5話/大切なものはクラブハウスが小さくなるほど上昇し、ゴロンと宙に横になる。
視界に広がるのは星空だけ。プラネタリウムみたいだ。
今だけはこの姿で良かったな、と思える。
さよならを覚悟したけど、まだここに居られてホッとした。
『もう必要ない』と言われる日が来るまで、ルルーシュの為に全力を尽くさないと。
それに、引き続きロロにも目を光らせたい。
あの時出会った少年と同一人物か確認できたらいいんだけど。
情報収集しながらナナリーとC.C.を捜して。それから……
《空、いるか?》
……ルルーシュが呼んでる。
聞こえるはずのない声にビクッとした。
《まだ近くにいるか?》
《は、はい! 今星を見てる!!》
慌てて地上へ視線を落とせば、クラブハウスの前にルルーシュが立っている。
こんな距離でも会話できるの?
《星? 近くにいるのか?》
《ううん上空だよ! 東京タワーくらいの高さにいる!!
戻るね!!》
ものすごいスピードで下降し、秒で到着する。
ルルーシュはパジャマの上にカーディガンを羽織り、キョロキョロとあたしを捜していた。
《ルルーシュどうしたの!?》
《……いや。ひとつ確認したかった。
邪魔してすまない》
《なんだ……よかったぁ……。
緊張事態かと思った……。
何を確認したかったの?》
ルルーシュは景色をジッと見つめる。
会話に集中する時の顔だ。
《今、お前は俺のそばにいるか》
《うん。同じ目線で立ってるよ》
《そうか。ならちょうどいい。
どれだけ離れても話せるかどうか調べたい》
《わかった。声出したままあっちに行くね。
あたしはどこまで行けばいい?》
《ひとまず校庭まで。
俺は動かずここにいる》
背後で扉がわずかに開く。
ロロだとすぐに気づいたけど、隙間からこちらを覗き見る姿はホラー映画みたいに怖くてビクッとした。
「兄さん。こんな時間に何してるの?」
「……あ、ああ、ロロか……」
さすがのルルーシュもビビってる。
ぎこちない声だ。
「ごめん、眠れなくて……星を、見てたんだ。
一緒に見るか……?」
その言葉にロロはわずかに目を細める。
キィ、と音を立てて扉を押し開け、外に出た。
空を仰ぐロロは年相応のかわいい顔をしていた。
「雲がひとつも無いね」
「ああ。ここまで星が出てるのも珍しいよな。
ロロは覚えているか? 昔、こんな星空を一緒に見ただろう」
「……すごく久しぶりだよね。兄さんとまた見れて嬉しいよ」
控えめに微笑むロロの声はわずかに固い。嘘をつくのが下手だな。
今どんな気持ちで話しているんだろう? 存在しない過去なのに。
《あたしは遠くの空飛んでる。
また朝にね、ルルーシュ》
《あ、ああ……ありがとう》
すぐにその場を離れ、屋根までひとっ飛びする。
ベタッと貼り付いてランペルージ兄弟を覗き見た。
ルルーシュは遠い星を指差す。きっと星座を教えているんだろう。
熱心に聞くロロの笑顔は明るい。
ふわりと笑う兄は頭を撫で、はにかむ弟は心の底から喜んでいる様子だ。
あれは嘘でも演技でもない。
仲の良い兄弟のやり取りだ。
全くの別人かもしれない。
でも、もしあの時の少年なら、人間味溢れる表情を見ることができて安心した。
弟役じゃなかったらよかったのに。
屋根から飛び降り、ルルーシュのそばに着地する。
《ルルーシュごめん》
《……遠くに行ってないんだな。どうした?》
《ロロ君に聞いてほしいの。
今、大切なものはあるか?って》
星空を見上げるルルーシュの眉がピクリと動く。
《大切なもの? なんだいきなり》
顔には出さないけど、心の声は疑問で満ち溢れている。
兄弟のやり取りに割って入る形で戻ってきたから当然の反応だろう。
《お願い。必要なの》
ルルーシュは心の声でため息を吐いた。
「そうだ、ロロ」
空に向けていた視線をロロに戻し、ルルーシュは微笑みかける。
「ロロには今、大切なものはあるか?」
「え?」
突拍子もない話にロロはキョトンとした。
「ふと、思ったんだ。
