12話(前編)


ロロは『弟って言ってくれたけど本当かな?』という期待と不安が混じった眼差しでルルーシュを見る。
それぐらいしか変化はない、平穏な朝だった。

《C.C.から近況は聞けたか?》
《たくさん話してくれたよ。
アリルさんの事も》
《話したんだな。
空相手ならC.C.も打ち明けるだろう》

いつも通り登校して、着席するルルーシュにリヴァルとシャーリーが声をかける。
和気あいあいとした平和な時間。
今日は穏やかな一日になりそうだ、と思っていた。

朝のホームルームに、とんでもない嵐がきた。

「本日付けをもちまして、このアッシュフォード学園に復学することになりました。
枢木スザクです。よろしくお願いします」

入った瞬間から、あたしの口はポカーンとしたまま閉じない。
ルルーシュもそうだ。驚きに目を大きく見開いている。

「枢木スザクって」「ゼロを捕まえた?」「白き死神が学校に?」
「あれがナイトオブセブン様っ」「でもイレブンだし」「関係ないって! 皇帝陛下直属よ」

男子も女子も盛り上がる。
ざわつく教室に、ヴィレッタが手をパンパン叩いた。

「はーい! 静かにする!!
枢木卿はエリア11配属に伴い、復学することとなった。
席は取り合えずルルーシュの隣に」
「はい」

スザクは座る場所を確認するように見て、すぐに視線をヴィレッタに戻した。

「先生」
「ああ。呼んでやらないとな。
ラックライト、待たせたな! 入ってきてくれ」

……ラック……え!?

カララ、と扉を開けて入ってきたのは、制服姿のあたしだった。
緊張した面持ちで、ぎこちなく歩いてスザクの隣に立つ。
お嬢様がつけるような薄手の手袋をしている。
色は黒。

「ソラ・ラックライトです。
アッシュフォード学園では様々なイベントを開催しているとスザクさんから聞きました。
自分も参加できたら、めいっぱい楽しみたいと思います」
「彼女は本土から派遣された留学生だ。
1ヶ月という期限付きのな。
ラックライトの席は枢木卿の後ろだ。
みんな、仲良くするように」

スザクが先に壇上を降り、“あたし”は丁寧にお辞儀してから後ろをついていく。
謎の留学生に生徒達はざわざわし始めた。

え? ふ、普通に歩いてるんだけど……どういうこと……?

