9話(前)


日が沈み、空が暗くなっていく。
補習を終えたルルーシュはロロとクラブハウスに戻った。
すぐに夕食作りだ。

「こんな時間まで補習するなら、まじめに授業に出ておくべきだったよ」とルルーシュは笑いながら手早く作り始めた。
3つあるコンロを全て使い、同時進行で進めていく。
あざやかな手際は熟練の料理人だ。

ダイニングからロロがジッと覗いている。
相当怪しんでいる眼差しだった。
その視線にルルーシュは気づいているけど気づかないふりで作り続けた。

思い出したルルーシュが兄の仮面を被って“いつも通り”を装ってロロと夕食をとる。
ルルーシュの気持ちを思うと胸の奥が雑巾絞りされてるみたいな心情になった。
はらはらしながら見守る。
優しく微笑む表情も、聞いていて心地良くなる声も、100点満点パーフェクトなお兄様だった。
ストレス大丈夫かな? 心がギリギリ痛んだ。
意識をそらす為、壁に設置されたテレビに目を向ける。ナナリーがいる時には無かったやつだ。
前に“ダイニングや生活区域には入らない”とルルーシュに誓いを立てていたから、この変化にはとても驚いた。
前にルルーシュを怯えさせた時は、ルルーシュしか見ていなかったからなぁ……。

テレビはニュース番組を映していて、黒の騎士団がバベルタワーに襲撃をかけた事件が大々的に報じられている。
タワー内にいた時は分からなかったけど、軍が総力を上げて包囲していたのが映像を通して分かって寒気がした。

映像はLIVE放送に切り替わる。
中華連邦の総領事館に黒の騎士団とゼロが立て籠ってる、とのことで、軍のナイトメアと戦車がたくさん並んでいる。
カラレス総督に替わり、ギルフォードが総督代行をつとめているそうだ。

「よく逃げられたね」

無言で食事していたロロがやっと口を開いた。
フォークを持つ手を止めたルルーシュは「え?」と目を丸くする。

「ニュースで言ってたでしょ? バベルタワーは軍が完全に包囲してたって。
兄さんはどうやって包囲を破ったの?」

疑いを隠さない探る目だ。
ルルーシュは困った顔で苦笑した。

「何言ってるんだよ、ロロ。
それを言うなら、どうやってテロリストから逃げたか、だろ?」

ロロはハッとする。
すごいなぁルルーシュは。自然な感じでロロの追及をひらりとかわすんだから。

「非常通路があってさ。
おまえに連絡しようとしたんだけど、あの状態じゃあ携帯がさ……」
「そう……」

それ以上、ロロは言ってこなかった。
最初の疑いに満ちた剣呑とした雰囲気は引っ込んだ。
完食までずっと沈黙したままで、席を立つ時も静かだった。

「……ごちそうさま。
兄さん。ご飯、ありがとう。
今日は先に寝るね」
「ああ。
元気がないけど、大丈夫か……?」
「うん。平気だよ。
おやすみなさい」
「おやすみ、ロロ」

見送る時も、弟がダイニングを出ていった後も、一人で片付けをしている間も、ルルーシュは兄の仮面を外さない。

《空。監視カメラと盗聴器が設置していると言っていたな》

穏やかな表情なのに声は緊張するほど厳しい。
声音のギャップに戸惑いつつも頷いた。

《う、うん。ここにもしっかり設置されてる。
ダイニングにも。校舎の中にもくまなく。外出する先にもあった。
入ってないから分からないけど、バスルームやルルーシュの部屋にもあると思う。
図書室の地下にルルーシュを監視する為のモニタールームがあって、表示されてる画面を数えたけど……60はあった》 

ふ、とルルーシュは苦笑する。

《よく数えたな。
画面を切り替えられるなら、監視カメラの設置台数は60台よりもはるかに多い。
俺のいる場所、行く場所全てに設置していると考えていい。
C.C.を捕まえる為にそこまでやるとは》
《モニタールームで2人以上監視していて、ヴィレッタとロロも一緒に見ている時があったよ》
《それはおそらくリヴァルと外出した日だな》

シンクを拭き、手を洗った後、ルルーシュはキッチンとダイニングを消灯して廊下に出た。

《これから入浴だ。日課をこなさないと怪しまれる。
中に入っていいから一緒に来てくれ》
《入っていいの? あっ着替えとか見ないようにするね》
《いや、見ていてほしい。
どうせ着替えもシャワーも奴らは監視している。
それなら俺は空に見られているほうがずっと気分がいい》

