16話(後編)


行政特区“日本”の式典まで、あと3週間。
潜水艦には騎士団の幹部全員が集結していて、ゼロの国外追放処分の話を本人から聞く。
“こんな話がバレたら組織内でリンチ”というロイドの言葉通りになりそうなほど、非難轟々で
場の空気は最悪になった。
「みんな、落ち着いて!」と扇さんが声を上げる。
「まずは話を全て聞いてからだ」と藤堂さんは冷静さを失わない。
静まり返ったものの、場の空気は氷点下だ。
ゼロは余裕そうにマントをバサッとさせた。

「ゼロは記号だ。
だからこそ、何人いようがゼロは国外追放だ。
諸君には、期日までにこの衣装を用意してもらう。
全員で取り組まなければならない一大作業だ」

ゼロの背後のモニターに、服のデザインがパッと表示される。
神楽耶ちゃんがA4サイズの紙束を手に現れた。
一足先に作戦概要を聞いているのか、顔は楽しそうな笑みで輝いている。

《これ……ゼロの衣装の設計図?》

どこをどう縫い合わせるか等が分かりやすく描いている。

C.C.がにんまりと笑い、神楽耶ちゃんの紙束からヒョイと1枚取り、設計図を一瞥した。

「なかなか面白いことを考えるな」
「すごいな、C.C.は。
ちょっと見ただけで分かるのか……」

扇さんは感心しながら紙束から1枚取る。
藤堂さんは目を細めてモニターを見据えた。

「……衣装を全員で、か。
私達は何着用意すればいい?」
「藤堂さん……なんか嫌な予感がするんですけど……」
「百万着だ」
「ひゃく万ッ!?」

杉山さんのひっくり返る驚き声が場に響く。
千葉さん、仙波さんは難しい顔をした。

「百万人のゼロ?
そんな策がブリタニアに通じるわけ……」
「ヤケを起こしたわけではあるまいな?」
「会場の新総督は枢木スザクが護衛する。
責任者もあの男だ。
私は枢木スザクがどんな男かよく知っている。
会場内の全てのゼロの国外追放を命じるだろう」

ブハッ!と玉城が笑い、ダハー!!と大爆笑する。

「それでみんなでゼロに!?
ヒー!! 最ッ高じゃねーか!! やろうぜ!!」
「そうです!!
ゼロ様になれる機会なんて今回だけですよ!!」

玉城は大爆笑だし、神楽耶ちゃんはキラッキラの笑顔で熱弁してるし。

《すごいカオスなんだけど……》
《それでいい。
盛り上げてくれる人間がいれば戸惑っている奴も引きずられる》

卜部さんは渋い顔で「百万人のゼロ……さすがにそれは無理が……いや……あと3週間しかないなら総動員で進めるしか……」とぶつぶつ呟いている。

「全員で一緒に脱出するにはこの策しかない!
みんな!! がんばろう!!」

扇さんは声を張る。
「やるしかない」と藤堂さんは静かに言う。
千葉さん達は渋々といった様子で頷いた。
百万人のゼロの国外追放が成功しても、どんな移動方法で日本を脱出するんだろう?
その疑問は藤堂さんがゼロに突きつける。

全員が乗れる船は用意するそうだ。
特製の断熱ポリマーと超ベルチェフィルム?を使用した海氷船を。
ラクシャータさん主導で造船中とのことだ。

百万人を全員……?
スケールが大きすぎて、どんな船か想像できなかった。


  ***


そして、あっという間に日々が過ぎ、作戦決行日になる。

式典は静岡ゲットーで行われる。
会場を訪れた日本人全員が作戦参加者だ。
団員だけじゃなく、黒の騎士団と共に日本脱出を希望する非戦闘員もいた。
目立たないように帽子をかぶり、全員がシンプルな私服だ。
上空から見ると誰が誰だか分からない。
地味な色合いのカバンにゼロの衣装や煙幕発生装置を隠し、みんなそれぞれ持ち込んでいる。
来場者は百万人以上だ。
荷物チェックや身元確認は式典後で、軍は会場内外にサザーランドを配置するだけで警備はザルだった。

