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- ナノ -

09


「邪魔するぞ、と」

 燃えるような赤毛を揺らしながら、男はニヤリと嗤った。突然現れた男を警戒したクラウドが、あたしとエアリスを護るように一歩前へ出る。いや、多分あたしはエアリスのついでなんだろうけど。目の覚めるような真っ赤な髪。肌蹴たスーツに、胸元で揺れるネックレス、目元には特徴的な赤いタトゥー。まるでチンピラだ。でも、肌にビリビリと感じるそれが、男が只者でないという確かな証拠だった。殺気――。あのハゲ男とよく似たそれに、息が詰まりそうになる。全然、気づかなかった。クラウドの後ろからマテリアの気配を探るけど、全く感じられない。どうして。

「どうして、って顔してんな」
「!」
「おまえを捕まえに来たんだ。マテリアなんて持ってるわけねえだろ、と」

 やっぱり、知ってるんだ、あたしのこと。しかも、マテリア感知のことまで。やっぱあたし、神羅の人間だったのかも。でも、戻るつもりなんてこれっぽっちもない。どうせなら情報を引き出せるだけ引き出してからボコボコにしてやる。こっちは筋肉チョコボがいるんだ、負ける気がしないね! キッと男を睨みつけながら、いつでも攻撃できるようにバングルをかざす。と、あたしの行動を理解した男が、笑みを深めた。え、なに、こわ。

「喧嘩っ早いとこ、変わんねーな。カレン」
「……オニーサンも、あたしのこと知ってる感じ?」
「まァな。おまえの身体の隅々まで知ってる関係だぜ」
「え゛」
「信じるなよカレン、ただの陽動だ」

 クラウドの言葉に、やっと男があたしから視線を外した。正面からクラウドを見つめたかと思うと、スッと目を細める。明らかに、苛立っていた。口元が笑みでかたどられていても、揺れる空気が男の怒気を伝えてくる。突然膨れ上がった感情に、周囲の兵士が戸惑う。空気が不自然に、ピンと張り詰めた。浅くなる呼吸。しかし、それも一瞬、だった。ふ、と男が息を吐いた途端、その気配は雲散霧消する。男の唇が楽しそうに釣り上がる。な、んだこいつ。全然、掴みどころがない。薄い唇、深みのある声が、空気を震わせた。

「おまえ、何?」
「この人、わたしのボディガード。ソルジャーなの」
「ソルジャー?」
「“元”ソルジャーだ」
「あらま、魔晄の目」

 あれ、あたし、クラウドがソルジャーってエアリスに教えたっけ。男がクラウドの瞳を見て楽しそうに呟く。まこうのめ。あの空のような澄んだ色は、魔晄を浴びたからなのだそうだ。人を惹きつける、不思議な色の瞳。

「ボディガードも仕事のうちでしょ。ね、なんでも屋さん?」
「え、クラウドって傭兵じゃなかったの?」
「わたしのカン、当たるの。ボディガード、おねがい」

 ぐい、とエアリスに迫られて、クラウドがたじろぐ。あーあ、こいつ絶対童貞だよ。心の中で場違いな上、大変失礼なことを考えていると、突然クラウドが振り返ったので心臓が凍りついた。え、バレた?! クラウドってエスパー?! や、やばいかな。思わず真面目な顔で見つめると、クラウドも真剣な表情で見つめ返してきた。う、くそ、イケメンだな。いや違う違う。バレてない、大丈夫。小さくこくりと頷くと、クラウドも応えるように顎を引いた。よし、なんか知らんけどなんとかなったっぽい。よかった。表情を引き締めたクラウドは赤髪の男へと向き直る。

「ああ、いいだろう。でも、安くはない」
「じゃあね、デート一回!」

 なぬ。エアリスとデート一回なんて、破格の条件じゃん! 羨ましいことこの上ない! まあ、それくらいの働きはしてねってことなんだろうけど。どうでもいいけどクラウド、急に強気に出たけどどうしたの? そんなに赤髪のタークスが気に食わないの?

「あ、もちろん、わたしじゃなくて、カレンと、ね」
「え?」
「はぁ?」
「へーえ?」

 え、なんであたし? 同じことを思ったのか、クラウドもわけがわからないといった声を上げる。うん、そこまではいい、まだわかる、そこまでは。どうしてタークスさんも楽しそうに返事してるんですか? ニヤニヤしてるけど目が笑ってません! やだこの人! こわい! ハゲとは違う意味で怖い!

