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23


 空中を飛び交う無数のヘリコプター。闇夜に煌々と浮かび上がるのは、見上げるほど巨大なビルだった。神羅ビル本社。出入口は武装した警備兵が固めており、物々しい雰囲気が周囲に漂っている。そのビルを見上げ、バスターソードの柄に手を掛ける。やっと、ここまで来た。ウォールマーケットの地下でコルネオを締め上げ、レノがカレンを連れ去ったと知ってから約半日。夕日の沈む七番街プレートの残骸を、ワイヤーガン一本で登りきり、ここにたどり着く頃にはとっぷりと日が暮れていた。それでも。カレンとエアリスが、ここに囚われていると思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。遅くなってしまったけれど。迎えに来た、ここまで。


「すごい警備、だね」
「ああ」
「二人の居場所、見当はついているの?」
「エアリスは、おそらく、科学部門の研究施設だ。カレンは……」
「カレンはタークスの一員って言ってただろ。タークスの詰所とかじゃねえのかよ」
「でも、記憶が本当にないなら、捕まってるんじゃない?」
「じゃあなんだ? 独房でもあんのか?」
「いや、もしかしたら……カレンも、同じく研究施設にいるかもしれない」
「はあ? なんでだよ。記憶がねえからか?」

 違う、と口に出していいのか、俺にはわからなかった。カレン本人からは何も聞いたことがない。俺も、確認していないから、もしかしたら、見間違いかもしれない。いや、間違いであってくれと、そう願っているだけだ。コルネオの屋敷に向かう直前、手揉屋で見てしまった、彼女の身体。白い肌と、すらりと伸びた手足と、そして、酷い傷跡。事故による大怪我ならば、あんな風には残らない。適切な処置をすれば、カレンの体質だ、傷もほとんど目立たなくなるはず。そう、あの体質も、ずっと気になっていた。あれは、まるで――。

「クラウド?」
「……いや、なんでもない。まずは潜入することを考えよう」
「どうすんだ? 派手な正面突破か? 絵になるぜ」
「あんたなにしに来てるんだ? ……裏へ回ろう。この先に駐車場の入り口がある」

 目の前の階段を降りて、裏口へ。うまく潜入できれば、あとは上を目指すのみ。右手の拳を、ぐっと握りしめた。迎えに行くから。もう少し、待っててくれ。



***



「さあ、約束の地の情報をくれ。せっつかれる私の立場を察してくれないか? あの強欲どもをさっさと黙らせて、偉大な研究に没頭したいんだ。……エアリス、おまえとな」

 ねっとりとした猫撫で声にも、エアリスは一切反応しなかった。目の前の白衣の男を鋭く睨みつけるだけで、唇は固く閉じられたままだ。そんなエアリスの態度に、宝条が気分を害した様子は全くない。プラントの中にひとり座るエアリスに、まるで愛を囁くかのように語りかける。

「母親に似てきたなぁ」
「!」
「惜しいことをしたよ。なにも逃げ出さなくても、言ってくれさえすれば対応したろうに……本当に残念だ。最後の純血種だったのに。そうだ母親に会いたくはないか? と言っても、顕微鏡ごしだがね。大切な個体を回収していないわけがないだろう。すみずみまで調べさせてもらったよ。毛髪皮膚から内臓骨の一片に至るまで……やはり古代種は素晴らしい! 誇りたまえ。イファルナは細胞まで美しかったよ。……それに比べて、あの出来損ないは」

 初めて、宝条の表情に苛立ちが混じった。眉間に皺を寄せ、不快そうに舌打ちを零す。べたりとくっついていたプラントから離れ、苛立たし気に周囲を歩き回った。その様子を、エアリスがじっと観察していることにも気づかない様子で、宝条は一人ぶつぶつと捲し立てる。

「せっかく色々施してやったのに、逃亡するとは。経過観察を怠ると因果関係が不明瞭になるのだがねぇ。出来損ないながらも唯一の完全体である貴重なサンプルだから、生かしてやっているものを……まあいい。検体は採取した。そのうち内臓でも掻っ捌いて見てやるか。もちろん、おまえが優先だがね、エアリス」

 ニヤリと唇を釣り上げた宝条の背後、デスクの上から、小さなアラーム音が鳴る。時刻を確認した宝条は、ああ、と声を漏らした。

「そろそろ会議の時間か。それじゃあ、またあとで」

 くるりと踵を返し、宝条がプラントの前から離れていく。その姿が完全に見えなくなってから、エアリスは詰めていた息をたまらず吐き出した。胸が苦しい。母親を冒涜され、それでも彼女が黙って耐えていたのは。

「やっぱり、カレン、ここにいるんだ」

 胸の前で手を組んで、力を込めた。目蓋を閉じたエアリスが、小さく呟いた。お願い、クラウド。早く助けに来て。



***



「やった、ね!」
「ああ」

 二台のカッターマシンの映像が消えて、無機質な空間が戻ってくる。63階、リフレッシュフロアにある、バトルシュミレーターの中だった。地下駐車場から神羅ビルに侵入したあと、59階まで非常階段で上がってきたおかげで、体は十分に温まっていたようだ。バスターソードを軽く回してから、いつものように背負う。61階で俺たちを待っていたのは、ミッドガル市長の部下であるハットだった。彼に案内された先で会った市長のドミノは、俺たちを通報するどころか、援助を申し出てきたのだ。どうやらプレジデントに一泡吹かせようという魂胆のようだった。彼の協力者から新しいカードキーを貰うために、このシュミレーターで力を試されたというわけだ。ずいぶん時間がかかった気がするが、これでやっと、先に進める。