《空。
そちらにスザクはいるか?》
《ステージに立ってる。
現場の指揮はスザクで変更無しだよ。
後はナイトオブスリーが警備で来るみたい》
《他のラウンズまで出動か。
しかし、問題はない》

海沿いに設営された野外コンサートの会場……と言いたいところだけど、収容人数が多すぎてすごい事になっている。
広大な敷地に人がみっちり多すぎて目がチカチカしてきた。
ステージまで飛行する。
ちょうどナナリーとSPの人達が現れた。
おしゃれな車椅子とキレイな桃色のドレスを着ている。総督としての姿。
貴族の教育係を務めていそうな女性も共に出てくる。
角張った眼鏡をかけ、厳しそうな表情をしている。
眼差しは冷たく、優しさが少しも無い。

ナナリー達がステージ中央に行った後、会場はシンと静まり返る。
教育係の人がナナリーのそばでマイクを設置した。さらに自分の分も。
総督補佐の人かな?

頭上……晴れた青い空を緑色の飛行機が飛んで行くのが見える。
中華連邦の総領事が新しく決まり、シンクーさんが中華連邦に戻る────というゼロの話を思い出した。

『日本人の皆さん。行政特区“日本”へようこそ。
たくさん集まってくださって、私は今、とても嬉しいです。
新しい歴史のために、どうか力を貸してください』

ナナリーの澄んだ声が、マイクを通じて会場の端まで届く。
眼鏡の位置を直した補佐役の人は厳しい顔のまま、話し始めた。

『それでは式典に入る前に、私達がゼロと交わした確認事項を伝えます』

聞こえた声にピンと来る。
この人、ビデオ通話の画面外で話してた女性だ。
ミス・ローマイヤってスザクが言ってた。
ステージに到着したあたしはナナリーの前に立つ。

「帝国臣民として、行政特区“日本”に参加する者は、曲赦として罪一等を減じ、三級以下の犯罪者は執行猶予扱いとする。
しかしながら、カラレス前総督の殺害など、指導者の責任は許しがたい。
エリア特法12条第8項に従い、ゼロだけは国外追放処分とする」

近くで聞こえた声は厳かだ。
ローマイヤさんの宣言に、ステージに設置された巨大モニターがパッとゼロを映し出す。

『ありがとうブリタニアの諸君。
寛大なるご処置、痛み入る』
「来てくれたのですね!」

ぱぁっと笑顔を輝かせる。
喜ぶナナリーと違い、スザクは敵意剥き出しだ。
ナナリーを守ろうとバッと前に出る。

「姿を現せ、ゼロ!
自分が安全に、君を国外に追放してやる!!」
『人の手は借りない。
それより枢木スザク、君に聞きたいことがある。
日本人とは……民族とは何だ?』

突然の質問にスザクは面食らう。

『言語か? 土地か? 血のつながりか?』

ナナリーを守ったまま、スザクは後ろのモニターを見上げる。
立ち姿は凛としていた。
ゼロを見据える緑の瞳は気高くて、一切の迷いがない。

「違う! それは心だ!!」 
『私もそう思う』

微笑む声でゼロは言う。

『自覚、規範、矜持。
つまり……文化の根底たる心さえあれば。
住む場所が異なろうとも、それは日本人なのだ』
「それと、お前だけが逃げることに何の関係が!?」

スザクだけじゃない、すべての軍人の意識がモニターに向いた瞬間、来場している日本人全員がポチッとボタンを押した。
仕掛けが作動してスモークが湧き上がり、濃煙が会場を覆い隠す。
現場は大混乱だ。ステージの上手からアーニャが現れ、戸惑うナナリーに声をかけて車椅子を押して退却。それを銃を構えた黒服のSPが護衛する。
ローマイヤさんの平常心は崩れない。
サザーランドは臨戦態勢を取るものの、スザクがすかさず「待て! 相手は手を出していない!!」と静止をかけた。
霧より濃い煙が地上を見えなくしている。
サザーランドの頭部だけがピョコッと出ていた。
唯一動いているのは報道用のヘリだけだ。
相手の出方を待つスザクは鋭く警戒している。
並び立つローマイヤさんは変わらない表情でしっかりと立っていた。
誰も動けない緊張がしばらく続き、ステージに一番近いところからやっと煙が消え始める。
濃紺衣装のゼロが現れ、それをローマイヤがいち早く見つけた。