ロロが大切にしているものを守れるのは俺しかいない、って」
「どうしたの兄さん、そんな改まって……」
「変か? 俺がこういう事を言うのは」
「いつもと違う。何か心境の変化でもあったの?」
「ちょっとだけな。
今日リヴァルと見た映画で少し影響されたのかもしれない」
「そっか。
僕の大切なものは……。
……物じゃないけど、大切なのは兄さんだよ。兄さんしかいない」
にこりとロロは笑うけど、笑顔の仮面をかぶっている表情だ。
弟役としては満点の答え。
でも、用意されている台本を読んでいるみたいに嘘臭い声だ。
本当は大切なものなんて無いんだろう。
ルルーシュは柔らかく笑った。
「ふふ。そうか。
俺もロロが大切だ。
大切だと思えるのはロロしかいない」
偽りのない声で、心からそう思っているような声で言ったルルーシュのそれに、胸の奥まで刺された気がした。
ルルーシュの声が遠ざかる。
違う。あたしが離れたんだ。
クラブハウスに侵入し、廊下を低空飛行する。
聞きたくなかった言葉から無意識に逃げていた。
《ロロしかいない……》
そんな事を言ってしまう記憶にしたギアスは一体いつまで続くんだろう。
ずっとこのまま、なんてことは絶対にない。
ギアスが解除される何かが起こるはずだ。
だって“コードギアス”はまだ20話以上残ってるんだから。
解除方法はおそらく“ギアスをかけた人間が死んだら”かな。
C.C.に聞かないと分からないけど。
ルルーシュが全てを思い出すにはそれしかない。
もしギアスをかけたのがロロなら、頭を撫でられて嬉しそうにしているあの子が死ぬことになる。
《嫌だな……》
呟き、ハッとする。
どうして嫌だと思ってしまうんだろう。
ルルーシュを監視する為に弟役として居座っている人間なのに。
あの少年とは別人かもしれないのに。
頭では分かっていても思ってしまう。
死んだら嫌だ、と。
確かめるしかない。
同一人物だと思える言動をロロがするかどうかを。
──────と、いうことでロロの部屋にヌッと入り込む。
電気が消された空間は暗く、家具が最低限で殺風景だった。
本物の幽霊になったつもりで一切喋らないでおく。
弟のプライベート空間に侵入したのをルルーシュに気づかれたら、あたしはきっと一生無視される。
独り言は禁止。無言を貫かないと。
暇潰しで監視カメラを探していれば、扉が開いて部屋の主が帰ってきた。
「ロロ、こんな時間まで付き合わせてごめん」
「いいんだよ。兄さんとゆっくりできて嬉しかったから。
たまにはこんな夜もいいね」
「ああ。また星を見よう。
おやすみ、ロロ」
「おやすみなさい、兄さん」
ロロのそれは、ふわりと微笑む顔が思い浮かぶ声だった。
無音で接近して顔をまじまじと見る。
思った通りの柔らかい表情をしていた。
ルルーシュが行った後、扉が閉まる。
廊下から差し込む明かりが遮られて暗くなった途端、ロロは弟の仮面を外して無表情になる。
あの少年と同じ顔つきをしていた。
ポケットから携帯を出し、片手に持ったままベッドに進む。
そのまま寝そうだ。追いかけないでおこう。
横になった後、オルゴールの音が聞こえてきた。
曲は違うけどこれは……ルルーシュにもらったペンダントみたいだ。
懐かしい気持ちに泣きそうになって、ふわふわとベッドまで近づいた。
ロロは目を閉じている。
音の出所は携帯のストラップで、眠る前にいつも聞いているのかもしれない。
このまま朝まで寝顔を見続けるのは悪趣味だ。
同一人物かどうかなんて、そんなのすぐには分からない。
ルルーシュのそばにいる弟役の顔じゃなくて、監視部屋にいるロロが見たいな。
そこなら本性が現れるはず。
明日から侵入しよう。
見たいものが見れたらいいんだけど……。
***
知ろうとすれば、見たくないものだって見てしまう。
この時のあたしはそんな考えなんて頭に浮かばず、覚悟なんて全然していなかった。
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