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「や、やっと、着いた……」

 行き交う人々。見慣れた伍番街スラムの門を目にして、全身が脱力する。あー無理、もう一歩も歩けない。無理無理。座り込んだあたしに、クラウドが冷たい視線を送ってくるけど、それは無視。だって疲れたもん。もう無理。クラウドまたおんぶしてくれないかなあ。でも借りを作るものやだしな。チラリとクラウドを見上げると、眉間に皺を寄せられる。あーあ、イケメンが台無しだぞ。

「言っておくが、背負わないからな」
「まだ何も言ってないじゃん!!」
「自分のキャパぐらいしっかり把握しろ」
「うぐ」

 返す言葉もない。それもこれも、全て、あのハゲのせいだ。脳内で思い浮かべたハゲの顔面を殴ってサングラスを叩き割る。教会で赤毛の大魔王に命を狙われて(いや、なんか、命以外のなにかも狙われてた気がするんだけど、気のせい?)、ボロ布に気絶させられて(なんでか背負ってくれたクラウドが申し訳なさそうに頬を赤くしていた)、屋根づたいに伍番街スラム駅まで道無き道を行き(途中で梯子が外れて死ぬかと思った。ドヤ顔のクラウドに助けを請わねばならなかった。いつか殴る)、やっと駅に着いたと思ったらあのハゲがヘリで登場したせいで、誰も通らない裏道からスラムを目指さなければならなくなったのだ。モンスター一体一体はそれほど強くなかったけれど、とにかく量が多くて。魔法を乱発していたあたしは、気力が枯渇してぶっ倒れそうになったのだった。最後の方は完全に足手纏いだったな。エアリスごめんね。クラウドには謝らない。なんか悔しいから。

「わたしの家、こっち」

 先導するエアリスに、スラムのみんなが声を掛ける。男も女も、大人も子供も。ほんと、エアリスってモテるよなあ。まあ、わかるけど。人を惹きつける何かを持っているというか。エアリスと話した後は、みんなが笑顔になる。もちろん、あたしも。でも、一体誰が、そんなエアリスの心を射止めたんだろう。罪な男だ。前を歩くエアリスの、揺れるピンクのリボンを見つめる。あたしの、知ってる人、かな。

「どうした。やけに静かだな」
「気力回復に専念してるの」

 そうか、と言うクラウドも、エアリスの人気ぶりにちょっとびっくりしてるみたいだ。まあ、そうだよね〜。さっきまで超至近距離で歩いてためっちゃ可愛い子が、実はみんなの人気者でしたってなったらちょっと寂しいし、妬けちゃうよね。中には完全にエアリスに惚れてる人もいるし。マテリア屋のにーちゃんとか。そんなモテモテのエアリスに対して、あたしはといえば。

「あっ! カレンだ!」
「カレン帰ってきてたのかよ! 言えよ〜!」
「いや今帰って来たとこだよ見りゃわかるでしょ!」
「スラムの見回り早く行こうぜー」
「その前に、秘密基地の滑り台が壊れちゃんたんだ! 直してくれよ!」
「疲れてるから無理」
「園長先生に言いつけるぞ!」
「ちょ、それはやめて!」

 なんでガキンチョしか集まってこないかな?! しかも舐められてないか! そこ! 園長先生に言いつけるのはやめろ! 部屋貸してもらえなくなったら大変なんだぞ!! 群がる子供達をシッシッと追い払う。そのうちの一人が、クラウドに歩み寄った。

「このひとだれ」
「この人は何でも屋のクラウド。今はエアリスのボディガード中。クラウド、こっちはムギ。生意気なガキ」
「あ! カレンの方が生意気だろ! 新参者のくせに!」
「はいはいおチビ。わかったらあっちへお行き。あたしたち、エアリスの家に向かってるんだ」
「ふーん……オニーサン、エアリスの恋人?」
「違う。ただの雇われだ」
「ふぅん。じゃあ、カレンの恋人?」
「ハァ?」

 クラウドが反応する前にあたしが反応してしまった。だから! ないって! もう! 無理でーすあたし王子様みたいな優しい人がいいもん。魔王属性はお断りだよ。

「違うの?」
「違うっての! 生意気なこと言うガキはお前か〜!」

 ムギをがしりと捕まえて頭をぐしゃぐしゃに撫で回してやる。やめろよ! と叫んだけど笑って無視した。はははっ! あたしに勝とうなんて100年早いわ! 解放されたムギは、ぶつぶつ文句を言いながら髪の毛を整えている。おませな年頃だな。

「オニーサン、カレンだけはやめといたほうがいいと思うよ」
「まだ言うか! もっかいシメたろか」
「あっ、カレン、園長先生が呼んでたよ! じゃ、オレはこれで!」

 あたしが伸ばした腕をすり抜けて、ムギはスラムの奥へと消えていった。くそう、逃げ足だけはガキンチョたちに敵わない。一度だけ、鬼ごっこの鬼をやったことがあるけど、誰一人として捕まえることができなかった。あたし、もう一生鬼ごっこだけはやらない。

「全く、ガキンチョのくせに〜!」
「……意外だな」
「え、なにが?」
「子供。好きなんだな」
「特別好きってわけじゃないけど。クラウドは? 嫌いなの?」
「……どう接していいかわからない、だけだ」
「じゃ、あたしと一緒だよ。あたしだって、わかんない。ああやってできるのは、子供たちの方が歩み寄ってきてくれてるから、だし」