あたしだって驚いてるんだから、ルルーシュもすごい動揺してるだろう。
でもそれを表情には出さない。
ヴィレッタに指定された席に到着したスザクを笑顔で迎えた。

「久しぶりだな、スザク」
「懐かしいよ、ルルーシュ」

スザクも嬉しそうだ。
と、思ったけど、本心は分からない。
ルルーシュを皇帝に引き渡したのはスザクだから。
シャーリーもリヴァルもガタッと席を立った。

「スザク君、久しぶり!!」
「出世したよな、スザク!」
「スザク君が戻ったって!?」

ミレイまで教室にやって来て、ルルーシュは苦笑を浮かべた。

「会長、一応授業中ですから」
「何よルルーシュ〜! こんな時だけ固いこと言わないの!」
「相変わらずだね、会長さんは」

微笑ましそうな顔でスザクは着席し、続いて“あたし”も後ろの席に座る。
ヴィレッタに謝って帰るミレイをジッと見つめる“あたし”にルルーシュは完璧な笑みを向けた。

「初めまして。
俺はルルーシュ・ランペルージだ。よろしく」
「よろしくお願いします」

笑顔だけど少し緊張している。
ギシ、と椅子を鳴らしてスザクは振り向いた。

「ソラ、前見える?
席交換するけど」

小さい声でコソコソ話す。
“あたし”は安心しきった顔で笑った。

「ちゃんと見えてるよ。大丈夫。
スザク、前。先生話してる」

ふたりの親しげなやり取りにあたしの開いた口はまだ塞がらない。
ルルーシュ! 顔!!って言いたくなるほど、ルルーシュは完璧な笑みを浮かべたまま固まっていた。

授業が始まり、彼女の顔をジーーーーーッと凝視する。
瞳の色は赤くない。
赤目が身体に入ってるわけじゃなさそうだ。

身体を返してもらった時と違い、何をやってもすり抜けてしまう。
何回ぶつかっても結果は惨敗。
“キノコ”をしても戻れなかった。

《あたしの身体じゃないのかな……》

ボソッとつい呟いてしまった。
先生の声しか聞こえない教室で『え? 誰か今喋った?』みたいな反応をする人はいない。
あたしの声が届くのは今もルルーシュだけだ。
自分と同じ顔したこの子はなんて呼ぼう?
“ラックライト”でいいか。

ふわっと席を離れ、スザクに覆いかぶさった。
イメージするのは恨みに恨む怨霊だ。
まとわり付きながら耳元で囁いてやろう。

《スザクぅ〜。
あたしの顔した別人なんで連れてきたの?
ソラって何? 偽名?
わざわざブリタニアから一緒に来たの?
スザク、スザク、ス〜ザ〜ク〜……ダメだ、あたしの声全然聞こえてない》

スザクの表情は変わらない。
ずっと真剣に授業を受けている。
あたしのウザ絡みの声を聞かせてしまったルルーシュには後で謝ろう。


  ***


昼休みを告げるチャイムが鳴り、生徒達が立ち上がって次々と教室を出ていく。
「スザク君! 一緒にお昼食べよう!!」と満開の笑顔でシャーリーが話しかけた。
「そうだな。積もる話もあるだろう」とルルーシュも頷く。
「ラックライトさんも一緒にどう? あ、俺リヴァル・カルデモンド」と親しみやすい声で誘う。
ラックライトは言葉に詰まった様子で、チラッとスザクを見る。
「大丈夫。みんなで食べよう」とスザクの優しい声にパァッと笑顔を輝かせた。

「ありがとうございます、カルデモンドさん。
ご一緒させてください」
「カタイなぁ〜。リヴァルでいいって」
「私会長さんに声かけてくるね〜!!」

わいわいと賑やかだ。
でも、他人行儀な話し方で違和感がすごい。
顔も声もあたしだけど、もう別人にしか思えなかった。

「俺はロロを呼んでくる。
スザク、先に行っててくれ」
「うん。中庭に集合で」

ルルーシュはひとりで教室を出る。
表向きの副会長の顔だけど……

《空。
さっきのスザクのあれはやりすぎだ。
聞いている俺の身にもなってくれ》
《あれは本当にごめん。
ルルーシュの居ないところで言えば良かった》
《スザクだけじゃなくて留学生にも何かしたか?》
《いっぱいぶつかったよ。でも……》
《すり抜けたか》
《何回やっても戻れないから別人だと思う……》
《……空に変装した他人、か。
スザクのヤツ、俺の動揺を誘う為にとんでもない人間を連れてきたな》
《ルルーシュにボロ出させるために連れて来たの!?》

スザクとラックライトはすごく仲良しな雰囲気だった。
ルルーシュの前で見せつけるようにして。
思い出したらムカついてきた。

《ひどい事するね!!》
《ふふ。怒り心頭だな》
《ルルーシュだって本当は心の中穏やかじゃないでしょう?》
《……そうだな。
平静を装えているのはおまえの声が聞こえているからだ。
空を騙る愚か者の化けの皮を剥がしてやりたくなる。
後でロロにギアスをかけさせる。そばにいて確認してくれ》

