8話(後)


《C.C.に爆弾を設置させ、タワーの支柱を破壊する。
倒壊したビルは唯一の出口を封鎖しているG1ベースを押し潰す。
その後、倒壊したビルは俺達が脱出する為の道となる》

心の声だけでやり取りできるからこそ、ルルーシュは包み隠さず明かしてくれた。
想像もしなかった大掛かりな脱出方法。
こんなこと誰も思いつかないからやっぱりルルーシュはすごい。

中央制御室を出たルルーシュはサザーランドに乗り、先行する紅蓮弐式と共に、前もって決めていた場所に卜部さんと合流する。

照明が切れて薄暗いエントランスホールだ。 
吹き抜け構造の空間はとても広い。

『ゼロ、やっと準備が整ったのか?』
「敵は勝利を確信しているはずだ。条件はクリアされつつある」

そばにいてくれ、と頼まれ、狭いコクピットの中でふたりきりだ。
ルルーシュは通信の音をピッと鳴らす。

「あとはそちらのフロアだが?」
『10分以内かな』

相手はC.C.だ。

「分かった。ならば今の配置で守りきれる」
『ディートハルトの仕込みは?』
「システムは生きていた。全ては作戦に基づいて……」

ザザッと別機体から通信が入った。

『こちらB2! 敵のナイトメアが1機で……ぐあっ』
「どうした?」
『そんな! さっきまで……!』

通信はブチッと切れ、砂嵐の音しか聞こえなくなる。

「B2?」

ルルーシュはコクピットのモニターにマップを表示した。
騎士団のナイトメアを示すマークが次々と〈LOST〉になっていく。
軍の青いマークはどこにも無いのに。どうして……。

「……何だ? 敵はIFFを外しているのか。
しかも単独行動……」

また通信が入って『ゼロ、こちらP6!』と呼びかけてきた。

『敵が! 敵が! うわああああ!!』
「P6!?」

〈LOST〉は増えていくばかりだ。 
見覚えのあるマップが表示されてゾッとする。

《ルルーシュこれ……! ここに近づいて来てるの!?》

また通信が入る。

『こちらR5、R1がやられて』

聞こえたのはそこまでだった。
通信が切断される。

「まずい、このままではこちらに……!!」
《ルルーシュ!! あたし敵を見てくる!!》

すぐに外へ飛び出し、加速する。

「ゼロ! ひとまずあんただけでも逃げてくれ!」という卜部さんの声があっという間に遠ざかった。
 
さっき見ていたマップに敵がいるなら、ルルーシュ達のところに行く為に物資を搬入するエレベーターに乗らないといけない。
建物内をビュンビュン走り抜ければすぐに到着した。
騎士団のナイトメアが2機、死角に潜んで敵を待ち構えている。
奥に見えるエレベーターは物資搬入用のやつで、人間が乗るやつよりはるかに大きい扉をしていた。 
幽霊で良かった。到着を待たずに確認できる。
全速力で飛び、降下中のエレベーターにビュッと潜り込む。
敵は金色のナイトメア────ランスロットに似ているけど初めて見る機体だ。
パイロットを見る為、コクピットに頭を突っ込んで驚いた。
学生服を着たロロが操縦桿を握っている。

《ルルーシュ!! 金色のナイトメアにロロが乗ってる!!》

ポーン、と到着音が小さく鳴り、扉を開く音も聞こえた。

《パイロットはロロか!!》

ロロの片目が赤色に染まり、ギアスの紋様が瞳に浮かぶ。
視線の先、コクピットの向こう側で、物陰から飛び出した体勢で動かない2機が見えて、あたしの目が釘付けになっている間にロロは両機破壊した。
瞳の色が元に戻る。
ロロは止まらない。スピードを上げていく。
このまま行ったら────

《ルルーシュッ》

────絶対殺される!

