12話(昼休み:ルルーシュ編)


ロロは体感時間を止めるギアス能力者だ。
発動されたとしても、俺はそれを自覚することはできない。
ギアスを使ったと気付けるのは空だけだ。

《そんなわけない、効かないなんて……!!
あたし行ってくる!!》

その言葉だけで全てを悟る。
ラックライトは空に扮した偽者ではなかった。
……いや、たったそれだけで断定はできない。
本物の幽霊と化した空が俺のそばにいる以上、あの留学生は空じゃないんだ。

アーサーを追いかけて遠ざかる後ろ姿を横目に見る。
空が追いかけているからあっちは心配ない。問題はスザクだ。
ヤツから視線を痛いほど感じる。
俺の反応を観察しているんだろう。

「なぁスザクぅ〜。
ソラさんとおまえってどんな関係なんだ?」

俺では聞けない質問をリヴァルが投げかける。
よし、いいぞ。根掘り葉掘り聞いてやれ。

「私も気になってた。
今日初めて会った者同士、って感じじゃなかったわよね」
「すごく仲良しだったけど……」
「大切な人だよ。守りたいと思っている」
「エッ」「そ、それってもしかして」「恋人ですかぁ!?」
「なんだ付き合ってるのか。
今回の配属は自分で志願したのか?
ラックライトさんがエリア11に留学するから」

こちらを見るスザクの瞳は、なんとか俺を探ろうとしているようだ。
見たければ見ればいい。
俺の前に空を出して反応を見て、記憶が戻ったか確かめるつもりだろう。
腸が煮えくり返るほどの怒りが湧くが、それを表には絶対に出さない。
残念だったなスザク。俺はボロは出さない。
思ったような反応を得られないと思ったのか、スザクは諦めて視線を外した。

「恋人じゃないよ」

あっさりと否定するスザクに、落胆の声が会長達から上がる。
何故かは分からないが、重かった胸中がほんの少しだけ軽くなったのを感じた。

驚かすような空の声が遠くで聞こえた。
ラックライトのそばで何を言ってるんだアイツは……。

「順番で言うなら彼女が先かな。
エリア11に行きたいとソラが強く申し出て、その次に僕の配属が決まったんだ。
それで一緒にアッシュフォード学園に」
「どうしてラックライトさんはエリア11に行きたいって思ったの?」

ロロが口を開き、スザクはわずかに驚いた。
この二人も裏では機情局で繋がっている。
スザクも、ロロがこんなに聞いてくるとは思っていなかったようだ。

「……彼女は、過去の記憶を全て忘れているんだ」

全員が息を呑んだ。
予想もしなかったところから殴られたような錯覚を抱く。

「記憶、喪失……」
「彼女はエリア11に住んでいたみたいなんだ。
このトウキョウ租界に来た目的は……忘れた記憶を思い出したいからなんだと思う。
僕もここに帰って来られてよかったよ。
右も左も分からない彼女をサポートできるから」

石を飲み込んだように喉が詰まる。
耳障りな言葉がひどく不愉快だった。

「だからソラは……ずっと不安そうだったんだ……」
「スザクを見て安心した顔したのはそういう事か……」

元気だったシャーリー達から笑顔が消える。
深刻な話を聞いたから当然の反応だ。

「思い出す為に協力できるならしたいが……。
……軽い気持ちで手を出すべきじゃないだろうな」
「どうしてだい?」

スザクの声は鋭い。
『キミが一番思い出してほしいはずだろう』と言っているような眼差しだった。

「記憶を失った原因が分からないからだ。
事故や怪我で頭を負傷した、薬の副作用で忘れてしまった、もしくは……自分の心を守る為の防衛反応。
過去を全て忘れるほどの何かがあったとしたら、思い出した時のダメージは計り知れない」
「自分の心を守る防衛反応……」

祖母君を思い出しているのか、呟く会長は憂い顔だ。

「……そうだね。ルルの言う通りだと思う」
「ラックライトさんの家族もこっちに来てるのか?」
「家族がいるかは分からないんだ。
保護された時、彼女はひとりだけで……。
留学するのに戸籍が必要だったから、身元を引き受けてくださった方が“ラックライト”と」
「身元引受人がいるのか。
それなら安心だな」