魔王の声だ。やる気が満ち溢れている。

《うん!!》

あたしもつられてやる気がみなぎった。


  ***


心地いい日差しが当たる一角、中庭のベンチにはミレイとスザクとラックライトが座り、4つある腰掛け石にはシャーリー、リヴァル、ルルーシュ、ロロが座っている。
リヴァルの手には売店で買ったカフェオレと紙袋。
ミレイは優雅にカップでお茶を飲み、シャーリーはかわいい弁当箱だ。
ルルーシュとロロはサンドイッチ。
スザクとラックライトはおにぎりを食べている。
彼女は食事の前に左だけ手袋を外していた。
ロロはラックライトを見る。
自然に、気づかれないように、さりげなく。
顔が同じだからめちゃくちゃ気になるよね。

「ラックライトさんの手袋すてきね。
ムーン縫製のやつ?」

右手でお茶を飲むラックライトにミレイが話しかければ、喜びの表情をパッと見せた。

「どこのものかは知らなくて……。
友人からもらいました」
「プレゼントだ。いいなぁ。
私もムーン縫製さんの持ってるよ。ミントグリーンの服。
デザインがどれもかわいいよね。
ソラの手袋もすごくかわいい」
「ありがとう」

行く途中で自己紹介を終えたのか、シャーリーともう親しくなっている。
変装した別人とは思えないほど、笑顔で話すラックライトはあたしそのものだった。
ロロの目が、彼女を見る視線がすごい。
誰にも気づかれないよう、ロロは感情をスッと消す。
いつもの“ルルーシュの弟”の顔になった。

「右手の手袋は外さないんですね。どうしてですか?」

ラックライトに向けて言う。
リヴァルの顔が、それ聞いちゃうんですか!?と言いたげな顔になった。

「ごめん、ラックライトさん。
俺の弟が失礼を……」
「いいんです。
気になりますよね、片方だけなのは。
右手の手のひらを深く切っちゃって、その傷跡は人に見せないほうがいいと思って」

声は明るい。でも浮かべる笑みは元気がない。
さすがのロロもシュンとした。

「すみません……」
「謝らないで。
手袋の理由を話せて良かったから」

彼女の笑顔は晴れやかだけど、場の空気は気まずくて重かった。
スザクはパックのジュースをズッと飲みきって口を開いた。

「そう言えば、僕も気になってたんだけど。
学校に知らない顔ばかりなのはどうしてかなって」

気まずさを感じていたリヴァル達はホッとした。
スザクの疑問にシャーリーが答える。
ロロはずっとシュンとしていた。

「────それでね、私達以外はみんな帰っちゃったの。先生もよ」
「ブリタニア本土に?」
「ああ、だからここでスザクを知ってるのは俺達だけ。
なぁロロ?」

話を振られたけど、ロロは反応しない。
「ロロ」と呼ばれながらポンポンされ、やっとハッと我に返る。

「……あ。ご、ごめん兄さん……」
「珍しいね。ロロがルルの話を聞き逃すなんて。さっきのこと気にしてる?」
「ロロは最初からずっと見てたよな。まさか一目惚れ?」

ニヤーっとするリヴァルに「ち、違うよ……」とモゴモゴするロロだった。
「気になるのか」と兄の顔で微笑み、ルルーシュはパックのお茶を飲んだ。

「気になるのは分かるぜ。
だって留学生だし」
「来てくれることってありましたっけ?」
「初めてよ。そういう枠組みとかはあったんだけど。
ラックライトさん、アッシュフォード学園に学びに来てくれてありがとう。
楽しい思い出たくさん作りましょうね!」
「はい! 思い出たくさん作りたいです!!」

嬉しそうに笑う、その表情もいつか写真で見た自分と同じ笑顔だった。

「会長さん! 作ろう、思い出!」
「うふふ。それじゃあミレイお姉さんにど〜んと任せなさ〜い!!
イベントと言ったら今の企画で上がっているのが……」
「それなら歓迎会を開くのは?
スザクも帰ってきたことだし」
「おっ! それイイじゃん!!
やろうぜみんなで」

