23話/斑鳩


濡れた大地が、草木から落ちてくる雨のしずくが、夜の訪れが、私から活力と体温を奪っていく。

血の巡りが悪くなり、頭部と下半身を自分の意思で動かすことも困難になった。
今できることは、夜闇の登山道を登る修験者が気づいてくれるのを乞い願い、手持ちの電灯を明滅させることだけだ。
目の前が暗い。一時的に見えなくなった症状はまだ回復しない。
残された体力を温存する為の呼吸を意識する。
絶望はしない。
ここは私の終焉ではないからだ。

天子様のお声と尊容を思い出し、命の火を大きく燃え上がらせる。
己を奮い立たせ、夜明けまでひたすら耐えるのみだ。
生還したあとは命を蝕む大病を患うことになるだろう。
血を吐き、呼吸も満足にできない身体になる。
それでもいいと、微笑みが浮かんだ。
必ず生きて天子様のもとに帰ってみせる。

「大丈夫ですか!?」

降りそそぐように聞こえた若い女性の声。
その声の主が、私にはどの星よりも眩しい光明に思えた。



黒の騎士団が有する浮遊航空艦・斑鳩の医務室で、空さんは深く昏睡している。
受け入れたくない現実に直面して、ついあの日の記憶がよみがえってしまった。

目の前の空さんは見ていられないほど痛ましい姿になっている。
後ろの香凛も絶句するほどの衝撃を受けていた。
行き先を天子様に伏せて出発したのは幸いだった。
今の空さんを天子様に見せるわけにはいかない。
我が軍の技術者達が別室で、黒の騎士団と共に解析を進めている。
わずかでも助けになれればと、香凛と通路に出た。
進む途中、覚えのある人達とすれ違った。
以前、ゼロが筆記用具を使って空さんの存在を証明したあの日、応接室にいた彼らだ。
全員が医務室に入っていく。

神楽耶さんとも会った。
花束を抱えて医務室を訪問する金髪の男、ディートハルト・リートもいた。
解析を主導するラクシャータさんに、空さんの容態を聞くこともできた。

しかし、斑鳩で滞在している間、扇要とゼロの姿を一度も見ることはなかった。
扇要は急用で不在。彼は重要ではない。

「ゼロ……。
空さんを救った君が、なぜ姿を見せないんだ……」

エリア11に行ったまま帰艦していない、と斑鳩の艦長・南佳高と名乗った眼鏡の男は教えてくれた。
ゼロ自ら連絡を絶っている状況に「あん時と同じじゃねーか」と玉城真一郎が不満をこぼす。 
引っかかりを覚える物言いについ見つめれば、
「ええ以前も同じようなことが。玉城さん、来週のスケジュールでご相談が」と金髪の男が玉城真一郎を強引に連れ出して行った。

「聞いてはならない話題のようですね」と香凛が耳打ちして、私は頷いた。
あれに探りは入れないでおこう。
その場を去り、ふたりになれる場所まで離れ、私は改めて香凛に目を向けた。

「空さんを救い出した。けれどそこで解決ではないのだろう。
おそらくゼロは今、斑鳩の誰にも明かしていない困難と戦っている。
香凛、私は彼の戦いに加勢するつもりだ」
「それは心強いな。
ゼロが認めた男なら百人力だ」

女性の声が聞こえた。
心臓を揺さぶるほどの驚愕、跳ねるように振り返る。
不敵に微笑むC.C.さんが背後に立っていた。

「いつの間に……!」

香凛が鋭く警戒する。

「立ち聞きとは……。
あなたらしくないことをしていますね、C.C.さ
ん」
「そうだな。
確かに普段の私なら興味を持つことなく立ち去っていただろう」

紅月カレンさんと違って彼女はどこか読めない。
浮世離れして、内面が外見と釣り合っていないように思えた。

「次の戦場で共に戦ってほしい。
取り戻す為には星刻、お前の力が必要だ」

香凛の戸惑う気配が伝わってくる。
取り戻す、が何を指しているかは不明だが、C.C.さんの頼みに私の答えはひとつだけだ。

「引き受けよう」


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