16話(前編)


夜の海でも、ヴィンセントの金色はよく見える。
ゼロを手のひらに乗せたまま飛行し、騎士団の潜水艦で彼を降ろしてからふわりと離れる。
コクピットのロロは不安そうだ。
すがりつくように、モニターに映るゼロをジッと見つめる。

「兄さん、約束は……」
『ああ、守るから』

優しい笑顔の兄の声。
仮面を被るのが上手いなぁ。

『行政特区“日本”に協力する?
だからといって、お前の罪は消えない!』

外が少し騒がしい。
コクピットから外に頭を出せば、空にはランスロット達が勢ぞろいだった。
ゼロが潜水艦に入った後、海へと沈む。
ブリタニアは追うことなく撤退した。

もう大丈夫そうだ。
あたしも海に潜り、そのまま潜水艦に真っ直ぐ突っ込んだ。
分厚い隔壁をすり抜け、内部に入る。
侵入した先にはC.C.や幹部全員が同じ空間にいた。
省悟さんは剣呑とした顔つきで床を睨んでいる。

「行政特区に入るって何考えてんだろうね」
「さあ?」

千葉さんの返答も冷え切っている。
藤堂さんも厳しい顔つきだった。

「扇」
「は、はい」
「ゼロの判断が、我ら日本人のためにならないものなら」

切れ味の鋭い日本刀みたいな声に、扇さんの顔が青ざめた。

「藤堂さん……」

プシューと扉が開く音と、コツコツ歩く靴音に、全員が同じ方向を見る。
ゼロだ。
険悪な空気の中、神楽耶ちゃんはダッと駆け寄った。

「ゼロ様! 新妻をこんなに待たせて!」

ピョンと飛びつき、熱烈なハグでゼロを迎える。うわぁ積極的!
ギューッとした後で神楽耶ちゃんは離れた。

「神楽耶様。
変わらぬ元気なお姿、安心しました」
「ゼロ様こそ、相変わらず人を驚かせてくださいますのね!
特区“日本”に参加するだなんて」
「そ、そうだ!
あれはどういうことなんだ?」

表情を曇らせる扇さんに、玉城も「だからぁ、誘いに乗ったふりしてブリタニアを潰すんだよ」と不満を隠さない。

「戦って、戦って……それでどうする?」

ゼロの言葉に「え!?」と、全員の驚愕の声が重なった。
玉城はドスドス足音を立ててゼロのところに行く。

「ま、待てよ!
仲良くしろって言うんじゃねえよな!?」
「それともあるのか? 戦わずに済む方法が!」

扇さんの言葉に藤堂さんは目を見開く。

「ブリタニアの中から変えるつもりか!
我らは独立のために……!!」
「藤堂」

ゼロは遮るように名前を呼んだ。
藤堂さんは唇を引き結ぶ。

「日本人とは何だ?」

突きつける質問に藤堂さんは沈黙する。
この場にいる誰も答えられなかった。


  ***


「おはようございます!」

“あたし”は久しぶりに登校した。
元気いっぱいの笑顔で教室に入ってくる。

《あれ? 一人? スザクと一緒じゃないんだ……》

シャーリーがすぐに迎えてくれた。

「おはよう、ソラ!
元気そうで良かった」
「うん。もう大丈夫」

軽い足取りで自分の席に行く。
リヴァルはニコッと挨拶して、ルルーシュは爽やかな笑顔を向ける。

「おはよう。ラックライトさん。
今日はスザクと一緒じゃないんだな」
「スザクは午後から登校するって言ってました」
「大丈夫かぁ? ちょっと不安なんじゃ……」
「スザクがいなくても大丈夫。
だって学校にはシャーリー達がいるから」

シャーリーとリヴァルはホッとした笑みを浮かべた。
学園生活は平穏だ。
昼食の後、スザクが登校する。

ミレイの勧めで“あたし”も午後の生徒会活動に参加することになった。
今やっているのは“ガーデン計画”という名の、屋上に庭園を造るという生徒会の企画だ。

「ここの生徒はみんな、部活に所属することになっているの。
そういうことでラックライトさん、生徒会に参加しない?」
「いいんですか?
ちょっとしか居られないですよ……」
「いいの! 完成させるには人手が必要だから!」