ルルーシュ、ヤケクソになってない?
聞いててめちゃくちゃ恥ずかしくなってきたんだけど。
照れて押し黙れば、ルルーシュが心の声でハハハと笑った。

シャワールームに二人で入る。
バスタブの前には新品のついたてが置いてあって驚いた。

《ねぇルルーシュ。これっていつ買ったやつ?》
《ん? ああ。これは元からあった物だ。
監視する奴が用意したんだろう》
《誰が置いたんだろう。ルルーシュのお腹から下が隠れるくらいの大きさだね》

誰か分からないけど、これを設置した人間に深く感謝した。
他の部屋と違い、扉寄りの天井で隠しカメラを発見する。
監視はできるけど趣味の悪い盗撮はできない位置だった。
誰だろう、ここのカメラの位置決めた人……。 

バスタブから背を向ける。
後ろからごそごそと服を脱ぐ音が聞こえてきた。
 
《テレビで演説していたゼロだけど……あれってC.C.だよね?
ルルーシュは補習中だったはずだから……》
《そうだ。声は録音。
あっちの人間にギアスをかけてからすぐ学園に戻った》
《いつ録音したの? すごい……!
ロロが「あのゼロはルルーシュじゃない?」って言ってたよ》
《食事の席ではずいぶん睨まれた》
《すごい疑ってたね》

シャワーカーテンを閉める音が聞こえて、洗い始める音もする。

《空は念じたら俺のところに今も行けるのか?》
《ううん。それも出来なくなってる。
遠い所に行く時は地道に進むしかないかな。
あ、でもすごく早く飛べるよ。飛行機よりスピード出せるかも》
《その気になればブリタニアの国土を股にかけて飛べるのか》
《皇帝の寝所にも潜り込めるよ》
《それはやめろ。けしてするな。絶対に行くなよ》
《う、うん》
《アイツならおまえが見えるかもしれない。
見えてもおかしくないような男だ。
アイツに見られるのだけは絶対に避けてくれ》

苦いものを食べて吐き出すみたいな声だ。
絶対に行かないでおこうと肝に銘じた。

《シャーリーや、会長にリヴァルは……ロロを俺の弟として扱っているのか?》
《全員……記憶を上書きされてたよ。
前にリヴァルが“兄弟揃って体育苦手”って言ってた》
《みんなナナリーのことを覚えていないな。
……いいや、妹のナナリーが偽りの弟にすり替わっている。
俺の記憶を変えただけではなく、生徒会のみんなまでおもちゃに。
何てことを……》
《ルルーシュは思い出したけど、みんなはそうはいかないよね。
ギアスをかけた人間が……皇帝が死ぬまでこのまま、ってこと?》
《ああ。だからこのままにはしておかない。
いつか必ず、みんなを……》

ルルーシュは黙り込む。
シャワーの音だけが響いた。

沈黙が苦しい。何か話したいけど言いづらい……

《……そうだ。
総領事館で今もC.C.達はいるんだよね。ちょっと様子を見てこようか?
確認したらすぐ戻るから……》
《行くな》

被せるように言われた。その声は切実だった。

《行かないでくれ、空》

振り絞る声は弱々しくて、無性に抱きしめたくなった。

《行かない。
あたしはここにいる。ルルーシュのそばにずっといるよ》
《……ずっと、か。本当にずっとくっついていそうだな、おまえなら》

笑みを浮かべる声はもう弱々しくない。
シャワーを止め、カーテンを開いて出てくる物音が聞こえた。

《今夜だけだ。
空にしか出来ない事を明日からやってもらいたい》

その声は力強くて、いつものルルーシュの声だった。


  ***


電気を消してからルルーシュはベッドに横になる。

《明日の準備をするついでに確認したが、記憶を上書きされる前の私物は処分されたみたいだな》
《処分……って、捨てられてたの!?》
《ナナリーや空に関わるものは全て、だな。
偽りの記憶の邪魔にしかならないから》
《そっか……。
そう、だよね……》

