24話(前編)


事前に数日間、V.V.と住民の日課を確認した。

嚮団には朝の礼拝がある。
嚮主V.V.への忠誠心を高める為のもので、保護対象が全員建物内に居る絶好のタイミングで作戦は開始される。
最も重要なのはギアス能力者の掌握だ。
V.V.の見張りをあたしがしている間、ゼロとジェレミアが安全なルートで嚮団に侵入して、礼拝前の朝の点呼に集まる少年少女達に忘却するギアスをかける。
完了したらすぐに脱出し、ゼロ達がナイトメアに乗った後で“ポイント・アルファセブン”を全軍で包囲する。
誰かがジークフリートに乗らないように通路は全て破壊して、V.V.の元に突入する。
襲撃による轟音で保護対象がパニックを起こさないよう、かつて嚮団のトップだったC.C.が対応する。
万全に調査したからこそ出来る作戦だった。

作戦決行日。
今あたしは神殿入口からV.V.を見張っている。
起床からずっと、彼の行動は日課調査の時と同じだった。
V.V.は礼拝の挨拶をマイク放送している。
もうすぐ挨拶が終わるタイミングで、激しい衝撃音と共に神殿内が大きく揺れた。
照明がチカチカ点滅して、あたしはにっこり笑顔になる。
もうすぐここにゼロが来てくれる。

「なに!?」

V.V.は驚きの声を上げ、ひざまずいて挨拶を聞いていた悪の魔法使い集団は顔を上げて取り乱している。
「これは一体!?」「上でなにが……」なんて言ってる間に、天井が爆発して蜃気楼と零番隊数機が降り立った。
コードギアス1話でC.C.を封印していたカプセルを運ぶ機体も登場する。

「黒の騎士団!?」「なんてことを!!」「嚮主V.V.をお守りしろ!!」

とっさに部下全員がV.V.を庇おうとした。大宦官と動きが違う。

「『動くな!!』」

ゼロの鋭い声と一斉に突きつける銃口に、守ろうと動く部下全員がその場で止まる。
V.V.も立ち上がった姿勢で見据えている。抵抗する様子は無い。
と思ったら、いきなり椅子を蹴り倒した。
ゼロの判断は早く、蜃気楼の武装で掃射する。流れ弾に部下達が倒れる中、V.V.の姿がフッと消えた。

《ゼロ待って!! V.V.が消えた!!》

ゼロはすぐに撃つのを止め、場がシンと静まり返り、掃射で生じた煙が消えていく。

「『ぜっ、ゼロ!』」
「『子供がいなくなってる!?』」
《あたしが様子を見る! ゼロはそこにいて!!》

さっきまでV.V.がいた場所へ飛ぶ。
倒れた椅子の前に正方形の落とし穴が確認できた。
底が暗い。手前だけしか見えない。

《これ……滑り台みたいになってる……?》
《逃走用の隠し通路か!》

体がすくむ轟音が地下深くから。
下から上へ、凄まじい破壊音が続いて聞こえてくる。

《これは……!?》
《ジークフリートだ!》

ゼロが指示を出し、全機急いで神殿を出て地下街まで戻る。
上は崩落の大穴が空いて青い空が見えて、激しい戦闘の音が遠く聞こえた。
全機、大穴を抜けて外に出る。
明るい砂漠、上空でジークフリートが高速で回転している。速すぎてぼやけた球体に見えた。
全軍包囲での集中砲火でも、ジークフリートは止まらない。
蜃気楼がハドロン砲を弾丸の形状にして撃ち込んで爆発したけど、高速回転は続いたままだ。

《チッ……電磁装甲は健在か》

ジークフリートは高速回転で空を昇る。

《なにあれ! あんな大きいのに!!》

包囲をあっという間に崩し、騎士団のナイトメアが次々と破壊されていく。
災害がそのまま形になったようだ
ジークフリートを避けるのが精一杯で、攻撃できたのはジェレミアの機体と神虎だけ。
はるか上空でジークフリートはピタリと止まる。