男子はみんな上着を脱いでいる。
シャツを腕まくりしたスザクが園芸用品を使って土を平らにしていた。
作業の手を止め、ひたいの汗を拭う。

「会長さん、しばらく休学させてもらいます」

花の苗を抱えるミレイが、え?と顔を上げる。
シャーリーも作業の手を止めて「休学?」とスザクを見た。

「うん。ちょっと忙しくなりそうで……」

「特区日本かぁ」とリヴァルが呟いた。

「えぇ? ガーデン計画どうするのよ」
「すみません。
一段落したら戻ってきますから……」

リヴァルはちらりと“あたし”を見る。
心配する眼差しに彼女は明るく笑った。

「スザクがいなくても、あたしは学校生活満喫できるよ」
「良かったぁ。
何か困った事あったら相談してね!」
「気兼ねなく頼ってくれ。
生徒会がサポートするから」

ルルーシュとシャーリーの優しい笑顔と、うんうん頷くミレイとリヴァルに、“あたし”はホッと表情を柔らかくする。

「あ。そうだ!
これ、ソラにプレゼントしとくね」

ポケットを探り、シャーリーは黄緑色の折り鶴を渡す。
スザクが大きく驚いた。

「シャーリー! それって?」
「願い事が叶うって。
誰に聞いたかは分からないんだけど」

“あたし”の両手にシャーリーはソッと折り鶴を乗せる。

「留学の期間が終わっても遊びに来てね。
みんなで花火をしたいから」
「みんなで……」

呟くスザクは苦しそうだ。
目をきらきらさせて折り鶴を見つめる“あたし”はハッと顔を上げる。

「あ、そうだ! スザクから聞いたよ!
生徒会のメンバーがまだいるって。
カレンさんとニーナさん?だよね」
「話したんだな」
「生徒会で同じ時間を過ごしたから」
「うん、そう。生徒会の仲間なの。
……ねぇスザクくん。カレンのことなんだけど。
なんとか助けてあげられないのかな?」

恐る恐る懇願する。
リヴァルも真剣な顔だ。

「ほら、司法取引ってあるじゃん。
そういうのでさ……」

ルルーシュは微笑んで話に乗る。

「世界平和ってのも分かるけど、家族や友達だって大事だろ。
総督とかに相談できないかな?
この前の電話みたいに俺が……」
「ええ!? ルル話したことあるの!?」
「幼女皇女と!?」
「ああ……いや、歓迎会の夜にさ、何か別人に間違われちゃって。
話はうやむやに……」
「……じゃあ駄目じゃん」

リヴァルは見て分かるほどガックリ肩を落とす。
シャーリー達が微笑ましく笑う中、スザクはこっそりルルーシュを見た。
もの言いたげな目で。何かを確かめたがっている強い視線だった。


  ***


放課後、ルルーシュは自室で電話をかけていた。
ソファに座り、低いテーブルにはチェス盤が置かれ、駒をたくさん並べて作戦を考えている。
通話の相手はディートハルトだ。
ルルーシュは会話の内容に満足そうに笑う。

「……そうか。よくやってくれた、ディートハルト。
やはりお前は優秀だよ。卓越している。
冠絶する人材だ」

ディートハルトは素晴らしい働きをしたみたいだ。めちゃくちゃ褒めてる。
電話の向こうで喜ぶ顔が簡単に想像できた。
窓際に立つロロは暇を持て余している。

「……そうだな。
戦術目標は変わったが、戦略目的は同じだ。
よろしく頼む」

通話を終え、携帯を片付ける。
ロロは窓際からソファへ、ルルーシュのそばに立つ。
無言を貫いていた彼はやっと口を開いた。

「……約束、忘れてないよね?」

無表情で立たないでほしい。怖いから。
ルルーシュは優しい兄の仮面をかぶり、振り向いて笑顔を見せる。

「ああ。俺はこの学園を、お前がいるべき所を、俺達の日常を守る。
しかし、ブリタニアによるまやかしの支配は否定する」

ルルーシュの笑みにロロも微笑みを浮かべた。
安心した表情だ。

「守るものがあるなら僕は兄さんを助けるよ。
兄さんの事がバレれば、この学園はなくなるしね」
「ああ。それにV.V.」
「うん。裏切り者として、僕も終わる」
「その時は俺も終わりだ」
「同じ運命だね、僕たち」