《あたしの名前をロロに聞かせて!!
攻撃の手を止めてくれるはずだから!!》
《名前を!? 何を言ってる!!》
《今もあたしを覚えているの!
ずっと前に話した言葉がロロの心にちゃんと残ってる!!》

凄まじい破砕音に視線を戻す。
ロロは壁を破壊し、ルルーシュ達がいる場所までショートカットしたようだ。
慌てて外へ脱出する。
臨戦態勢の卜部さんとカレンが発進するのが見えた。

金色のナイトメアが武器を構えた瞬間、2機の走りがピタリと止まる。
ロロは2機の間を走り抜けながら攻撃して、一撃を受けたそれぞれの箇所にオレンジの火花が出た。
数秒のギアスでも卜部さん達は戸惑っている様子だ。
瞬間移動しているように見えたんだろう。
金色のナイトメアはそのまま疾走し、ルルーシュの機体目前まで迫る。

《ルルーシュ!!》

斬りかかろうと武器を振り上げた時、

『空! 逃げて!!』

カレンが叫んだ。
破壊しようと振り上げた武器がビクリと止まった。

『空は殺させん!!』

卜部さんもすぐに疾走し、あっという間に距離を詰め、目で追えない剣さばきでロロの機体を攻撃した。
小手、胴、肩から一斉に激しく火花が出る。
ロロの機体は、これ以上の戦闘はできない痛手を負った。一目見て分かるほど。
卜部さん達の動きがピタリと止まり、ロロはすぐに距離を取る。
離れてからガクッと膝をついた後、肩からガスがシューと漏れ始めた。
ギアスが解除され、2機はすぐにルルーシュの機体へ駆け寄った。

嘘みたいな話をルルーシュは信じてくれて、即座に指示を出してくれた。
力が抜けてその場にしゃがみたくなる。
無事でよかった。本当に安心した。

爆発音が下からいくつも聞こえてくる。

エントランスホールが揺れ、ロロの機体とルルーシュ達の機体を分断するように、床に大きな亀裂が走る。
神根島の時みたいにルルーシュ達のいる床が沈み始め、エレベーターのように下降する。
すぐに闇の中へ呑み込まれた。

《ルルーシュ、あたしはロロのそばにいる》
《ああ。動きがあれば教えてくれ》

半分だけ残ったエントランスホールの揺れはひどく、大小のガレキがいくつも落下してくる。
金色のナイトメアはルルーシュ達を追いかけることなく逃走した。
戦闘行為はできないけど走れるようだ。
コクピット内にお邪魔する。
ロロは唇を結び、無言で操縦していた。
進行方向をジッと見つめる瞳はいつもより大きくてどんよりと暗い。

《ロロ、あたしはここにいるよ》

そばで呼びかけたけど、ロロの表情は1ミリも動かなかった。
やっぱりあたしの声は聞こえない。
ずっと無言だ。今なにを思っているか分からない。
きっと心の中でたくさん考えているんだろう。