「おまえ、クラスは?」
「ファースト」
「くっ、ははっ! いくらなんでも、ファーストって、おまえよぉ」

 馬鹿にしたような笑いにカチンと来たのか、クラウドが大剣を振りかぶる。別に手加減したとか、そんなことはないはずだ。はずだけど、でも、男はクラウドの大剣を軽々と避け、回し蹴りを、一発。咄嗟に大剣でガードしたから、クラウドにダメージはないと、思う。でも、たったそれだけの動きでわかる。こいつ、やっぱり只者じゃない。

「下がってろ」

 こちらを見たクラウドに頷き、エアリスを庇うようにして後退する。男が指示を出したのか、後ろに控えていた神羅兵が銃を手に前に出てきた。サブマシンガンから放たれた大量の銃弾がクラウドを襲うが、彼はガードしてから一人二人と斬り捨てた。最後の銃撃は回避して、花畑の前で剣を構える。

「すぐに終わる」

 神羅兵と闘い始めたクラウドとは対照的に、タークスは距離を取ったまま動かない。それどころか、関係ないとでも言うように、柱に登って見物を始めてしまった。え、なにあいつ、本気? でも、意識だけはこちらに向けているのをひしひしと感じるから、その道のプロには違いない。多分、ここから魔法で攻撃しても、余裕で避けられる。

「ボディガードはオレたちの仕事だぞ、と」
「あれあれ? いつ守ってもらいましたかね〜?」
「そりゃ、企業秘密ってやつだ」
「エアリス、タークスからストーカー、受けてたの? あのハゲから個人的に、じゃなくて?」
「あ? 嬢ちゃん、なんにも話してねぇのか、と」

 なんにも? 男の言葉に動揺したのか、エアリスがきゅ、と唇を引き結ぶ。声をかけようと口を開いたのと、クラウドが最後の神羅兵を倒したのは同時だった。男は余裕な態度を崩さずに、クラウドを見下ろしている。

「おーい、加勢を頼む」

 その声に、教会の外で待機していたのであろう神羅兵たちが突入してきた。やる気がないのか、全く動こうとしない男を睨みつける。あたしの視線に気がついた男の目が、満月のように見開かれた。それが、すぐに三日月のような弧を描く。くそ、楽しんでるなコイツ。

「随分熱い視線だな、と」
「……アンタ、一体何しに来たの」
「お嬢ちゃんの保護。それから、おまえの捕獲」
「捕獲……? あたしは神羅の人間なわけ?」
「あ? ルードから何も聞いてねぇのかよ」

 ルード、って、あのハゲ男のことかな。聞いたけど教えてくれなかったんだよ! 怒鳴りそうなのをなんとか抑える。教えてくれなかったし、聞き出す前に気絶させたんだった。まぐれではあったけど、それはこの男に教えてやらなくてもいい。腕を組んで、鼻で笑う。ついでに、ちょっと喧嘩でもふっかけてやる!

「あのハゲ、教えてくれなかったからノしてやった」
「へぇ。おまえにノされるなんて、相棒もヤキが回ったな、と」
「アンタたちが弱いだけじゃないの?」
「……ちょっと見ないうちに口が達者になったじゃねぇか、カレンチャン?」
「ひっ」

 喉の奥から変な声が出た。ぞくりと背筋が粟立って、冷や汗が流れていく。かなりの距離があるはずなのに、あいつの目がぎらついているのがわかってしまった。え、な、なに! やだ! もうなんなのやだこいつ! 助けてクラウド! 魔王でもなんでもアンタの方がマシだよ!

「試してみるか、と」

 男がロッドで肩をパシリと叩いたのと、あたしが命の危険を感じたのと、クラウドが最後の一人を大剣で弾き飛ばしたのは同時だった。クラウド! よくやった! ありがとう! あとお願いあたしを助けて!

「あーあ、情けない」

 最後の一人が倒れても、男は慌てた素振りを見せないどころか、身内の弱さを嘆くだけだった。軽やかに床へと着地して、武器を構えた、次の瞬間には、クラウドの背後に移動していた。うそ、こいつ、速い。

「かったるいけど出番だぞ、と!」

 男が振り向きざま、ロッドを勢いよく振りかぶる。クラウドは大剣でそれを受けた。ロッドとバスターソードがぶつかり合うたび、金属音が教会にこだまする。何か仕込んでいるのか、男が振るうロッドから電撃がバチバチと飛び散った。あのクラウドが防戦一方だ。隙を見て切り込んだ大剣を足場に、男は軽やかに宙を舞って距離をとった。不敵な笑みは、自分自身の実力を理解しているからだ。こいつ、やっぱり、強い。

「クラウド!」
「大丈夫だ」
「カレン、手ェ出すなよ、と」

 クラウドが振りかぶる大剣を、男は素早い身のこなしで避けてしまう。男の一撃は、それだけで倒れてしまうほど大ダメージにはならないけれど、でも、確実にクラウドの体力を削っていった。剣撃を繰り出すクラウドを嘲笑うかのように、紙一重で避けながら挑発を続けるタークス。カウンターでクラウドを突き離し、ロッドを構える。先端から迸る電気の塊が、クラウドを貫いた。クラウドの動きが一瞬止まる。男の笑みが深まった。このままじゃ――!

