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03.5



 遠目で観察していたときから、普通じゃない、そう思っていた。


「ツナ、パスいったぞ!」
「ぶっ!」


 ベチャ、という音を立てて、バスケットボールは男の顔面へと吸い込まれていった。否、男と言うには、ターゲットはまだ幼すぎた。どこにでもいる男子中学生。手元の資料と照らし合わせ、たった今顔面でボールをキャッチした少年と、自分が探し求めていた人間が同一人物だと再確認する。――――はぁ。押し殺せなかったため息が、唇の隙間から漏れた。


「本当にあいつが、ボンゴレデーチモ候補なのか……?」


 中折れ帽の鍔を下げ、信じられないと首を振る。先ほどから観察していれば、勉強もできず、運動もできない、まさにスクールカーストの最下層に居るような学生だった。こちらの視線など気付きもせず、沢田綱吉はプレーを続けているが……何もないところで盛大に転んだ。また一つため息をこぼしそうになり――いや、と少年を凝視する。些か、今の転倒には、違和感が、あった。何もないところで、あれだけ派手に転ぶだろうか。足が縺れた様子も、靴紐を踏んだ様子もない。壊滅的な運動音痴なのか、はたまた――。


「……会ってみりゃわかる、か」


 ほんの小さな違和感に、胸の奥で興味がむくりと鎌首をもたげる。にやり、つい吊り上がる唇。帽子の先に乗ったレオンが、小さく鳴いた。





***





 予想通り、と言っていいのか否か、自室での沢田綱吉は、学校でのそれとは完全に別人であった。警戒心も、身の熟しも、一般人にしては十分すぎるものだ。現状把握能力も申し分ない。さすがはブラッド・オブ・ボンゴレを継ぐ者。予想以上の出来に、思わず口元が歪む。しかし――こちらも予想通りだが――沢田綱吉の答えは“No”だった。


「断る」


 きっぱりとそう言い放った男の瞳を、じっと見つめる。わざわざイタリアからジャッポーネまで渡って来ての要請だというのに、たった一言で断ることなど、出来ると思っているのか、それとも……断った後の事など、一切考えを巡らせて居ないのか。逡巡したのち、うっそりと呟く。


「……どうしてもか?」
「ああ」
「そうか……じゃあ、仕方ねーな」


 突きつけていた銃を、何事もなかったかのように下ろす。怪訝そうな顔で、沢田綱吉は俺を見つめた。探るような瞳。俺が簡単に引き下がったのを訝しく思っている、ようだった。表情を変えずに帽子の鍔を下ろし、横目で少年を見遣る。これは、本当に中学生なのだろうか。頭をよぎる疑問を押し込めて、唇を開く。次の瞬間、沢田綱吉の眼が見開かれた。


「時期ボンゴレボスは、沢田名前に決定した」


 ひゅ、という息を呑む音。沢田綱吉の全身が硬直する。紡ぎ出された言葉は震えていた。


「な、んだよ、それ、」
「言っただろ。直系じゃねーとボスになれねーんだ」
「なにを、言って、」
「お前ほどじゃねーが、名前も血を濃く受け継いでいる」
「っ、名前は女なんだぞ! そんな危険なこと、」
「関係ねーな」


 ぴしゃりと言葉を遮ると、沢田綱吉は言葉を詰まらせた。見開かれた瞳に、急速に興味が失せていくのが判る。愛銃をホルスターに仕舞いながら、心中でため息をついた。やはり、外れか。とんだ茶番劇だ。マフィアなんぞ御免だと云う甘えた弟と、そんな弟を慮って首を縦に振る気丈な姉――。まあ、自分にとっても、ファミリーにとっても、どちらでもいい。重要なのは“血”と、ボスに相応しい“器”だ。弟にその“器”がないのなら――




「ふざけるな!!」




 がつん、という衝撃が、体を駆け抜けた。
 ぶわり。膨らんだ それ は、瞬く間に部屋中を支配する。びりびりと、切り裂くような、殺気。明確な殺意を持った、覇気だった。体中の感覚が、警告を発しているかのように研ぎ澄まされる。チリ、と焦げ付くような感覚。まるで相手を射殺そうとするような鋭い視線。睨みつけるように沢田綱吉を見つめていた自分に気づく。右手は、反射的に愛銃に添えられていた。低く、響く、声。


「おい、お前」
「……リボーンだ」
「リボーン、俺が、ボスになれば……名前からは手を引くのか」
「ああ……この命に、誓うぞ」
「……わかった。血を、ボンゴレを、継いでやる」


 鳥肌が立った。唸るように呟く沢田綱吉の瞳には、ぎらついた何かが蠢いている。それは、覚悟であり、一種の、狂気、であった。沢田綱吉にとっての、沢田名前という存在。その答えが、彼の瞳に潜んでいる。


「そうと決まれば、明日からみっちりしごいてやる。覚悟しとけよ」
「フン」


 目を細めてから、沢田綱吉は部屋を出ていった。ぱたり、扉が閉まると同時に、肩の筋肉が緩むのを感じる。わずかに汗ばむ額。やっと愛銃から離れた右手を、じいと見つめる。資料がすべてだと、思ったことはないけれども。聞いてねーぞ、こんな話。だれだ、あいつを「ダメツナ」なんて言い出したやつ、は。


「これは……苦労しそうだな」


 先程の覇気を思い出す。久々のそれに歓喜するように、右手が僅かに震えていた。沢田綱吉。知力、体力、共に次期ボンゴレボスに申し分ない素材。しかし、何よりも。沢田綱吉という人間を、ここまで変えてしまう”沢田名前”に、乾くような興味を覚えた。資料など、もうあてにできるはずがない。ニイ、と唇の端が上がる。


「上等だ、おもしれーじゃねーか」


 ぞわり、と、体中を走る快感。それの名を、俺は知らない。











160801  下西 ただす




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