《ロロ。あたしの名前に手を止めてくれてありがとう》

外へ出て、後ろをひたすら追いかける。

《ルルーシュ、そっちはどう?》
《今、残っている者全員で先を進んでいる。こっちは無事だ》
《良かった。
ルルーシュは怪我してない?》
《無傷だ。
あの場にいたのが俺だけなら……俺は間違いなくやられていただろう。
空とロロが話した過去があったからこそ、奇跡のような刹那を得た。
卜部の剣がロロを退けたんだ》
《卜部さん、本当にすごかったね。一気に3箇所も攻撃して!》
《俺も見た。秀抜な剣技だった》
《卜部さんとカレンがいたら、捕まってるみんなを助けられる?》 
《ああ。思い出したからな。本当の俺を》
《あたし……上書きされた記憶は戻らないって思ってた……。
ギアスをかけた人間が死ぬまでルルーシュはこのままかもしれない、って……》
《C.C.に救われたな。
ナナリーを忘れている俺は俺じゃなかっただろう》
《最初すごくビックリした。別の世界に飛んだって勘違いしちゃったぐらい。
でもルルーシュは優しかったよ。
あたしの『寂しい』を無視しないでくれたから》
《……泣かせてしまったな。ずっと寂しかっただろう》
《寂しくなかった。
あたしの声を聞いてくれたから》
《話を聞く代わりに多くを求めた。
知りたい事があったとは言え酷使した。すまない》
《ううん。楽しかったからいい。
ルルーシュの役に立てて嬉しかったよ》
《そうか。そう思ってくれるなら。
……空、俺はこれから中華連邦の総領事館へ行く。
その後は学園に戻るつもりだ》
《戻るの!? 監視カメラと盗聴器がすごい数設置されてるんだよ!!》
《それでもだ。
恐らくナナリーは敵の手の内にある。
ナナリーを救出するまでは、俺は学園にいないといけない》
《う……わかった……》
《これからは部屋にも、ダイニングにも、生活区域全てに自由に出入りしていい。
ただし、他の人間がいる時、俺には話しかけないようにな。特にロロがそばにいる時は。
おまえの声が相手に聞こえるようになる……そんな変化が起きるかもしれないから》
《変化……》
《もうすぐ外だ。空、また後で》
《……うん。またね》

やり取りを終え、重いため息をこぼしたくなる。
ルルーシュ、本当に学園に戻るんだ。あんな盗撮24時みたいな日常に。

《朝から晩まで違う自分を演じるのか……。
すごいなぁ……ルルーシュは……》

あたしも全力で頑張らないと。
日本を出て海を越えてブリタニアに行き、ナナリーがいそうな所を捜さなきゃ。

バベルタワーを、金色のナイトメアは器用に慎重に降りて行く。
1時間以上かけてやっと地上に降りられた。

唯一の橋は散々だ。倒壊したタワーが道を塞いでいる。
よじ登り、上をピョンピョン飛び乗っていけば橋の向こうまでいけそうだ。
金のナイトメアは上のほうにアンカーを打ち込み、ワイヤーを巻き戻しながら飛び乗り、進んでいく。
ロロの様子を確認する為、コクピットに頭を突っ込んだ。いつもの無表情だった。
橋を渡りきり、飛び降りて軽やかに着地する。
外に設置されてる大型ビジョンでジュースのCMが流れていた。
その映像が乱れ、別の映像に────中華風のマークを背景にしたゼロに切り替わった。

『私は、ゼロ。
日本人よ、私は帰ってきた!!』
「ゼロ……!!」

ロロが握る操縦桿からミシッと小さい音が聞こえた。

『聞けブリタニアよ!
刮目せよ! 力を持つ全ての者たちよ!!』

バサッとマントを広げ、両手を掲げた。

『私は悲しい……。
戦争と差別、振りかざされる強者の悪意、間違ったまま垂れ流される悲劇と喜劇。
世界は何ひとつ変わっていない……。
だから、私は復活せねばならなかった。
強き者が弱き者を虐け続ける限り、私は抗い続ける!
まずは愚かなるカラレス総督に、たった今天誅を下した!!』

ギリ、と歯噛みするロロは激しい怒りを込めてゼロを見据えた。

「この背景の国章は……これは中華連邦の総領事館か……!」

グッと操縦桿を握り直し、また走り出す。
コクピットから見える景色がものすごいスピードで過ぎ去っていく。最高速度だ。
 
『私は戦う!
間違った力を行使する全ての者たちと!!
ゆえに、私は! ここに合衆国日本の建国を再び宣言する!!』

ゼロの背景がバサッと落ちて、別のマークが姿を現した。

ナイトメアの速度がだんだん落ちていく。総領事館まで目と鼻の先だ。
閉められた門の前にはブリタニアの軍隊が集まっていて、門前払いされたのか、すごすごと帰っていくのが見えた。
残っているのは中華連邦の人達だ。
目を凝らす。中央に立っているのは髪の長い────