一蓮托生にロロはほんのり嬉しそうだ。
ルルーシュは内心、同じ運命になってたまるか、と思ってそうだ。
扉が開き、ヴィレッタがビクビクしながら入ってくる。

「申し訳ありません! 部活が長引きまして……」

腰が低い。
弱みじゃなくて命を握られているようだ。
ルルーシュに無言で見つめられ、ヴィレッタはさらに緊張する。

「あ……何でしょうか……?」

ルルーシュはフッと微笑み、ソファにもたれて足を組む。

「嫌だな先生。
それじゃあ、ばれてしまいますよ」

寒気がするほど優しい声、悪どい表情。
すごい悪者に見える。
ヴィレッタのほうが年上なのに、彼女はウッと怯んだ。
恐れでガチガチに緊張している。

「そ、そうだな、ルルーシュ……」
「扇に会いたいですか?」

緊張するヴィレッタに警戒の色が浮かぶ。
返事をしないヴィレッタにルルーシュは笑みを深めた。

「黒の騎士団は行政特区“日本”に参加する。
会場にぜひ来てください」

ルルーシュは詳しく説明しない。
ヴィレッタを退室させ、チェス盤の駒を動かした。


  ***


行政特区への参加を宣言したゼロは、総督とテレビ通話をするそうだ。
ここは幹部が誰もいないゼロだけの密室。
壁紙は赤色。
生身だったらあたしはここにいられなかった。

約束の時間になり、大きなモニターにパッと映像が映る。

中央にスザク。
右隣でアーニャは携帯をポチポチして、左隣のジノは腕を組んで立っている。
後ろにはロイドと、なぜかパーティードレスで着飾るセシルが座っている。

「ほう。ナイトオブラウンズが3人も。
しかし、総督の姿がないようだが?」
『これは事務レベルの話だ』

淡々と吐き捨てる声は冷めきってて非情だ。 
モニターに映るスザクの目つきは敵意で鋭い。
ロイドはソファに伸び伸びと座り、手をヒラヒラ振ってくる。
なんでこの人参加してるんだろう?

『あのさぁ聞きたいんだけどォ。
君と前のゼロは同じ? それとも────』
「ゼロの真贋は中身ではなく、その行動によってはかられる」

ひらりと上手くかわすゼロに『アハッ』とロイドは笑う。

『哲学だねぇ』
『黒の騎士団の意見は纏まったのか?
特区“日本”に参加すると言ったからには……』
「こちらには、百万人を動員する用意がある」

百万人!?
ギョッとゼロを見る。黒の騎士団ってそんなに居るのか……と驚きながら。

『本当なんだな?』

スザクも半信半疑の声で言ってきた。
ゼロは悠々とした姿勢で話す。

「ただし、条件がある。
私を見逃してほしい」

こちらを見据えるスザクは瞳を険しく細めた。
ゼロは会話をさらに続ける。

「……とはいえ、君達にも事情はあるだろう。
ゼロを国外追放処分にするというのは、どうだろうか?」
『黒の騎士団は?』

ジノが『捨てる気だろ。自分の命だけ守って』と軽蔑の声で呟いた。
『アハァっ!』とロイドは高い声を上げる。

『こんな話がバレたら組織内でリンチだよォ』

ロイドの声は明るくて楽しそう。
そのうちスザクに怒られそう。

「だから殺されないために内密に話している」

『つまんない』と呟き、アーニャはソファにゴロンとする。
自分の部屋みたいにくつろいでるんだけど。

『エリア特法12条第8項……そちらを適用すれば、総督の権限内で国外追放処分は執行可能です』

画面外からツンツンした女性の声が聞こえた。
スザクはバッと横を見る。
モニターには映らないけど、軍の人間が他にもいるんだろう。

『ミス・ローマイヤ!
ゼロを見逃せというのですか!?』
『法的解釈を述べただけです』

キッパリと言う。無感情な声だった。
仮面の下でルルーシュが微笑んだような気配がした。

「どうだろう?
式典で発表してもいい。
君達にとっても……」
『確かに悪くない。
トップが逃げたとなれば、イレヴンのテロリスト共は空中分解だろうな』

微笑みながらジノは言う。
スザクは歯噛みしながら『しかし、犯罪者を……!!』と悔しそうに呟いた。

スザクは明言を避けたまま、殺気立ちながらテレビ通話を終えた。
暗転したモニターの電源を落とし、ゼロは仮面を脱ぐ。
髪がふわりと揺れて美しかった。

国外追放処分の提案を呑んでくれるか不明だけど、ルルーシュは余裕たっぷりだ。
望んだ通りになるんだろうな。

国外追放処分。それもゼロだけ。
どうしてそんな提案を自分から言ったんだろう?
一緒に戦ってきてくれた騎士団の人達は?
ジノの“捨てる気だろ”の言葉に、行く先が見えない。