微笑むスザクは嬉しそうな顔をしていた。
本心から出ている表情みたいだ。
政庁で盗み聞きしたスザクの話は、いつも戦場にいる話だったから。

「ありがとう、みんな。
僕も……うぐ!!」

全然気づかなかった。
ベンチ下にアーサーがいて、スザクの手を噛んでいた。
シャーリーとミレイが驚いた。

「アーサー!!」「連れてきたの!?」
「おまえは本当に猫が好きなんだな」

痛みに呻くスザクは噛まれたままの手をラックライトに差し出した。

「アーサー」

声をかければ、スザクの手を解放したアーサーはピョンとラックライトの膝に乗った。

「仲良しなのねぇ」とにこやかに言うミレイに、微笑みながら「友達です」と答える。
アーサーをふわふわ撫でる彼女は、ふにゃふにゃと緩みきった笑顔をしている。
すごい猫好きだな。あたしに変装してる人。

《……そうだ。空はこんな顔で、いつもアーサーを撫でていた》
《え? あたしってこんな顔してアーサー撫でてたの?》
《見てみろ、今のスザクを。
懐かしむような顔をしている》

ルルーシュに言われて気づいたけど、アーサーを見るスザクの目は慈しみに溢れていた。
優しい顔をしている。

アーサーが飛び降り、スタッと着地して、どこかに走っていく。
ラックライトも左手に手袋をつけながら立ち上がった。

「あたしはアーサーと散歩してくる。
スザクは皆さんとゆっくり話してね」
「……分かった。何かあったらすぐ行くから」
「なんにもないと思うから大丈夫。
皆さん、ありがとうございます。お先に失礼します」

輪から抜け、ラックライトは場を離れた。
ロロの右目が赤く輝き、ギアスを発動する。
見逃さないよう、食い入るように見つめた。
みんながピタリと止まる中、ラックライトは走っていく。

《うそ……》
「そんな、僕のギアスが……!」

動揺の声がかすかに聞こえた。
ギアスを解除した後、シャーリー達はまた話し始める。

《そんなわけない! 効かないなんて……!!
あたし行ってくる!!》

姿が見えなくなる前に急いで追いかけた。

一緒に散歩するというよりは、ただアーサーの後ろをついているだけ。
周りには誰もいない。
そっと近寄り、顔と顔を突き合わせて……

《わっ!!!!》

大声を出したけど、楽しそうな笑顔は一切崩れなかった。
至近距離のあたしに視線も向けない。
やっぱりシャーリー達と同じだ。

中庭を抜けてもまだ進む。
物珍しそうに興味津々の顔であちこち見ながら歩いている姿は普通の転入生だ。
あたしに変装しているこの子はもしかして……ギアスを無効化するギアス能力者?
ゼロが世に現れたことで、ルルーシュを牽制する為にスザクが連れてきたのかも。
監視カメラの前で偽りの自分を演じ続けるルルーシュみたいに、表情は“ただの転入生”のままだった。
学園内じゃ素顔は見せないだろう。
本性が明らかになるまで24時間密着してやるんだから。

途中、アーサーに「学校終わったら一緒に帰ろうねー」と声をかけて違う方向へ歩いていく。
ぶらぶらしていた先ほどと違い、どこか目的地を目指すような足取りになった。

追いかけた末、行き着いた先は礼拝堂。
扉をギィ……と開け、ラックライトは中に入った。

「誰もいない……」

奥へ進む。
ここはかつてマオとルルーシュが戦った場所だ。
あれ以来入ったことがない。
スザクが突入の際に割ってしまったステンドグラスは、今は交換されて違う色合いになっている。
ラックライトは最前列の席に座った。
手を組み、祈りを捧げる。
静まり返った空間には物音ひとつしない。

祈り始めてから、けっこうな時間が経った。

ギィ、と扉が開く。
入ってきたのはスザクだ。
ゆっくり歩いていき、最前列で足を止めた。

「空」

小さく呼びかけるそれに、あたしは耳を疑った。
“ソラ”じゃないの……!?