「『それは我が忠義の為にあるべき機体だ!!』」
「『ジェレミア、君はゼロを恨んでいたよね?』」

V.V.の声で、ジークフリートの操縦者が誰か分かった。
攻撃が通じない。
黒の騎士団全機はジークフリートの動きを警戒しながら、攻撃するタイミングを見計らっている。

「『しかり!
これで皇族への忠義も果たせなくなったと考えたからな!
されど、仕えるべき主がゼロであったなら!
マリアンヌ様のためにも !!』」
「『お前まで……!』」

V.V.の声にゾッとする。
腹の底から出すような激怒の声だった。

「『お前までその名を口にするか!!』」

ジークフリートが急降下して緑の角を射出し、ジェレミアの機体を襲撃する。
よく分からない角は巨大なスラッシュハーケンだった。

《あたしに……何かできることは……!》

V.V.がいるコクピット内の様子を伝えるのが唯一できることだけど。
通常のナイトメアと違って、操縦桿もモニターも存在しない。

《V.V.のあれは神経電位接続だ。
パイロットと機体を直接接続することで、通常の機体では不可能な速度で戦闘できる。
集中できない異変が起これば操縦は雑になり、必ず隙が生まれる》
《集中できない異変……?》
《赤目が喋れることをV.V.は知らない。
パーツとして扱っている道具がいきなり爆音の無駄話を始めたらどうなると思う?》

極悪な魔王が微笑むような声だ。
うわぁーーーーー楽しそうな声ーーーーー!!
 
《それはV.V.にとって最悪だね……》

絶対笑っちゃう光景になる。
でも、攻略法はそれしかない。

《分かった!
赤目に頼むから、ルルーシュはその間シンクーさん達をお願い!!
みんな準備できた後で赤目に騒いでもらうから!!》

高速回転の猛攻は止まらない。
急上昇で空を駆け、ジークフリートのコクピットに頭から突っ込んだ。
ケースの中で赤目はまぶたを閉じている。
下まぶたがピクピク痙攣していて、ずっと負荷がかかっているようだ。
そばに近寄り、そっと耳打ちする。

《赤目。目を閉じたまま聞いて》

V.V.はあたしの声が聞こえない。
頭上で「アハハっ」と狂ったような笑い声が聞こえた。
眠っている顔の赤目の頬が、ほんの少しだけプクッと膨らむ。それが返事みたいに。

《今、一斉に攻撃する為の準備をしてる。
準備できたら声をかけるから、その後でV.V.の操縦を妨害してほしい。
めちゃくちゃ大音量で大騒ぎして。集中出来なくなるぐらいのやつで》

赤目の顔が笑いを堪える表情になった。
わずかな変化だ。V.V.はちっとも気付かない。
ルルーシュの声を待つ。
少しの時間だけど、あたしにはとても長く感じた。

《空、こちらは全ての準備が整った。いつでもいいぞ》

ふっ、と心が軽くなる。

《分かった。
赤目! 喋っていいよ!! 自由にして!!》

あたしの声に赤目はカッと目を開く。
瞳はウキウキと輝いていた。

赤目の第一声は心臓に悪い大爆音で、聞いているこっちは暴風に吹き飛ばされている気分だ。
V.V.は驚きで思わず立ち上がりそうになり、声が出ないほどビックリする顔は意外と可愛い。
ストレス発散の大騒ぎは予想していた100倍うるさくて、上半身だけ外に出そうかな……と考えた時、ジークフリートが爆発音に包まれた。
コクピット内は大きく揺れ、明かりが激しく点滅する。
エラー音がビービー響いて今にも爆発しそうだ。
赤目は吹き出して大爆笑し、V.V.は動揺した顔でキョロキョロする。

「だ、ダメだ! このジークフリートはもう、うぅっ!」

赤目が大満足の顔で黙る。さすがに喋り疲れたか。
内部でも爆発が起こり、破損した部品が飛んでV.V.の頭に直撃する。
ふらつきながらもすぐに顔を上げ、頭部から血が流れ、V.V.の顔を汚した。
赤目が眉間にシワを寄せる。