「ぐっ、」
「ハイ、おしまい、と」
「クラウド、危ないっ!」

 反射的に、体が動いていた。バングルに力を込めて、魔法を発動する。とにかく、急いで、ありったけの力を、一撃に。

「――サンダガ!!」

 バチバチと空気が爆ぜた。あまりの光量に目を瞑る。どおん、という音に、鼓膜がビリビリと震えた。や、やば、やりすぎた、かな? あの赤髪のタークスが、黒焦げになってたら、どうしよう。恐る恐る目を開けると、目の前に、信じられない光景が広がっていた。

「う、そ、避けた?!」

 男の足元、ほんの数センチ離れたところが、黒く焦げている。体勢は崩しているものの、男はその場に立っていた。うそでしょ?! 雷避けるって、あいつ、どんだけ素早いの?! 男が額に当てていたゴーグルが、ゴトリと床に落ちる。どうやら、バンドに掠って焦げ切れたらしい。ゆっくりと、男が顔を上げて、あたしを見つめる。アクアマリンの瞳。その鋭さに、思わず「ひぃっ」悲鳴が漏れた。お、おお、怒って、マス、よね……?

「おまえ……あとで覚えとけよ……絶対ェ泣かす」

 怖い!!!!!!!!!!
 頬の血を親指で拭う姿は様になってるけど、目が! マジで! 怖い! 命の危険を感じる! あとなんか別の危険も感じる! ギラついた視線そのままに、男があたしの方に向かって手をかざす。え、と思った次の瞬間には、あたしは金色のバリアに囲まれていた。え、なにこれ! 閉じ込められてるんですけど!

「ハッ、じゃじゃ馬なおまえにはお似合いだな」
「た、助けて! エアリス!」
「こっち片付けたら存分に相手してやっから、そこで大人しく待っとけよ、と」
「おい」

 ガキィン、と一際高い金属音。バスターソードを受け止めたロッドが、その重さに震えている。眉間に寄った皺と、苛立ったような魔晄の瞳。ああもう、闘ってる姿はほんと、かっこいいよ、アンタ。

「お前の相手は、俺だ」



* * * 



「カレン、だいじょうぶ?!」

 バリ、とシールドが破れる音が響く。目の前の黄色いバリアにヒビが入り、すぐさま空中に散っていった。瓦礫を手にしたエアリスが、それを放り投げてあたしに抱きつく。どうやら先ほどのバリアのようなものは、閉じ込めるのが目的で作られたものらしい。内側からは一切攻撃ができなかったものの、あたし自身には全くダメージがないものだった。ち、窒息するかと思った。エアリスが外側から瓦礫で破壊してくれなかったら、ずっとあのままだったかもしれない。よかった、と胸を撫で下ろし、衝撃音に振り返る。あちらも、決着がついたようだった。クラウドから一太刀浴びた男が、吹っ飛ばされて床に倒れ込んだ。すぐさま立ち上がるも、力が入らないのか手をついてしまう。その姿に、胸がざわめくのは、どうして、

「誤解だぞ、と。オレはただ……」

 男の言葉を無視して、クラウドが大剣を振り上げる。それを止めようと、エアリスが走り出した。あたしは、叫び出そうとして、喉を押さえる。言葉が、つかえて、出てこない。あたし、今、誰の名前を、呼ぼうと、した――?

「クラウド、ちがう!」

 なにが、違うんだろう。その疑問は床から突然現れたあのボロ布によって掻き消された。瞬く間にクラウドを包み込んだ黒い霧は、彼に駆け寄ったエアリスを巻き込んでこちらに飛んでくる。え、こっち来る?! ちょ、ぶつか、

「きゃあ!」
「ぎゃあああああ!」

 とてつもない力で後方に引っ張られたあたしの視界は、エアリスと、クラウドと、それから、床に手をついたままの男。目を見開いたその男が、傷だらけの腕をこちらに伸ばしていて。

「カレン!!」

 悲痛な叫び。胸が張り裂けそうなほどの声は、扉に閉ざされてしまった。ねえ、どうして、そんな声であたしを呼ぶの。いつだって、誰も、答えてはくれない。

200625



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