ラックライトは顔を上げる。

「スザク」
「お昼休み、もうすぐで終わるよ」
「ありがとう。戻るね」

席を離れ、並んで歩く。
寄り添うスザクは恋人みたいだ。ラックライトとの距離がすごく近い。

「何を祈ってたの?」
「こんな時間までごめんね。
どんな人なんだろうってずっと考えてた。
あたしの好きなものと、自分の好きなものを大切にしている人だと思うんだけど……」
「きっと空が考えている通りの人だよ」

なんの話をしてるか全然分からないけど、
やっぱり“空”だ。
“ソラ・ラックライト”のほうの名前じゃない。

スザクと彼女は教室に戻ったところで、昼休み終了のチャイムが鳴る。

「おかえり」

席に座るルルーシュが席に笑顔で二人を迎えた。

「ただいま、ルルーシュ。
やっぱり礼拝堂にいたよ」
「あそこは静かだからな。
落ち着きたいなら一番良い場所だ」

スザクとラックライトは着席する。
その後、午後の授業が始まった。

教科書に視線を落とすルルーシュの瞳は暗い色をしている。

《大丈夫……?》
《……何が。
俺が動揺していると思っているのか?》

余裕たっぷりな表情で鼻で笑うような声だ。
すごい強がってるように思えた。

《俺はスザクの思惑に踊らされたりはしない。
空のフリが上手な留学生に、この俺が振り回されるわけないだろう》
《あの子、変装しただけの他人なのかな。
もしかしてあたしの身体なんじゃ……》
《ギアスが効かないだけで判断するのは早計だな》
《礼拝堂で……スザクがあの子を“空”って呼んでた。
ソラ・ラックライトのほうじゃなくて、あたしの名前を……。
今も思ってる? 別人の偽者だって》
《……分からない》

絞り出すような声だった。

《おまえがラックライトを追いかけていった後、スザクが話していた。
ソラ・ラックライトは過去の記憶の全てを忘れていると》
《記憶喪失》
《巧妙な設定だ。
俺は動揺しない。留学生がどれだけ俺を揺さぶろうとしても》

声に力がない。
苦しんでいるのが声だけで分かった。


  ***


午後の授業が終わった後、
『今までのイベントの写真あるよ。見る?』とシャーリーが誘ったことで、ラックライトは生徒会室に行くことになった。
ミレイはウフフと微笑んでどこかに出かけて行き、スザクは政庁への電話対応で別行動、ロロはヴィレッタに呼ばれて行ってしまった。

シャーリーとリヴァルとラックライトが話しながら歩いている。
それを離れて眺めるのはルルーシュだ。
歩くスピードをあえてゆっくりにしている。

《スザクとロロは今頃仲良く指令室だろうな》
《ずっと見てそうだね。
あたしの顔した彼女にルルーシュはどんな反応するか、って。趣味悪いな……。
ルルーシュはあの子とあまり関わらないでおく?》
《ああ。生徒会副会長として、必要最低限の交流だけに留めておく。
ボロは出したくないからな……》

表情には出さないけど、声はひどく苦しそうだった。

《……笑った顔が、本当に空なんだ》

彼女はシャーリーの話に笑っている。
自然な表情だ。
出会ったばかりだけど、ずっと前から仲良しな雰囲気を感じる。

《ラックライトがアーサーと散歩をしていた時、他に気になった点はあったか?》
《アーサーがすごい好きってのは分かったよ。
あとは礼拝堂でずっと祈ってた。 
それ以外は……最初から気になってたのは“ラックライト”かな。
昨日C.C.に聞いたんだけど、そのファミリーネーム、アリルさんと同じなんだよね……》
《同じ?
……留学生の身元引受人は、その名を意図的に与えたみたいだな》
《身元引受人……それって保護者?》
《留学生が何か問題を起こした時にその責任を全て負い、身柄を引き受ける人間のことを言う。
もちろん金銭面の援助もしている。
1ヶ月とはいえ、学費や生活費は必要だから》
《貴族、かな……》
《IDカードさえ押さえればデータベースで身元引受人は調べられる。
まずは……そうだな。居住地を把握したい》
《帰る時にこっそりついていくね。
ずっとそばにいれば絶対何か分かるはずだから》
《収獲が無ければスザクに。アイツは知っている人間だ》