「うわー痛そう」
「うるさい! お前は黙っていろ!!」

操縦を放棄し、立ち上がる。
直撃した部品をわし掴み、ケースに投げつけて壊した瞬間、コクピット内が大きく傾いた。 

《あ》

あっという間に、呆気なく、ジークフリートは轟音と共に墜落した。
視界が激しく揺れ、コクピット内が潰れそうになって、集中攻撃と墜落の衝撃でジークフリートの天井には大穴が空いた。
V.V.は大穴の向こうに投げ出され、跳ね上げられた赤目は内側で大きく叩きつけられ、隅のほうまで転がってからやっと止まることができた。 
何かの部品と破片が刺さったまま、大量の出血で汚れてる。

《あ、ああ……あか……赤目! 赤目っ!!
しっかりして!! 生きてるよね!?》

死なないと頭では分かっているけど、動揺して声をかけてしまうほどの重傷だった。

「……だい、じょ、ぶ……」

目に見える傷がみるみる塞がり、刺さっていたものは押し出されて落ちていく。
それでも血は消えない。
余裕そうな笑みを浮かべているけど、本当に痛そうで見ていて辛くなる。

「ほんとうに、本当に大丈夫。
“これ”になってからのほうが再生は早いから」
《声は元気だけど。
今も痛い……?》
「ぜーんぜん。痛くないし血がちょっと気持ち悪いだけ」

明るい表情にホッとした。
赤目から急に元気さが消え、笑顔じゃなくなった。

「ごめん……」
《え?》

何を謝ってるのか、謝罪の理由が分からなくてぽかんとした。

「けいやく、したのに……。
ボク……誰も助けられなかった……」

赤目との契約。
懐かしさで胸がいっぱいになる。
この姿になって以降たくさんのことがありすぎて、ブラックリベリオンの日を遠くに感じた。

《“助けたいと思った人を助けたい”だったよね》
「ぜんぜん助けられなかった……。
行こうとしたんだ! 戦場に、行こうとはしたんだけど……その前に……邪魔が入って。
何もできないまま、こんなふうになって……。
本当に行こうとしたんだ!!
ボクはちゃんと契約を守ろうとした!!」

赤い瞳から涙がみるみる溢れてくる。
親に怒られ、理由を必死で伝えようとする子どもみたいな表情だ。

「だから! だから、だから……っ!
キミがくれた力は……!」

まるで、大事な宝物を取り上げられそうになっている子どもだった。
必死にお願いする声に、あたしの気持ちも引っ張られてしまう。

《取らない! 取り上げたりしないから!》

自分の目も熱くなる。
もらい泣きの涙がぼろぼろ溢れてきて、ありがとうをいっぱい言いたくなる。

《赤目はあたしを助けてくれた!
ずっと! ずっとずっと助けてくれたんだよ!!》

ブラックリベリオンから今日までずっと。
自由が無いまま、痛いことも苦しいことも辛いことも、話すことも出来ずに、たったひとりで耐えてくれた。
あたしが受けなきゃいけないことを、赤目が全て肩代わりしてくれた。

《ありがとう!
ありがとう……ありがとう!》

ふにゃり、と赤目は笑う。

《初めてだぁ。
そんなにたくさん、お礼を言ってもらったの……》

頭上からナイトメアの飛行音が近づいてくる。

「『ターゲットは施設内に逃げ込んだ。賀川は上層から捜索、木下は部隊を率いて、中層区画を洗い出せ!!』」

大穴の向こう側から蜃気楼と神虎が覗き込んでいる。
赤目の転がった先は上から見たら死角だ。

《ゼロ! あたしも赤目もジークフリートの中にいる!!》

呼びかけの声にゼロは応じてくれた。
大穴の向こうでコクピットの開く音が聞こえ、ゼロが華麗に着地する。
さらにシンクーさんまで降りてきた。

《え、一緒に来たの?
わ、どうしよ、あたしの生首あるのにっ》

シンクーさんにだけは見せたくない!

