きみにより思ひならひぬ世の中の
人はこれをや恋といふらむ

#7

わたしの名前はおりょう、椿様の側仕えであり御庭番でもあります。
武田の姫である椿様を幼少の頃よりお世話申し上げております。

突然ですがお仕えしている椿様にはお慕いしている殿方がいらっしゃいます。
お相手は幼少の頃より共に育った真田幸村様です。

椿様の御母上がお亡くなりになりまだ間もない頃。
いつも笑顔を絶やさなかった姫様も流石にお寂しそうに肩を落としてらっしゃいました。
まだまだ甘えたい盛りですもの・・・。
そんな椿様のお慰めになれば、と遊び相手としてお館様が連れてこられたのが、御父上とともに登城されていた弁丸様でした。
同じ年頃ということもあり、おふたりはだんだんと打ち解けていかれました。
元気に駆け回るおふたりの後を猿飛様と一緒に追いかける日々です。
弁丸、椿、と呼び合う幼きおふたりのなんと仲睦まじいこと。

そんなおふたりが惹かれあうのも当然のことにように思います。
お嫁さんになりたい、と花のようにかんばせをほころばせていう幼い椿様のなんと可愛らしかったこと。

姫様は完全なる片思いだと思ってらっしゃいますが、そんなことはありません。
りょうは存じております。
姫様の恋慕は決して一方通行ではないことを。





そして時とははなんて残酷なんでしょう。
真田様が元服なされた頃のことです。
元服祝いの宴席で家臣のうちのどなたかの発言でした。
私は宴の席で給仕に借りだされておりました。

「真田殿ももう元服された身なのだから、主家の姫様であらせられる椿様と軽々しくお会いになられませんよう」

だったかしら。そのような意味でございました。
そのお方は周りに聞こえないようにこそこそとお話しておられましたが、まったくに不要な御注進でございます。
せっかくの宴の席に水を差してくれたのですから。
わたし、忍ですから耳もいいので、もちろん見聞きしたことはすべてお館様にご報告申し上げました。


そして真田様はその時知っておしまいになったのです。
世間というものを。世の中というものを。他人の悪意というものを。
他人の目には自分たちがどのように映っているのかを。

嗚呼、あのまま何も知らず純真に、無垢に、愛らしい幼馴染のおふたりでいらっしゃればどんなに良かったか。

この不出来な家臣にはもちろん私が“ちくり”とやらせていただきましたとも。ええ。
今に思えば、既にお館様への覚え愛でたき真田様への意趣返しだったのでしょうね。まったく矮小なことです。
そのことで猿飛様も色々と励ましていらしたようですが、真面目な性格の真田様のこと、徐々に椿様と直接お会いになる回数は減っていきました。


元服されてから年を追うごとに、日に日に、部屋を訪う回数の減る真田様に椿様も何かに気付かれたのか、何も仰らず、お寂しそうに肩を落とされていました。
おふたりが公式の場でお会いになるのは年に数回あるかないか、だったでしょうか。
ご普段通り執務や政に励まれていましたが、気丈に振る舞われるそのお姿がりょうには逆に御労しく御座いました。

どこかで風聞をお聞きになったのか真田様に縁談ありと聞きつければ、それはそれは痛ましそうなご様子でした。
その頃でしょうか、椿様がたまに少しお早くご起床なされては真田様の鍛錬する姿を影からこっそりご覧になるようになられたのは。
真田様が元気に鍛錬に励まれる姿を見て、会えぬ不満をお慰めになっていたのでしょう。

椿様は今日も元気に励んでいた、横顔が凛々しかった、と頬を赤らめられ朗らかなお顔で戻ってくることもありましたが、
幸村が見知らぬ女子と笑っていた、とひどく泣きそうなお顔でお部屋に帰ってこられることもありました。

大切な椿様を泣かせる真田様を何度を逆さづりにしたくなったかわかりません。
正直なところいい加減、きちんと椿様を娶るなり、他家から嫁を貰うなり、他家へ婿入りするなり、白黒はっきりとつけてくれればいいのに。

あれはつい先日のこと、わたしと真田様の忍の猿飛様が揃ってお館様に呼び出されました。
といっても、こういうお呼び出し自体はよくあることですよ、なんたって私は椿様の、猿飛様は真田様の担当ですからね。
分かりやすく言えば定例会、といったところでしょうか。


「・・・幸村に椿を娶わせようと思う・・・」

「まぁ!やっとですね!」
「お、大将が動くんですか?」

「いや、ちゃんとふたりに動いてもらうぞ?」


儂はただきっかけを作るにすぎん、とここでも智将ぶりを発揮されているようです。
おふたりにはきっかけがないことには同意致します。
いまも出口のない迷い路をぐるぐると彷徨っていらっしゃるのですから。
お館様はその出口を作ってくださるというのでしょう。

「そうと決まれば、わたしは花嫁衣裳の支度をしても良いでしょうか?」
「え、おりょうちゃんそれはいくらなんでも早くない?」
「あら、花嫁の支度に早すぎるなんてことは御座いません!」

りょうは椿様の望まれるお幸せを第一に考えております故。
私の言葉に、うむ、とお館様も頷いている。
花嫁衣裳なぞ、一朝一夕に出来上がるものではないのですよ!


「猿飛様もちゃんと花婿衣裳を用意しておかないと肝心な時に痛い目を見ますよ」
「へいへい、ちゃーんとお仕事しますよっと!」
「三国一の衣裳を用意しますわよ!」


そうと決まれば忙しくなります!
お館様の策をお伺いして、本日の定例会は解散となりました。








・・・



おふたりが試合をした日から椿様の長年の願いがついに叶われたのです。
あの方の願いは慕う殿方から慕われる、ただそれだけだったのです。
椿様は、おふたりは、ついに迷い路からお出になられた。
きっかけはお館様だったかもしれませんが、おふたりはちゃんとご自分のお力で出られたのだと思います。

まるで幼き日のおふたりの情景の続きのように、縁側に腰掛け談笑する仲睦まじいご様子にりょうの胸は温かくなってくるのです。
真田様の隣でお幸せそうに頬を赤らめて微笑む椿様のなんと絵になることか。


「りょう!こっちにきて一緒に団子を食べよう!」


あら、ぼうっと眺めていたら見つかってしまいました。


「うふふ、りょうがお邪魔してもよろしいのですか?」
「あぁ!佐助が持ってきたんだ、美味しいぞ!」
「まあまあ!」



貴女様の幸せがわたしの幸せ、なんて何方の言葉でしたでしょう。


あとがき

あなたによって「思い」というものを学びました。世の中の人は、これを恋というのでしょう。


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