「……おや。会場内に最初からいたのですか」

煙はだんだん消えていく。
徐々に見えてくるステージ前の景色にローマイヤさんは「ウッ」と驚愕の声を漏らした。
「な!?」とスザクも虚を突かれる。
濃煙が晴れれば、会場には百万人のゼロだ。
ヤバい光景だ。熱出た時に見る夢みたいで笑えてくる。
ヒーローショーを見てるちびっ子みたいな気持ちで手を叩きたくなってしまう。

「ゼロが……!?」

スザクは目を限界まで見開いて凝視する。
写真に撮って残したくなるくらいの驚き顔だった。
報道ヘリがバリバリ飛んでいる。
百万人のゼロを一生懸命撮影してそうだ。 

『全てのゼロよ!!
ナナリー新総督のご命令だ。速やかに国外追放処分を受け入れよ!!
どこであろうと心さえあれば、我らは日本人だ!
さあ!! 新天地を目指せ!!』

モニターのゼロが海沿いの方角にバッとマントを広げ、進むのを促した。
ゼロの群衆が動き始める。

「みんなで国外追放されようぜ!!
俺たちはゼロなんだからよ!!」
 
ステージのそばで玉城っぽい声が聞こえた。
会場は雑踏の音で賑やかだ。

「うろたえてはいけません!
百万人を移動させる手段なんて!!」

ローマイヤさんすごいな。
スザクより肝が据わってる。
ステージ下手から軍人が飛び込んできた。

「港湾管理室より報告が!!」
「港湾……?」

スザクが呟く。
やっと驚きから立ち直ったようだ。

「……まさか! 中華連邦が申請していた海氷船!?」
「申請者は式典開始前にこちらを離れたため、確認に時間が……!」

あたしも生身だったらゼロの衣装姿で乗船したかったな。
ゼロ達が海沿いに集結していく中、ステージ近くでヴィレッタが濃緑色のゼロに食ってかかっているのが見えた。
気になり、スイーッと飛行して近づく。

「仮面を外せ、イレヴンども!!」

軍属を示す身分証明書と拳銃を突きつけるヴィレッタに、濃紫色のゼロが「くっ! ブリキ女が……!!」と苛立ち声で言う。
中身が玉城だと声だけで分かった。

「撃つな!!」

濃茶色のゼロが割って入る。声は扇さん。

「我々は戦いに来たんじゃないんだ!!」

ヴィレッタを守るように玉城の前に立ちはだかる。

「まさか、扇!?」

秒で気づかれ、扇さんは「あ、いえ。俺はゼロです」と慌てて否定する。
扇さんは手をバタバタさせて”早く行こう”と玉城に促し、歩き始めた。 

「待てッ!!」

ヴィレッタは拳銃を下ろし、扇さんの腕をガッと掴む。
唇を噛んで鋭く睨む。瞳に害意は無かった。

「枢木卿!
百万の労働力、どうせなくすなら見せしめとして……!」
「待ってください!!」

ステージ上でローマイヤが物騒な事を言う。
ユフィと軍人達がやった虐殺をまたする気なのか。目の奥がカッと熱くなる。
スザクがそれを許すわけがない。

「ゼロ!! みんなに仮面を外すよう命令しろ!!
このままだと、また大勢死ぬ!!」

スザクはモニターのゼロに言い放つ。
フロートシステムをつけたグロースターやサザーランドが上空に集まってくる。
スザクの命令にすぐ動けるように。

『枢木スザク! これは反乱だろう!!
攻撃命令を!!』

ギルフォードの声が上空のグロースターから聞こえた。

「違う!!
これは戦う以外の方法として!!」」

声を上げて否定したのは扇さんだ。
人型形態のトリスタンがステージ上に降り立った。
 
『どうするんだ? スザク。
責任者はお前だ』

ローマイヤと違ってジノの声は落ち着いている。
スザクは怖い顔つきでモニターを睨んだ。

《スザク……苦しそう……》
《逡巡しているんだろう。
ゼロを見逃すというのは、俺ごと百万人を許すことだから。
スザクにとってこれは騙し討ちだ。
しかし、黒の騎士団がいなくなればエリア11は平和になる。
ナナリーの手を汚すこともなくなる》
《スザクなら……》
《ゼロを見逃せ、と命令する。
俺が知るスザクなら》
《あたしもそう思う》