クラブハウスが目前まで近づいた時、ラックライトの足がピタリと止まった。
数歩進んでからそれに気づいたシャーリーとリヴァルが『どうしたの?』と言いたげな顔で振り返るのが見える。

《何かあったみたい》
《行くか》

少し小走りで駆けつけたルルーシュは「大丈夫か?」と声をかける。
ラックライトの顔色はほんのり悪くて、喉の調子も悪いのか、首に手を当てている。

「……ごめんなさい。
ちょっとだけ、めまいみたいなのが少しだけして……」

首に当てていた手を、今度は胸のあたりに持っていく。

「そろそろスザクが戻ってくる頃だよな。俺、呼んでこようか?」
「気持ち悪い? 吐き気はする?
どっか座ろう」

オロオロしないで真剣に向き合うシャーリーとリヴァルに、ラックライトの瞳がわずかに潤む。

「朝からずっと緊張してたから気分悪くなっちゃったのかな……。
ごめんなさい。もう平気だから。
スザクは呼ばなくて大丈夫」

笑みを浮かべながらの言葉が、話し方が……

《無理してる時の空みたいだな》
《……あたしも思った》

「朝からずっとかぁ。そりゃあ俺だって具合悪くなる」
「初めて来る学校だったらドキドキしちゃうもんね」
「お茶をいれてくるけど飲むか?
来客用の茶葉を新しく取り寄せたばかりなんだ。味の感想も聞かせてもらいたい」
「……すみません。いただきます。
ありがとうございます、ルルーシュさん」
「そう言えばお菓子もあったよな。
俺、運べるもの全部持っていくぜ」
「私は生徒会室に案内するね」

クラブハウスに入り、二手に分かれる。

《生徒会室へ。様子を聞かせてくれ》

短く言った後、ルルーシュとリヴァルはキッチンへ歩いて行った。
案内されてラックライトも歩き始める。
苦しいのが楽にならないのか、手は胸のあたりを押さえたままだった。

生徒会室に入るなり、シャーリーが「あ!」と驚きの声を上げた。
閉め切った窓の外にアーサーがいたからだ。
こちらに気づくなり、開けてほしそうにカリカリし始める。
シャーリーは走り寄って窓を優しく開け、窓の隙間からアーサーがスルンと中に入ってきた。
ホッと息を吐く彼女の顔色は見違えるほど明るくなる。
アーサーを心の拠り所にしてるんだろう。
しゃがむ彼女のところまでトコトコ歩き、流れるようにスリスリする。
奇声を上げたくなるほど羨ましい光景だった。
安心して満面の笑みになるシャーリーは、テーブルの椅子をひとつ引く。

「アーサーとここに座って待ってて。
私、ルルのお手伝い行ってくるから」

笑顔のシャーリーは生徒会室を出ていった。
アーサーとふたりきりにしたらリラックスできるだろう、という考えでの退室だろう。
スリスリするアーサーを抱き上げ、ラックライトは椅子に座る。

「……みんな、優しいね」

泣いてはいないけど、今にも泣きそうな声だった。
ルルーシュか、ラックライトか。スザクとロロが隠しカメラで今見ているのはどっちだろう。

腕の中のアーサーを撫でる姿は、かつての自分を録画した映像のようだった。
ずっと前、威嚇されるようになる前だ、あたしも同じようにアーサーを撫でていた。
もうこんな風にできないと思ってた。
自分じゃないって分かってるのに嬉しかった。
すごく泣きたくなり、熱いものが目のあたりからじわじわ溢れてくる。
ほぼ同じタイミングで、ラックライトもボロっと泣き出した。

