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03



 マフィアのボス――……。
 裏社会に君臨する闇の支配者。何人もの信頼できる部下を片手で動かし、ファミリーのためなら自らの命をはることも厭わない。彼の周りには信望と尊敬の念が取り巻き、スラムの少年はヒーローと崇め立てる……。


「ボンゴレファミリーは、伝統・格式・規模・勢力すべてにおいて別格といわれるイタリアのマフィアグループだ。俺は九代目の依頼で、お前をマフィアのボスに教育するために日本へ来た」


 ニヒルに笑う赤ん坊が、その小さな指先で黒光りする銃器を弄ぶ。何もかもが信じられなかった。赤ん坊、殺し屋、イタリアンマフィア、ボンゴレファミリー、ボス……。不確定要素が多すぎる。しかし、目の前の男がかなりの実力者であることは、身をもって実感していた。数分前の鳩尾への一撃は、当分忘れることなどできそうにない。


「そもそも、イタリアンマフィアなら、イタリアにいるだろ、後継者が。わざわざ日本まで来て、なんで俺を……」
「九代目は高齢だ。それを好機とばかりに、他のマフィアがシマを荒らしてな。近頃は抗争が絶えねーんだ」


 パサリ、と赤ん坊は胸元から三枚の写真を取り出した。放り投げられたそれを拾う。それを見て――眉間に皺が寄るのが自分でもわかった。どれもこれも、見るも無惨な、遺体、の写真だった。一枚目では男が路地に倒れていた。くすんだ石畳に、どす黒い血がこびりついている。男の眼は虚ろで、半開きの口からは生気が感じられない。他の二枚をじっくり見る気にもなれず、投げつけるように写真を床へ放った。説明などされなくてもわかる。全てが、後継者の――末路だろう。嗚呼、胸糞悪い。


「最悪な気分だ」
「証拠写真でもねーと、信じねーだろ」
「知るか。マフィアの中で決めろよ」
「ファミリーは“血”が重要なんだぞ。ファミリーに入っているからといって、誰でもボスになれるわけじゃねーんだ」
「は? じゃあ俺こそボスになれるわけ――」


 まさか。
 息を呑んだ俺に気づいた赤ん坊は、ニィと唇の端を吊り上げた。


「ボンゴレファミリーの初代ボスは、早々に引退し日本に渡った。それがお前のひいひいじいさんだ。つまりお前はボンゴレファミリーの血を受け継ぐれっきとしたボス候補なんだぞ」


 至極楽しそうにそう言い放って、赤ん坊は銃口をこちらに向けた。黒光りする玩具のような其れは、しかし人一人あっさりとこの世から消し去ってしまう。その引き金に掛けたた小さな人差し指が、あと数ミリ力を加えれば、俺はこの世から消え去る。一種の脅しだった。だが――。ゆっくりと目を瞑る。脳裏に映し出される映像は、何気ない日常だった。大切な其れを――かけがえのない其れを、壊すことなど、


「断る」
「……どうしてもか?」
「ああ」
「そうか……じゃあ、仕方ねーな」


 けろりとした表情で、赤ん坊はCZを下ろした。あまりの変わり身に、思わず目を細める。どういうことだ。わざわざイタリアから日本まで飛んできたのにもかかわらず、後継者候補の“No”の一言であっさりと引き下がる訳がない。一体何を、企んで、いる。睨み付けるような俺の視線を受け止めてから、赤ん坊は中折れ帽の鍔を下ろした。こちらを探る黒い瞳からは、一切の感情が読み取れない。どういうことだ。問い詰めようと口を開く直前、赤ん坊の小さな唇から発された言葉に、心臓が、


「時期ボンゴレボスは、沢田名前に決定した」


 ひゅ、と声にならない音が唇の隙間から漏れた。心臓が痛いほど走り、劈くような耳鳴りに眩暈がする。今、何を。目の前の赤ん坊は、一体、何を、


「な、んだよ、それ、」
「言っただろ。直系じゃねーとボスになれねーんだ」
「なにを、言って、」
「お前ほどじゃねーが、名前も血を濃く受け継いでいる」


 先ほどまで弄んでいた銃をホルスターにしまい、男は俺を見た。突き刺すような眼光。目の前の男は、本気だ。本気で、名前を、ボスに、


「っ、名前は女なんだぞ! そんな危険なこと、」
「関係ねーな」


 ぴしゃりと言葉を遮られ、首が絞められたかのように痛んだ。名前が? ボスに? 俺の代わりに? 危険なことを、引き受けるなんて、そんなこと、ありえない、許さない、俺の、知らないところで、知らない人間と、知らない土地で、知らない言葉で、俺の、知らない、名前、なんて、そんなもの、あっていいはずが、いいはずなど、あるわけが、ふ、ざ、けるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなふざけるな、


「ふざけるな!!」


 怒号に、窓ガラスがびりびりと震えたのがわかった。ふざけるな、俺の代わりに、名前が、マフィアのボスだと? ああ、そうだ、俺が嫌だと言ったら、俺の代わりにボスになれと言われたら、名前は、彼女は、一も二もなく頷くだろう。全てをわかった表情をして、俺の、周りの、全てを受け入れて、そうして、自分一人で抱え込んで。そんなの、許されるはずがない。許していいはずがない。彼女を危険に曝すくらいなら、そんなことをするくらいなら、俺が、


「おい、お前」
「……リボーンだ」
「リボーン、俺が、ボスになれば……名前からは手を引くのか」
「ああ」


 低い声で、男は頷いた。左手をゆっくりと上げ、その親指を左胸に当てる。一度も見たことなどないが、そこに何があるのかは、それこそ赤ん坊でも判る――心臓。


「この命に、誓うぞ」
「……わかった。血を、ボンゴレを、継いでやる」


 ぎりぎりと歯を食いしばりながら、そう告げた。両の拳は、掌に爪が食い込んでいる。それでも、目の前の男から視線を反らすことは、ない。マフィアだろうが、血だろうが、そんなもの関係ない。彼女の、名前の為なら、俺は殺人鬼にだってなってみせる。
 それが、俺の覚悟だ。








160731  下西 ただす




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