「あんたら、いったいなにしようってんだ」
「仲間を助けに来た。神羅の研究施設に捕まってる」
「宝条博士のところか。あそこは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「方法は考える。宝条はどこだ」
「そろそろ重役会議の時間だ。大会議室にプレジデントや宝条、他の統括たちも勢ぞろいするはず」
「敵の状況を知りたい」
「まず、男性用トイレに向かうといい。そこからダクトを通れば会議室をのぞくことができる」
「わかった」

 男からカードキーを受け取り、63階のミーティングフロアへと向かう。途中、武装した警備兵に出くわしたが、煙に巻くことができた。痛む頭を押さえながら、エスカレーターを上り、大会議室の前に辿り着く。そのまま右に折れて、フロアの隅にある男性用トイレに忍び込んだ。バレットを見張りに立て、個室の天井からティファと共にダクトを進む。突き当たりの格子から下を覗くと、大会議室のテーブルと、席に着くプレジデントと統括たちを見下ろすことができた。どうでもいいが、この位置、プレジデントを暗殺するにはもってこいだな。神羅のセキュリティが心配になる。

「わし、見たんだ! 廊下を歩いているのを、しっかりとこの目で!」

 どうやらなにか揉めているらしく、小太りの男がガタイのいい男に何かを訴えていた。プレジデントは彼の訴えを遮り、リーブという男に報告を求める。七番街プレートの再建計画についての報告を始めた男に、プレジデントはピシャリと言い放った。

「再建はしない。古代種の協力が得られることになったからな」
「いえ、だからといって再建しないわけには、」
「おバカさんね、『ネオ・ミッドガル』よ」
「約束の地に、新たな魔晄都市を建設する」
「ちょっと待ってください! 我々はまだ、約束の地の正体すら、」
「宝条博士」

 隣で、ティファが息を飲んだのがわかった。あれが、宝条。科学部門統括、エアリスを捕らえている男。黒髪を一つに縛った陰気な男が、ねっとりした声で話し始める。

「検査結果は予定通りだ。純血種だった母親より数値は下がるが、古代種と呼んでも差し支えないだろう」
「約束の地はいつ頃わかる?」
「その件で提案がある」

 そのあとの発言は、どれも酷いものばかりだった。拷問、繁殖、異種交配。あまりのことに、握った拳が震えるのが自分でもわかった。あの時、花畑で、大丈夫だと気丈に笑ったエアリスを思い出す。神羅の思い通りになど、させるものか。彼女は、俺たちで、助け出す。ティファと顔を見合わせて、頷き合う。エアリスの居場所はわかった。宝条の実験室。そこに向かうため、来た道を戻ろうとした時だった。

「そういえば、あのマテリアの子、捕まえたんだって?」
「ああ、元タークスの。……いや、今も、か?」

 金髪の女の発言に、体が強張る。元タークス――カレンだ。身を乗り出して、会議室の様子を観察する。どうやらガタイのいい男――確か先ほどのエリアで治安維持部門統括として紹介されていた、ハイデッカーという名前だったような――と、女と宝条とで会話が進んでいるようだ。

「古代種と一緒に捕らえたって聞いたけど。科学部門に保管されてるのかしら?」
「ああ、今は保存液に漬けてある。記憶を失ったようだが……まあ、染色体に問題は無かろう」
「その女だが、今朝、タークス主任が返却を求めてきたぞ」
「検証がまだ終わってないのでね。返すことはできんよ。古代種の実験の後になるから、実行はまだまだ先の話だ」
「全く、目の上の瘤のような奴らに渡したもんだ。煩くて敵わん」
「とりあえず今は意識を奪ってあるが、返すとなると手間だな。大体、あれの所属は元々科学部門だっただろう。だから言ったんだ、面倒ごとになるから引き抜きはするなと」
「当時の主任がゴリ押ししたんだ。俺だって、」
「ちょっと、そっちで勝手に話を進めないでちょうだい!」

 ヒステリックにスカーレットがテーブルを叩くと、男二人はうんざりしたように黙った。女が続ける。

「マテリアの実験に、その子のデータが欲しいのよ。構わないかしら」
「23年前のでよければな。もっとも、兵器開発部門の研究員なんぞに理解できると思えんが」
「なんですって!」
「もういい」

 プレジデントが呆れたように左手を上げると、ピタリと全員が口を閉じた。葉巻を燻らせたプレジデントは一同を見回し、低い声で解散を告げた。各々が席を立つ中、リーブが彼に食いつくようにその後を追う。それを最後まで見届けずに、ティファとその場を後にした。これから、宝条の後を追って、カレンとエアリスの居場所を突き止めなければ。ダクトを引き返し、男性用トイレに戻る。どうやら誰も来なかったようで、見張りのバレットは俺たちを見て肩の力を抜いた。

「どんな感じだ?」
「白衣の男を追う。そいつが科学部門統括の宝条だ」
「ねえクラウド、さっきの話、カレンのことかな」
「なんだ、カレンの話が出たのか?」
「エアリスもカレンも、研究所に捕らえられているらしい」
「はあ? カレンが?」
「カレン、特別な力があるみたいなの」
「あ? それで研究所に連れて行かれたのかよ?」
「ああ。まず、二人の居場所を案内させよう」

 トイレを出て、大会議室から出てきた宝条の後を追う。何か一人でぶつぶつと唱えながら、宝条は白衣の内ポケットからカードキーを取り出した。それをセンサーにかざすと、音を立てて扉が開く。研究所への連絡通路だろうか、扉の先に宝条が消えたのを確認して、バレットとティファを振り返る。

「行くぞ」

 閉まる扉に向かって、駆け出した。宝条は言っていた、今は、意識を奪っていると。酷いことを、されていないといいが。待っていてくれ、後少しで。扉に体を滑り込ませながら、彼女の無事を強く願った。


200526



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