心から信じることができて頬がゆるむ。
スザクはルルーシュは皇帝に差し出したけど、それとこれは話が別だ。

「死になさい、ゼロ」

ローマイヤが拳銃をゼロ達に向ける。
誰よりも速く動いたのはスザクだ。
二歩でローマイヤに近づき、銃身を掴んで強引に阻止する。

「ユフィもナナリーも許すつもりだった!!」
「相手はゼロです!」

スザクは片手でローマイヤから拳銃を奪う。
緑の瞳が彼女をまっすぐ見据えた。
苦しそうだと思った表情は、今はただ力強かった。

「ゼロは国外追放!!
約束を違えれば、他の国民も我々を信じなくなります!!」

ローマイヤは眉間にシワを寄せる。
すごく不満そうだ。

「国民? イレヴンのことか?
あなたがナンバーズ出身だからといって……!」
「ナンバーは関係ありません。
それに、国策に賛同せぬ者を残してどうするのです?」
「この百万人はブリタニアを侮蔑したのですよ!」

ローマイヤは毛が逆立ちそうなほど怒っているけど、彼女の感情にスザクは引っ張られない。
見つめる瞳は冷静だ。

「そのような不穏分子だから追放すべきではないのですか」

淡々と言い、ローマイヤからモニターのゼロに視線を移した。

「約束しろ、ゼロ!
彼らを救ってみせると!」
『無論だ。
枢木スザク、君こそ救えるのか?
エリア11に残る日本人を』
「そのために自分は軍人になった」
『……分かった。
信じよう、その約束を』

モニターのゼロは深く頷いた。

『聞こえたか、全てのゼロよ!
枢木卿が宣言してくれた。不穏分子は追放だとな。
これで我らを阻むものはなくなった。
いざ進め! 自由の地へ!!』

これで安心して逃げられる。
ゼロの群衆が再び歩いていく。

「急ごうぜ。今のうちだ」

扇さんに声をかけ、玉城は一足先に行く。
腕を掴むヴィレッタの手を優しく外し、扇さんは彼女から離れた。

「さようなら、ブリタニアの人」

声も優しかった。
どうしてだろう。寂しさを感じてしまう。
ヴィレッタは黙って見送った。
彼女は多色のゼロに埋もれる扇さんを見続けている。
熱がこもった眼差しだった。
 
ルルーシュは恋仲だと言っていた。
彼女の心に、今も扇さんへの想いがあるんだろう。ほんの少し切なくなった。

ぞろぞろ歩くゼロの群衆についていく。
スザクの命令に兵士は全員従い、最後まで誰も攻撃してこなかった。
全てのゼロが乗船して、海氷船はゆっくりと動き始める。日本から離れていく。
もう夕暮れ時だ。日が沈む。

《ダールトンが撃たれなかったら、ユフィの虐殺は起こらなかったのかな……》
《あの日の事か?》
《……うん。
ユフィはまずダールトンを撃ったの。
だから彼女を止められる人は誰もいなくなった。
ダールトンより階級が下の軍人が命令してたよ。
“全軍イレヴンを殲滅せよ”って。
その命令に、全員が従って……》
《皆殺しにしろと最初に命令したのはユフィだ。俺のギアスがそう言わせた。
全ては過去、終わった事だ。
変えようがない過去を今話したところでどうにもならない》
《そうだね。
……本当に、そうだ》

変えられない過去の“もしも”を考えるのは虚しくなるだけ。
前を向こう。未来を考えるんだ。

雲はオレンジ色、空は淡いピンク色。
海氷船には咲世子さんも乗っている。
日本から遠く離れて、みんながゼロの仮面を一斉に外した。

日本だけの戦いが、これから世界を巻き込む大戦になる。
自分に出来ることを全力でやる。
沈む太陽を見つめながら、あたしは改めて心に誓った。


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