ブレーキをかけて止まった。開くドア。中から満面の笑みのカレンが顔を出し、親指を立てた。

「みんな、逃げよう! 乗って!!!」

 一瞬の静寂。どこからともなく聞こえる、兵士たちの呻き声。阿鼻叫喚の様相を呈したその場で、最初に動いたのはティファだった。拳を突き出しているカレンの手首を握り、ぽい、と車から外へ投げ捨てる。「およ?」そして自分が運転席へと座り、ハンドルを握った。すぐさまエアリスが助手席へと滑り込み、扉を閉める。床に捨てられたカレンが、はっと立ち上がってティファに食いついた。

「なんで! ちょ、なんであたし捨てられたの!?」
「運転、私がするから」
「ティファ?!」
「ごめんねカレン。わたし、死にたくない」
「エアリス?!」
「誰だって命は惜しい」
「ティファの運転なら安心だな、乗るぞイヌっころ!」
「レッドにバレットまで! なんなの! もう!!」

 憤慨するカレンが詰め寄るけれど、誰一人として彼女の相手はせずに逃走の準備をする。皆の心は一致していた。こいつの、運転する車には、絶対に、乗りたく、ない!! 荷台にバレットが乗り込んで、レッドがそれに続いた。まだ納得のいかない様子のカレンが頬を膨らませる。

「もう、わかったよ、あたし後ろでいいから。ちょっと詰めて」
「あ? もう満席だぜ」
「はぁ?! あたしがこの車持ってきたんですけど!」
「残念だったな、お前はほら、あっちだ」

 バレットが俺を指差す。頼んだぜ、クラウドさんよ。疲れ切ったような声に、眉間に皺が寄る。いや、頑張れば乗るだろ、カレンくらいのスペースはあるはずだ。おい、荷物を俺に押し付けるな。そう口を開こうとした俺を、いや、俺の乗っているバイクを、じい、と見つめたカレンが、可愛らしくこてんと首を傾げた。

「クラウド、それ、あたしが、運転するよ?」
「…………断る。後ろに乗れ」
「なんでよ! ちょっとくらい、うわっ!」

 時間がない。今にも増援がこちらに向かっていることだろう。騒ぐカレンの首根っこを捕まえて、強引に後ろに乗せた。文句を言う前に発進させたおかげで、慌てたカレンが俺の腰に抱きついてくる。ふに、と背中にあたる、それが、……いや、なんでもない。エントランスから伸びる階段を強引にバイクで登ると、後ろからティファの車がついてくるのがミラーで確認できた。階段上にいる兵士をバイクで弾き飛ばし、扉を抜けてロビーへ。一面ガラス張りのその前に、一人の神羅兵が立っている。こちらに銃を向けたその兵士の前で停車すると、並ぶように青い自動三輪も停車した。出口は見えた。あとは。バスターソードを手に取り、カレンに「捕まってろ」と伝えてから、その場でエンジンをふかす。回転したその勢いでバスターソードを投げつけ、ガラスにヒビを入れた。これで、準備は万端だ。

「く、クラウド、もしかして、」
「口、閉じてろよ。舌噛むぞ」
「ま、まって、ほかの道が、」
「行くぞ」

 急加速して、ガラスへと突っ込む。劈くような音ともに、外へと飛び出した。空中に投げ出されたバスターソードをキャッチし、そのままミッドガルハイウェイへと着地する。ミラー越しに続くティファたちの姿を捉えて、さらにスピードを加速させた。カレンは言いつけ通り黙ったまま、背中に必死にくっついている。彼女のふれている部分があたたかくて、心臓がギュッと締め付けられた。やっと、救い出せた。右手を握り込んで、回転数を上げる。見上げるほどだった神羅ビルは、ぐんぐん小さくなり、ビルの合間に消えていった。





200615



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