《不安か?》

喋ってないのになんで分かるの?
言い当てられてドキリとした。

《……うん。ルルーシュの事だから、ただの国外追放処分とは思えないけど。
全然分からなくて、ほんのちょっとね……。
あ! でも不安じゃないよ!
ルルーシュの事だから、すごい何かをすると思ってるから!》
《……すごい何か。
ああ、そうだ》

チェスでチェックをかけた時みたいな自信に満ち溢れた王者の声にホッとする。
今回も大丈夫そうだ。安心してそばで見守ろう。

その後、ルルーシュは私服に着替え、ロロを引き連れて租界を出た。

日が沈み、租界の灯りと日本人が隠れ住むゲットーの明暗がくっきりと分かれる。
公共の交通機関を使い、ルルーシュ達が次に訪れたのはフジの慰霊所だ。
特区日本の会場で亡くなった日本人を偲び、建設された場所だとルルーシュは教えてくれた。
奥行きのある慰霊所は薄暗く、丸いキャンドルがたくさん水に浮かんでいる。
火が灯り、目の前の景色は幻想的だ。
ルルーシュは手前にあるピンクのキャンドルを拾い上げた。

《ユフィはおそらく生きている。
どこかに幽閉されているはずだ。
ユフィの心は今も俺のギアスに囚われている》
 
キャンドルにはユフィの名が刻まれていた。
誰かが、ユフィを思って水に浮かべたんだ。 

《ユフィのギアスは必ず解除する。
だから待っていてくれ、空》
《解除って……できるの?
この国の全ての日本人を殺さなきゃユフィのギアスは……》

言い終わる前にハッと気づいた。
霊体なのに寒気が走る。
あたしは以前、嘘の記憶で上書きするギアスの解除方法を考えた。
“ギアスをかけた人間が死んだら”と。

《……ルルーシュ、まさか『死のう』なんて考えてるんじゃないよね?》

ルルーシュは何も言わない。
一切否定しなくて、あたしの平常心は一気に潰れた。

《死、死ぬ、なんて! そんなのダメッ!!
ダメだよ!! 絶対嫌だ!!!!》

ルルーシュは口元を手で隠す。
無言だ。
なんで何も言わないの!?

《死んだらダメ! 生きて!!!!
ルルーシュが死んでも解除されるか分からないんだよ!!》
《……そうだ。確実じゃなければ意味のない死だ。
それに他の方法で解除したとして、その後だ。
正気に戻ったユフィは知る。俺のギアスがさせた虐殺を。
ギアスを解除するだけじゃ足りない。
しかし、その前にコーネリアが俺を殺すだろうな。けして止めるなよ。
俺は恨まれて当然の事をした。それが俺の行動の結果だ》
《“撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ”》
《そうだ》
《コーネリアが殺そうとしても、あたしは黙って見ているなんて出来ない。
ルルーシュにはやるべき事がたくさんある。それを全部やらないと》

口元を隠していた手を下げる。
ルルーシュは穏やかに微笑んでいた。

《ユフィのギアスの解除方法は、ルルーシュが死ぬ以外であるんだよね?》
《ああ。確実な方法が他にある》
《分かった。信じる》

ルルーシュはほんの少しだけ目を見張った。

《ずいぶんあっさり信じるんだな。
詳細を話していないのに》
《ルルーシュが考えた方法だから信じられるよ。
詳しく話せなくても、ちゃんと否定してほしかったな。
ルルーシュが自分から死ぬなんて勘違いして、すごい焦っちゃった……》

すごい動揺した。
思い出したらめちゃくちゃ恥ずかしくなる。

《詳細を今は聞かない。
まずはユフィがどこにいるか捜して、見つけた後で教えてほしい。
ギアスを解除できる確実な方法を》
《ああ、分かった》

ルルーシュは持っていたキャンドルを水面に戻した。

《そろそろ行こうか、ロロが待ってる》

きびすを返して慰霊所を出る。
夜空に輝く星がよく見えた。

《ねぇ、ルルーシュ。
学校で花火を上げる約束をしたよね。もう一度みんなで、って。
その“みんな”にルルーシュも入ってるからね》

ルルーシュは無言だ。
でもちゃんと聞いてくれている。

《約束したら絶対守らなきゃいけないよ》
《……そうだな。俺がした約束だから》

微笑みを浮かべて答えてくれた。
外で待っているロロが、出てきたルルーシュに気づいて笑顔を見せる。

「もういいの? 兄さん」
「ああ、区切りは済ませた。
ここに未練はない」

ルルーシュは振り返らない。
前だけを向いて歩いた。


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