「戻れ! 私ひとりで捜すと言っただろう!!」
「放棄されていてもここは危ない。
私が警護してはいけない理由があるのか?」
「黎 星刻がいるの!!!!!!??」

砲撃のような大声量に、あたしもゼロ達もビクッとする。
彼女は赤い目が飛び出そうなほど驚いていた。
シンクーさんはすぐに動く。

「あそこからあの方の声が!?」
「待て! 行くな星刻!!」
《わぁあ隠して! すぐ隠して!!》

ゼロが手を伸ばして止めようとしたけど届かず、声の発生源に到着してしまった。
シンクーさんは時が止まったように硬直する。
赤目は、やってしまった!と言いたげな苦い顔をして口を閉じて、コクピット内が不気味に静まり返る。
ゼロだけが歩いた。
コツ、コツ、コツ……と靴音だけが響く。

「……だから言っただろう」

赤目を拾い上げ、手袋で顔の血を丁寧に拭っていく。

「事は急を要する。保護した後で説明したかったんだ」

ゼロは赤目を片腕で抱えながら、片手でマントを外す。
ふわりと広がるマントで赤目を優しく包んだ。
シンクーさんの瞳は揺れ、視線が定まらない。
今にも倒れそうだけど、なんとか踏ん張って立っている。
シンクーさんは手で顔を覆う。泣いてるみたいに震えていた。
ゼロは申し訳なさそうに背を向ける。

「すまない。簡潔にだが伝えるべきだった」

シンクーさんは深呼吸を一回だけして手を下ろす。
冷静さを取り戻した表情は、全てを受け入れたようだった。

「ゼロ。今は黙したまま、伝えなくていい。
それよりも先にそれを斑鳩に……空さんのもとに届けるべきだ。
零番隊は私に任せてくれ。
C.C.さんと共に捕獲してみせる」

ゼロは大事そうに抱えているそれを見下ろした。

「私が、彼女を……」

しぼり出すような声は迷いがあって、ルルーシュの気持ちがよく分かる。
あたしの首をルルーシュが運んでくれるなら嬉しいし、シンクーさんの申し出はありがたい。
でもV.V.を捕まえていないのにゼロだけ斑鳩に戻るわけにはいない。
何が起こるか分からないから……

《……赤目はシンクーさんに運んでもらおう》
《どうして……!》
《V.V.の対処はギアスを知ってる人しかできない。今回の作戦にゼロは絶対必要だよ。
それに、シンクーさんは信頼できる人だから。
こっちがお願いする前にシンクーさんは自分から切り札になってくれた》

ゼロは無言で頷き、シンクーさんに顔を向けた。

「……いいや。斑鳩に届けるのは私ではなくキミだ、星刻」
「ッ!?」

あたしの首を差し出され、シンクーさんの凛とした表情が動揺で崩れた。

「私ではなく! それはゼロ、君が! 私には……!」
「この首は生きている。
常人なら悲鳴のひとつでも上げているものを、君はすぐ受け入れてくれた。
私はここでやるべきことが……彼女をこの形にした根源に、私が鉄槌を下さなければならない。
これを託せるのは、彼女を大切に思っている君だけだ。
今すぐ作戦から離脱し、斑鳩の……目覚めぬ彼女に届けてくれ。それで元に戻るはずだ」
「……承知した」

シンクーさんの表情から動揺が消え、瞳に強い覚悟が宿る。

「ゼロ。君が託してくれたものを、私が必ず斑鳩へ運び、彼女のもとへ届けてみせる」

恭しく頭を下げ、両手で受け取る。
神聖な儀式のようだった。
シンクーさんは赤目を大事そうに抱え、神虎に戻った。

《ゼロ、あたしもシンクーさんについて行くね》
《おまえと、赤目と、斑鳩で眠る肉体、全て揃えば……》
《絶対戻る。そんな確信があるの》
《俺もそう願っている。
V.V.は俺とC.Cとジェレミアで片付ける。
だから戻ったとしても、おまえは斑鳩に留まってくれ。
以前のように身体からは抜け出すな。いいな?》
《ふふ、すごい念押しする。
前みたいに幽体離脱したらどうなるか分からないもんね》

神虎の飛行音が遠ざかる。

《あっ置いていかれる!!
行ってきまーす!!》
《斑鳩で待っていろよ》

苦笑しながら最高速度で追いかけた。


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