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 コツン、という控えめな音に、一気に意識が覚醒する。あ、やべ、寝てた。真っ暗になった部屋でひとり身体を起こす。ああ、さようなら、ふかふかのベッド。名残惜しいが仕方ない。これは仕事だからだ。大きく伸びをすると、再度、先ほどより大きい音で窓が鳴る。催促しているようなそれは、待ち人の苛立ちを表しているかのようだった。結構短気だよね、クラウドって。まあ、あたし、全然人のこと、言えないんだけど。できるだけ音を鳴らさないように窓を開けると、暗闇の中で光る金色。魔晄の瞳は鋭くあたしを睨みつけている。手には小石。ゴ、メ、ン、今、行、く。口パクで伝え、すぐに窓を閉める。小石が顔面に飛んで来たらたまらない。支度済みの荷物を持って、静かに部屋を出た。向かうは、七番街スラムだ。



* * *



 伍番街スラムでのなんでも屋の仕事の後、あたしたちを待ってたのはエルミナさんのご飯と、厳しい言葉だった。あたしたちを、というか、クラウドを、だけれど。「悪いけど、何も聞かずに今夜のうちに出ていってくれないかい?」冷たく聞こえるそれは、エアリスのことを思ってのことだと、あたしもクラウドもすぐに分かったから。だから、あたしは率先して七番街スラムまでの道案内を買って出たのだ。本当は、エルミナさんは、あたしもエアリスに近づけたくは、ないんだと、思う。確信はないんだけど、なんとなく。だから、エアリスの家には一度しか泊まったことがない。ご飯はご馳走になっても、それだけ。それが、エルミナさんの精一杯の好意だったし、最大限のあたしの誠意だった。

「お待たせ、クラウド」
「遅い」
「クラウドだって、遅かった」
「……」

 思うところがあるのか、クラウドは黙り込んでしまう。どうせ、家を出ようとした所をエアリスに捕まったに違いない。エアリス、勘がいいって言ってたしね。こっちだよ、と歩き出したあたしの後ろを、クラウドが無言でついてくる。あたりは真っ暗で、小さな街灯が所々地面を照らしているだけだ。昼間の様子が嘘のように人気のない道を、クラウドと二人で歩く。そういえば、こうやって二人きりで歩くのは初めてかもしれない。プレートの上では、歩くっていうよりも、逃げるって感じだったし。そのあとは、バレットたちか、エアリスが一緒だったから。会話がないのも新鮮だ。クラウドといると、どうしても、売り言葉に買い言葉で、喧嘩が絶えないから。それも、別に嫌いじゃないけれど。でも、この沈黙も不思議と心地の良いものだった。

「夜は随分、静かだな」
「モンスターが入ってこないよう、門閉めちゃうからね」
「七番街スラムまではどう行くつもりだ」
「秘密の抜け道、あるんだ。エアリスが教えてくれた」
「そうか」
「そういえば、クラウドって、エアリスのことどう思ってるの?」
「……は?」

 後ろを歩くクラウドから、戸惑ったような声がする。ほほう、これは脈ありですな? そう言えば、教会でも照れたような反応してたし、スラムでモテモテのエアリス見て複雑そうな顔してたし、タークスから身を挺して守ったりもしてたね。やば、なにそれ完全にクロじゃん! あたしとしたことが、全然気づかなかった! いつからだろう。やっぱりプレートで一目惚れしたのかな。エアリスからお花、貰ってたみたいだったし。うーん、エアリスも脈ありか? あっ、でも、エアリスって好きな人、いるんだったよね? リボンくれたって言ってたけど、あれ、どう見てもクラウドのチョイスじゃなさそうだしなぁ。クラウド、童貞っぽいし、デートとかプレゼントとか、苦手っぽいし。はっ、まさか、三角関係?! まじか、本でしかみたことない! エアリスを取り合うクラウドと、(多分)イケメンの男! それやばい! どっち応援しようかな。ワクワクしながら振り返ったら、呆れ果てた顔のクラウドと目があった。あれ、どうしました?