 スラムは新参者には厳しい場所だ。ルールに沿って自治しているとはいえ、油断するとすぐに治安が悪くなってしまう。身寄りが怪しい人間に、心を開く大人はいない。あたしも、もしエアリスの紹介がなかったら、リーフハウスの一室を借りるどころか、マテリア関係の仕事すらさせてもらえなかったかもしれない。その点、子どもは素直だ。このスラムの子たちは特に。ホームの存在が、精神の安定に直結しているんだろう。

「あとは、よく遊び相手になってるからかな。あたし、リーフハウスの一室、借りてるから」
「リーフハウス?」
「伍番街には孤児院があるんだよ。ほら、今エアリスを取り囲んでるのも、そこの子たち」
「へえ」
「カレン!」

 振り返ったエアリスが、あたしの名前を呼ぶ。子どもたちに引っ張られていく様子は、まるで歳の離れた兄弟のようだ。微笑ましいな。女神か。

「リーフハウス、寄って欲しいって」
「あ、あたしも園長先生に呼ばれてたっぽい」
「うん、行こ?」

 瓦礫のトンネルを抜けると、ちょっとした広場になっている。木の板でできた簡素なテーブルと、並ぶ丸椅子。数人の子供たちが机に向かってる様子は、あたしにはもう見慣れたものになっていた。簡単な計算や字の書き方なら、あたしも教えたことがある。まだまだスラムの識字率は低いけれど、伍番街スラムの子どもたちはこのリーフハウスのおかげで学ぶことができる。少しでも、彼らの将来に繋がれば、いいんだけど。

「園長先生、ただいま」
「こんにちは」
「カレン、おかえり。エアリス、ごめんね、寄ってもらって」
「ううん、帰り道だから」
「あのね、お花をお願いしたいんだけど」

 どうやらエアリスには花の注文らしい。彼女の家にある花畑なら、綺麗な花が揃うだろう。にこりと笑った園長先生は、あたしを見てから顔を曇らせた。その表情で、なんとなくの事情を察してしまう。申し訳なさそうにリーフハウスに入っていく彼女を見送ってから、くるりとクラウドたちに向き直る。

「じゃ、あたしはここでサヨナラだね」
「カレン、家、来ないの?」
「ちょっと、ね。野暮用。エアリスのこと頼んだよ、クラウド」
「あ、ああ……」
「クラウドは七番街スラム、行きたいんだっけ? 案内するよ。有料だけど」
「おい」
「じゃあね!」

 まだ何か言いたそうなクラウドに手を振って、リーフハウスの扉を潜る。廊下の突き当たり、心配そうな表情でこちらを見る園長先生に、苦笑を零した。どうやら、迷惑をかけてしまったらしい。以前にも、こんなことがあった。あのハゲに襲われた直後の話だ。

「また、来てたの? 黒スーツ」
「ええ、何もないって、言ったんだけど」
「置いてもらえてるだけでありがたいのに。迷惑かけちゃって、ごめんなさい」
「いいのよ。でも、止められなかったの。部屋で何かを探してたみたい」
「たぶん、あたしの証拠かなんかだと、思う。なんにもないのにね」
「記憶がないって言ってるのに、分かってもらえないのかしら」
「そういう問題じゃ、ないんでしょ」

 記憶喪失のことは園長先生にも話してあった。それを、タークスにも伝えてくれたらしい。律儀な対応に頭が上がらない。このタイミングならば、家探ししたのはきっとあのサングラスハゲだろう。なるほどね。エアリスだけじゃなく、あたしにも用事があったってわけだ。

「この間来たのは赤毛の人だったんだけど、今日はスキンヘッドのサングラスの人だったわ」
「げ、」

 そうか、この間の訪問者は赤毛の大魔王だったのか。出会わなくてよかった。捕まったら絶対に逃げられない、気がする。怖いわ。思い出すのは鋭いアクアマリンの瞳。背筋をぞくりとさせる、あの。でも、あの色、どこかで見たような。気のせいかな。ちょっと記憶を探るけど、出てくるのは教会での恐怖体験だけで。うん、気のせいだわ。だってブチ切れてたもんあの人。あんな怖い人、知らない知らない。慌てて頭を振って記憶を掻き消す。だめだ、疲れて頭が回らないや。早く部屋に行って寝よう。寝ればきっとどうにかなるでしょ。目の前で心配そうにあたしを見つめる園長先生に力なく微笑む。

「ごめんなさい。本当に迷惑だったら、いつでも出てくから」
「そんなことないわ。助かってるもの。いつもありがとう」

 微笑む彼女の優しさが、心に染みる。伍番街スラムの人は、みんな、優しい。他のスラムを訪れると、それがはっきりとわかる。この優しい雰囲気を作り出しているのは、きっとエアリスだ。包み込むような優しさ。太陽の光のように暖かい彼女を、神羅なんかに渡すものか。部屋に入るなり荷物を床に投げ、どさりとベッドに倒れ込む。まぶたを閉じると、すぐにやってくる睡魔。疲れた。とにかく、今日は休もう。


200512



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