《────って、あれシンクーさん!?》

遠くから見てもすぐに気づいた。
武装していて、剣を左手で握っている。
過去に会った時よりも、力強くて凛々しい顔立ちをしていた。
中華連邦の人達の目の前で金色のナイトメアは停まる。

『ブリタニア軍なら、すでにお帰りいただいた』

外の音声が聞こえる。
シンクーさんの声は敵意があって鋭いけど、懐かしいと思える声だった。

『……それとも、ゼロの身内の者かな?』

ロロはシートを排出し、外に出た。

「さぁ、どちらなんでしょう」
「謎掛けは好みではない」
「ええ、僕もそうですよ。
知りたいんです。真実を。
だから、殺しに来ました。ゼロを」

右目が赤く輝いた。
その直後、ピリリッピリリッピリリッと携帯が鳴る。瞳の色が元に戻った。
胸の内ポケットに手を入れた瞬間、ロロ以外の全員が一斉に警戒した。
 
「電話です。ただの」

たくさんの人に敵意を向けられていてもロロの表情は涼しげだ。
鳴り続ける電話に出た。
あたしも携帯に耳をピッタリつける。生身じゃ不可能な盗み聞きだ。

『ロロ、大丈夫か?』
「ッ!? 兄さんっ!!」
『よかった。連絡が取れないから心配したんだぞ。
無事なんだな? 安全な所にいるのか?』

通話中、総領事館から、
「この瞬間より、この部屋が合衆国日本の最初の領土となる!」とゼロの演説が聞こえてくる。

「人種も、主義も、宗教も問わない。
国民たる資格はただーつ、正義を行うことだ!!」

ロロの顔つきが険しくなる。

「兄さん、今どこにいるの?」
『何言ってるんだ。おまえこそ今、あっ』
『ロロ、私だ』
「ヴィレッタ、先生……!」
『ルルーシュは学校に戻ってるぞ。
これから補習だ。おまえも早く戻ってこい』

釈然としない顔には、戸惑いが色濃く浮かんでいた。

「はい……分かりました……」

放心状態で通話を終えるロロに「電話は終わりか、少年?」とシンクーさんは問いかける。
ロロは顔から全ての感情を消し、視線を戻す。

「終わったみたいです。色々と」

携帯をパチンと閉じ、内ポケットに片付けた。

「帰ります」
「ゼロを殺しにまた来るのか?」
「今は殺しません」

淡々と答えた後、ロロはナイトメアに乗り込み、総領事館から走り去った。

「ゼロが放送している間、ルルーシュは補習を受けていた……。
あのゼロはルルーシュじゃない……?」

操縦するロロはそれだけ呟き、あとは無言だった。
このナイトメアをロロはどうやって手に入れたんだろう?と疑問に思っていたら、ロロは道を塞ぐタワーの撤去作業をしている軍人の目の前でナイトメアを停めた。
起動キーを抜き、シートを排出して外に出る。
軍人は「機情局員のMだ」と言いながら出迎えた。
ロロは「機情局員のRです。ヴィンセントを返しに来ました」と言いながら起動キーを手渡した。

「対象に動きはない。
帰りの車は白の36だ」
「ありがとうございます」

声を潜めた会話はそれだけ。
指定された車は近くの駐車場で待機していた。
ロロは後ろの席に乗り、あたしはその隣で腰を下ろす。
何か情報を拾える会話をするかと思ったけど、ロロも運転手も終始無言だった。
車をすり抜けて、空を飛ぶ。

《ルルーシュ、こっちは終わったよ。
ロロは機情局の車で帰るところ》
《すまない、空。
今ヴィレッタに走らされている。
また後で話そう》

すごい追い込まれた声をしている。
補習を受けてるとは聞いていたけど、思っていたより大変そうだ。

静かな空をひとりで飛ぶ。
シンクーさんをぼんやりと思い出した。

《……元気そうだったな。あれから何年経ってるんだろう。
変化が起きたら……声が届くようになったら、シンクーさんのところに絶対行こう……》

ロロが乗る白い車を、ただ一心に追いかけた。


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