「声に出てるぞ」
「えっ、どこから?!」
「三角関係?! のあたりから」

 あっぶね! セーフでした! なにがとは言わないけど。ため息をついてから、クラウドはぼそりと「そんなんじゃない」と零した。じゃあどんなのなんじゃい。追求は無視される。ふむ、恋愛感情じゃない、ってことかな。好きな人、エアリスじゃないとなると。

「ティファのこと好きなの」
「なっ、んで、そうなる」
「だってお花、あげてたし」

 エアリスからもらったお花を、ティファにあげていたことを思い出す。うーん、ティファ、セクシーだし、クラウドにはもったいない気もするけれど。でも、面倒見の良さそうなところはクラウドと相性良さそうだな。こいつ結構挙動不審になる所あるし。いや、普通に頼れる時もあるけど。そう考えると振れ幅大きいね? 精神的に大丈夫か? ああ、あたしも人のこと言えたもんじゃないか。

「昼間も言ったろ。ティファは……そういうんじゃない」
「でも、幼馴染なんでしょ。クラウド追って、ミッドガルまで来たの?」
「俺を……? っ、いや、そうじゃ、ない、」
「ふーん」

 頭を振ったクラウドに、適当な返事をしたけれど、咎められることはなかった。違うのか。てっきり、仲良しマブダチなのかと思ってたけど。でも、と七番街のあの夜のことを思い出す。英雄セフィロスの幻覚を、初めて見た夜。クラウドの様子もおかしかったけど、ティファの様子も変だった。違和感。何かを飲み込んだようなその雰囲気は、まるで、

「ティファは……俺に、言えないことが、あるんだろ」

 そうだ、まるで何かを隠しているようだった。クラウドに対して、時折、腫れ物に触るかのように、気をつかうことが、あった。大体そういう時は、クラウドの様子が変な時だったから、てっきりクラウド自身は気がついていないと思っていたけれど。

「幼馴染みだって、言えないこと、あるでしょ」
「エアリスも、何か、知ってるんだろうな」
「……そうだね」

 エアリスは、どこか、特別だから。ぽつりと呟いたら、クラウドが小さく頷いた。どうしてだろう、その姿は、まるで迷子になった子どものようで。いつものクラウドじゃないみたいだ。なぜかあたしが居た堪れなくなって、ポリポリと頬を掻く。どうしよ、調子狂うな。

「でも、クラウドはクラウドでしょ」
「ああ」
「ほら、あたしはこんなんだけどさ。アンタには幼馴染がいるし、実力もあるし。いいんじゃないの、そのままで」
「え、」
「そのままの、クラウドで、いいと思うよ」
「……カレン、」
「あー、ガラじゃない。忘れて、今の」

 なんだか恥ずかしくなって、そっぽを向いた。なんだ今の。自分自身で言っててほんと、小っ恥ずかしい。わ、忘れよ忘れよ。黙り込んだクラウドが、一層あたしの羞恥を加速させる。ハイ、この話、おしまい! 明るく言い放って、いつの間にか止まっていた足を前に踏み出そうとした時だった。ぐい、と引かれる腕。反転する身体と、目の前には魔晄の目。澄んだその瞳に見つめられて、一瞬、息が、止まる。

「く、ら、うど……?」
「こんな、じゃない」
「え?」
「俺が俺なら、あんたはあんただ。記憶がなくたって、それは変わらない」
「でも、あたしは、」
「大切なのは過去じゃなくて、今どうするか、だろ」
「っ、」
「今のお前に救われてる人間も、ここにいるから」

 だから、“こんな”なんて、言わないで、くれ。
 クラウドの眉が、困ったように下げられる。なんて返せばいいのか分からなくて、唇を閉じたり開いたりしていると、二の腕を掴んでいたクラウドの手が離された。グローブに包まれた指先が、するりと髪の毛を撫でていく。暗闇の中、きらきら輝く魔晄の瞳から、目が離せない。あたしの髪に優しく触れるクラウドに、呼吸が上がって。え、あ、な、なに、が。

「カレン、」
「ぁ、く、ら……」
「あれ、これは偶然です、な、あ……」

 背後からの声に、あたしもクラウドもびくりと振り返った。視界に映るのは、見慣れたピンクのワンピースに赤いジャケット。揺れる茶髪。翡翠の目をこれでもかと見開いたエアリスが、小さく首を傾げる。

「えっと、わたし、邪魔、かな?」
「ぜんっぜん!」
「…………道案内を頼む。こいつじゃ不安だ」
「なにをう!」

 ツカツカと離れていくクラウドの背中に叫ぶ。その後ろを楽しそうについていくエアリスに気づかれないよう、小さく息を吐いた。バクバクと鳴る心臓。クラウドが撫でてくれた髪を、指先に巻きつける。口元が綻ぶのを、抑えられない。そっか、あたしはあたしで、いいんだ。じんわりとあたたまる胸に手を置いてから、クラウドとエアリスを追いかける。目指すは、七番街スラムだ。


200514



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