4話/どうして『泣くな』と思うのか


「今のお前は迷惑をかけていないし、今の俺はストレスを感じていない。
ずっと俺を尊重していただろう。
そんなお前だから『いてもいい』と思ったんだ。
お前がもたらす情報を今は活かせていないが、いつか必要になると俺は考えている。
だから、今はまだここにいてもいい。
終わりは俺に決めさせろ」

本心から出た言葉に、俺自身驚いた。
いつの間に、そう言える心境になったのか。

ひとりになった後、考える。

得体の知れない何者かに話しかけられたあの日、去年の秋に見た映像作品に出てきた幽霊が頭に浮かんだ。
そして、その後がひたすら恐ろしかった。
日常を破壊されたように思えて、
静かな湖に岩を投げ込まれているように感じて、
気が抜けず安心できない日々がずっと続くのを覚悟した。
『違う』と思い始めたのはそれから数日後だ。

《誰かがそばにいる時は話しかけない。
情報を、いろんな情報を持ってくるから……だから……。
誰もいない所で話しかけてもいい……?》


頭に浮かんだ幽霊と一致しなくなった。
俺に害を与える事は無さそうだとすぐに気づいた。

《ルルーシュ》

どうしてそんなにも嬉しそうに俺の名を呼ぶのか。

容姿は不明だが、どんな表情をしているか頭に浮かぶほど、感情豊かな声をしていた。分かりやすいヤツだった。
反応しない俺に独り言を呟いて帰っていく。至恭至順に。
ひと月もの間、ぼろぼろに泣かせるまで無視し続けた。

《寂しいよ……》

その声を思い出す度、取り返しのつかないことをしてしまった気分になる。

《うん。全部守る。
ありがとう、ルルーシュ》


だからこそ、笑っているのが目に浮かぶ声は聞いていてホッとした。
どうしてそんな気持ちになるのか俺自身分からなかった。

《もちろん!
あたしはルルーシュを助けたい。ルルーシュの力になりたいの》


その言葉に思ってしまった。
頭上に広がる雲ひとつない空のようだ、と。
どうしてそこまで言えるのか。
理由を聞いて納得はしたがそれでも引っ掛かる。
ただ似ているだけの男相手にそこまでは尽くせないはずだ。
……いや。そこまでさせてしまうほど、俺の存在は大きいんだろう。
どこも触れず、誰とも話せず、誰にも気づかれず、眠ることすらできない。
自分の声が聞こえる人間がいたなら、すがり付きたくもなるだろう。

《……いつまでも取り憑いてたらルルーシュに迷惑かけちゃうし、そろそろ終わりにしなきゃ、いけない、って思って》

なのに自分から離れようとした。
俺の為と思って、やっと見つけた話し相手を自ら手放そうとした。
独りに戻るのを分かっていて。
寂しさに押し潰されて泣いたくせに。

《……ごめん。ありがとう……》

泣いている声にいつだって胸が苦しくなった。
奥のほうでズキリと痛み、そして強い気持ちが浮上する。
『泣くな』と思った。
晴れた日の空みたいに笑っていろ、と思ってしまう。
どうしてそんな気持ちになるのか今でも分からない。
シャーリーや会長の涙なら少しばかり動揺するが、相手はよく知らない幽霊だ。
なのにどうしてこうも平静ではいられなくなるのか。

考えても答えは浮かばなくて、すっきりしないモヤモヤを追い出すようにため息を吐く。
今は気持ちを切り替え、他の事を考えよう。
あいつは『空にいて』と言っていた。

上空にいても声量は少しも変わらなかった。
人と人が話す距離じゃなくても、どれだけ離れていても、幽霊とは会話できるのでは?
携帯で通話するように。

調べて、もし別の場所にいるあいつからリアルタイムで報告を聞けたら。
おもしろくなりそうな予感がして、自然と口角が上がってしまった。


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