「ご、ごめんねアーサー……ちょっと待ってて……」

アーサーを下ろし、胸ポケットからハンカチを出す。
白いタオル生地のそれで目を押さえ、うなだれた姿勢のままジッとする。
アーサーは労るように足をスリスリし始めた。
気持ちが落ち着き、目のあたりで熱くなっていたものが引いていく。
彼女はモゾモゾと指を動かして目を拭き、ハンカチから顔を離して天井を仰ぐ。
涙はもう出ていなくて、泣き止むタイミングも同じだった。
全身がざわりとする。
もしかしたら、と思っていたけど確信する。
この子の身体はあたしのものだ。

「大丈夫。大丈夫だよ。
あたしはひとりじゃない」

力強い声。自分で自分を励ましている。
彼女はハンカチを片付け、両手で頬をむにむに揉む。
ゆっくり深呼吸して、誰もいないのに満面の笑みでニコッとする。
きっと生徒会室にシャーリー達が戻ってきた時、泣いて赤くなった目を心配させない為に、笑顔の練習してるんだ……。

《空。
全力疾走のスザクがそちらに行こうとしていた。シャーリーが気づいて声を掛けたが……。
生徒会室で何があった》

必死な声に言葉が詰まる。
スザクの全力疾走の理由はすぐ分かった。
監視カメラに映る彼女が泣き始めて、それで駆けつけようとしたんだ。

《さっき泣いちゃって……!
あたしと連動してるかもしれない。
アーサー見て泣いたら同じタイミングであっちも泣いちゃって……》

あたしの報告にルルーシュからの返事は無かった。
あっちでスザクと話してるのかも。
待っていたけど、返事は一向に聞こえなかった。
ラックライトがアーサーを抱っこしてから数分後、シャーリー達が戻ってきた。
彼女の腕から近くの椅子へ、アーサーはピョンと飛び移る。
立ち上がって迎えようとした彼女は入ってきたスザクに目を丸くした。来るとは思ってなかったんだろう。
顔がふわりと綻び、嬉しそうな表情になる。練習していた時の笑顔と全然違う。
ルルーシュは複雑そうに唇を結んだ。

「喉渇いたよね。お腹も空いてるかな?」
「色々あるから好きなの食べてくれよな」

運んできたティーセットや皿とお菓子を盛ったトレイがテーブルに置いていく。

「すみません。こんなにたくさん用意してくださって……。
ありがとうございます」

赤い目をシャーリー達は全然触れない。
ルルーシュは痛ましそうに、切なそうに一瞬だけ顔をしかめてから、持ってきたガラスのティーポットをそっと置いた。

《……スザクが言っていた。
発作のように、突然涙が出てしまうと》

スザクはまっすぐ彼女のもとへ行き、両手のひらを差し出した。
シャーリー達が注目する。
彼女が両手をポンと乗せれば、スザクはそれを優しく握った。
スザクの手大きいなぁ……指長ーい……。
視界の端でルルーシュが凝視している。スザクを見据える眼力がヤバい。
ルルーシュ! 目! 目!!って言いたくなるほどだった。
話さないで見つめあうだけ。二人の世界ってのはきっとこんな感じなんだろう。
スザクの瞳は思いやりに満ち、彼女の瞳はスザクへの信頼感が溢れている。
手を握ったのは数秒だけで、何事も無かったようにスザクは離れ、ルルーシュは慌てて表情を元に戻す。

「ソラ、僕もお茶会に参加させてもらうことになったんだ」
「うん。アーサーも一緒だね」

彼女の嬉しそうな笑顔に、シャーリーもリヴァルも安心して微笑んだ。


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