聞いてて苦しくなってくる。
淡々と告げる声になおさら悲しくなってきた。

《……だからあたしの部屋、引っ越したみたいに何も無かったんだ。
それじゃあナナリーのも全部……》
《部屋にあった物も、ナナリーが大事にしていた物も全てだろうな》
《あいつら……!!》

ナナリーの目が見えるようになった時の為に、と写真をたくさん残していたはずだ。
寝る前にルルーシュが読んでいた本もあった。
一生懸命折った鶴だってあった。
あたしの知らない宝物もたくさんあっただろう。それを全部。

自分の奥で熱いものが煮えたぎる。 
怒りが、抑えられない感情が押し寄せて溢れてくる。
熱いものが瞳のあたりからにじみ出てきた。

あいつら本当になんてことを! なんてひどいことを!!

《……泣いているのか》

今話したら目の辺りが決壊しそうだ。
悔しい気持ちが喉で詰まって苦しくなる。

《気に病むな。ここはいつまでも住み続けられる場所じゃないんだ。
ナナリーもそれを分かっていて、私物を多くは持たなかったんだ。
時がくれば痕跡を消すつもりだった。それが早まっただけのことだ》
《ルルーシュが自分から手放すのと、誰かが踏みにじって勝手に処分するのは全然違う》

ぐ、と呻き、口を閉じる。
これ以上喋ったら声を上げて泣き出してしまいそうだった。
ルルーシュは寝返りを打つ。
いつかやってくれた腕まくらの時みたいに腕を伸ばしてくれた。
こっちを見てくれている。 
霊体だけど、あたしもゴロンと横になった。

《本当に失いたくないものは俺とナナリーの心にちゃんと残っている。
だから、もういいんだ》

慰める声は優しくて、押し寄せて噴出する怒りを穏やかに鎮めていく。
不思議だ。自分ではどうしようもできなかった激しい感情をルルーシュが和らげてくれる。
すとん、と心が落ち着いた。
 
《……ルルーシュは強いね》
《そうじゃないと世界は変えられないからな。
空だって無敵だろう。
皇帝のギアスはおまえの記憶を書き替えられない。C.C.もな》
《うん。全然怖くない》
《空なら見つめそうだな。
皇帝の、あの瞳を正面から》
《そうだね。まっすぐ見つめるかも。
絶対目をそらさないよ》
《強いな》

楽しそうに微笑むルルーシュをすごく、すごく抱きしめたくなって。

《愛してるよ、ルルーシュ》

言葉が自然とこぼれてしまった。
紫の瞳をわずかに見開き、切なそうに顔をわずかにしかめる。

《心に……たくさん積もっていくばかりだ》
《え?》
《前に井上に聞いたことがある。
好きの気持ちが心に積もったら『愛してる』になると》

ルルーシュは柔らかく目を細めた。

《『好き』よりも強い気持ちが俺の心にずっと積もり続けている。
抱きしめたい、と何度も思ってしまうんだ》
《あたしも。
ルルーシュをたくさんギューってしたい》
《たくさん、か。
なら俺はそれより多く抱きしめる。絶対にだ》

ルルーシュの腕がわずかに動く。
ギュッとしてくれたような動作だった。

《明日以降、ギルフォードが動き始めるだろうな。
総督代行として、捕まっている扇達を表に引っ張り出して……》
《なんとか監視の目をかいくぐって動かないといけないね》
《その為に俺は……。
……そろそろ寝なきゃいけないな。俺が寝たら好きな所に行ってくれ、空》
《ううん。そばに居たいからここにいる。
おやすみなさい、ルルーシュ》

目を閉じてすぐに眠ったのか、小さな寝息が聞こえてきた。
きっとひどく疲れただろう。
今日は全てがひっくり返るほど忙しい一日だったから。

今まですり減り続けていた心が、満たされて形を取り戻す。
これから先、何があっても寂しくない。
ひとりになっても大丈夫だ。ルルーシュとたくさん話したから。
本当に無敵だ。
今なら何だって出来そうな気がした。

寝顔を眺めていたら、みるみるうちに夜が明けた。
差し込む朝日で室内が明るくなり始めて、ルルーシュがそっとまぶたを開く。

《ルルーシュ、おはよう》
《……ずっと居たのか?
本当に居てくれたんだな……》

身体を起こす。ルルーシュはぼんやりしていた。

《おはよう、空》

黒髪が少し跳ねている。
寝起きの姿はすごく貴重だった。


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