心にもないことを、本当に思っているように言ってやる。

「うん。僕もそう思うよ」

俺はスザクをよく知っている。誰よりもそばで見てきたから。
スザクの声音で、その言葉が嘘だと確信する。
安心できないヤツがラックライトの後ろ盾になっているのか。

「身元を引き受けてくれた方の元を離れてここに来てくれたのね。
ラックライトさんは“蒼き瞳のセリス”かしら」
「んん? 会長なにそれ?」
「オペラですよね。聞いたことあります」
「知ってるんだな」
「お母さんが昔観たことあって……。
記憶喪失の女の人が主人公で、忘れた過去を求めて懸命に行動して、会いたかった恋人や家族と再会する、だったかな」
「それは……希望が持てるストーリーですね……」

会長が笑みを深くさせる。
どこか得意げだった。

「……実はね、その“蒼き瞳のセリス”は私のお祖父様が書いた話なの」
「えぇ!?」「ま、マジですか……」

これは驚いた。まさか作者が身近にいるとは。
スザクもポカンとしている。

「いいんですか? 会長。
そんなトップシークレットを簡単に話して……」
「いいのよ。
言いふらす人は誰もいないでしょ

隠していたことを打ち明けられて、会長はどこかスッキリとした面持ちだった。

「私のお祖母様もラックライトさんと同じだった。
自分の過去、故郷や家族を思い出せなくて……。
ラックライトさんが“蒼き瞳のセリス”なら、お祖母様は“白の追憶”かしら」
「白の……?」
「そっちも有名だよ。
主人公の設定は同じなんだけど全然違うの。
過去を振り返らずに、ひたすら前に進んで新しい人生と未来を求める話」
「それはすごいな……」

会長の顔から笑みが消えた。
憂いを帯びた表情になる

「……お祖母様は前に進むしか無かった、かしら。
唯一覚えていたのは、お祖母様にとって辛い記憶だったから……」

俺と空の時と違ってハッキリとは言わない。
崖から突き落とされた話をシャーリーとリヴァルには聞かせられないと思ったんだろう。

「全部忘れてるわけじゃないのか……。
……枢木卿。ラックライトさんは、何かひとつでも覚えていることはある?」

切実なロロをスザクは物珍しそうな目で見て、それから首を振った。

「何一つ思い出せないと言っていた。
保護された時の事は僕も知らなくて……」

申し訳なさそうな顔。これは真実。

「保護された場所は?」
「ここエリア11だっていうのは聞いてるけど、詳しい場所も教えてもらえなかった。
きっとブラックリベリオンに巻き込まれたんだと思う」

少し早口。これは嘘だな。スザクは発見された場所を知っている。

「だからラックライトさんは海を渡ってここに来たのね」
「思い出したい、ってソラが願ってるなら、私はそれを手伝いたいなぁ」

シャーリーに続き、会長も笑顔を見せる。

「そうそう!
本人の意思を尊重したいわね」
「ソラさんに一回話聞く?」
「ゆっくり時間をかけたほうがいい。
彼女がここに馴染むまで」

俺の答えにスザクは観察を止めたようだ。
スッと立ち上がる。

「そろそろ昼休みが終わりそうだから、ソラを迎えに行ってくるよ」
「今もアーサーと散歩してるんだよな。
どこ歩いてるんだろ……」
「多分礼拝堂に行ってると思う。
校舎を案内してる時に行きたがっていたから」

スザクは走っていき、姿が見えなくなった後。
会長の目がキラッと光った。

「スザク君は行ったわね!?
よし、皆の者!! ラックライトさんとスザク君が心から楽しめる、最高の歓迎会にするわよ!
私は花火の交渉するから、みんなはラックライトさんのイベントの好みをリサーチしてちょうだい!」
「リサーチって……?」
「写真を見せるんですね! 任せてください!!」

シャーリーが特にやる気に満ち溢れている。

「ミレイ・アッシュフォード、久しぶりにアレやります!
ガーーーーーーーーッツ!!」

久しぶりに聞くガッツの魔法は、スザクにも届いているだろうなと思える声量だった。


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