思ひせく胸のほむらはつれなくて
涙をわかすものにぞありける

#6

朝日が昇り、雀の鳴き声がどこからともなく聞こえてくる。
城の至る所から人の気配がし、廊下を歩きまわる足音が聞こえた。
椿はぱちりと目が覚め、起床した。


椿の目覚めた気配に気づいたのか、侍女のおりょうが襖越しに言う。

「椿様おはようございます。お召替えを致しましょう」
「おはよう、りょう。頼む」



とうとう待ち望んだ日がやってきた。
この日の為に父から言い渡された男たちをすべてなぎ倒してきた。
最後に幸村と勝負をするため。
思い人を勝ち取るため。

何としても堂々と思い人を手に入れる。誰も何も文句を言わせやしない。
自分はきっと勝てる。日々研鑽に励んでいたのだから。
そうでも思わなければ、椿はとても勝負を挑めなかった。


幸村の今日の予定は佐助を通して根回し済みだ。
椿は戦装束に身を包み、道場で鍛錬に励む幸村に声をかけた。


「幸村、これから私と闘え」
「椿様!?そ、それは、どういうことにござりましょうか!」

狼狽えた様子で、幸村は振り返った。


「これまでの勝負と同じようなものだ。だが、私が勝った暁にはお前は、私の婿となるんだ」
「・・・・承知仕った・・・」
「では、外の鍛錬場で待っている」


椿は言いたいことだけ言って、道場を後にした。
残された幸村がどんな表情をしていたか知る由もなかった。



幸村はすぐに城で割り当てられている自室で着なれた赤備えの戦装束に召し替えた。


「とうとうこの日が来た・・・」


槍の柄をぎゅっと握りこみ、数回深呼吸をすると外へ向った。




・・・




幸村が野外の鍛錬場に到着すると、凍てつくような落ち着いた炎を揺らめかせた椿がそこにいた。
先程着ていた道着から戦装束に着替えた幸村がそこに現れた。
本日は人払いをしてあるのか、いつものような大勢の観衆はおらず、しんと静まり返っていた。

勝負の見届け人となった、おりょうと佐助が見守る中戦いの火蓋は切られた。


本番の戦さながらの身のこなしで、鬩ぎ合う両者。

火柱があがり、炎が渦巻く。

金属音が響き渡る。

そして勝負はあっさりと着いた。
椿は双刀を弾き飛ばされ地面に膝を着き、喉元に槍を突き付けられていた。



「あぁ!!」
「姫様、某の勝ちだ」
「・・・!!っ、お前!そんなに私の婿になるのが嫌なのか!!!」
「ちが、椿、そういうことでは!」
「いやだ!!聞きたくない!!!」


圧倒的負け。椿の脳内にそんな言葉が響く。
何故、何故負けてくれないのかこの男は!!
それさえしてくれれば、堂々と目の前の男を手に入れることが出来るというのに!


「なんで・・・なんで・・・なんでお前はっ!!!」


今日までに張りつめていた糸が切れ、涙が堰を切って溢れ出した。
もういい!何もかも無駄だった!と叫んで屋敷の方に走って消えてしまった。
椿様!とおりょうも後を追っていく。


「あーあ、泣かせちゃって〜。旦那、ここは男を見せる時なんじゃないのー?」
「わかっている・・・その為に俺は勝負に勝ったのだ」
「いってらっしゃい、いい報告待ってるよ」


佐助は静かに幸村の背中を見送った。








椿を探さねば・・・幸村は二槍を佐助に預け後を追いかけていた。
最初に思いあたった、彼女の自室を訪ねれば、襖の前には侍女のおりょうがいた。


「椿は・・・」


おりょうは一度だけ頷くと、すれ違いざまに、これ以上椿様を泣かしたら屋敷の屋根から吊るしますよ。と低い声で釘を指すと音もなく消えた。


ゆっくりと部屋の襖を開ければ、椿は部屋の中央で膝を抱えて子供のようにすすり泣いていた。
一つにまとめていた髪を下ろしてはいるが戦装束のままだ。


「椿・・・」
「・・・・、」

入室して静かに襖を閉める。
到底こちらを向いてくれそうにはない。
膝を抱えて顔を伏せている椿の前に腰を下ろした。

「聞いてほしいことがあるのだ・・・」
「・・・・・」
「俺はお館様と賭けをした。椿と闘い俺が勝てば椿を嫁に迎えてもよい、と」
「!」

椿がはっとして顔を上げて幸村を見た。
その瞳は涙で赤く腫れていて、少し痛々しい、でも自分のことで目を腫らすほど泣いてくれて嬉しいとも思う。

己から目を離して欲しくなくて、幸村は椿の頬を両手で包み込みこちらを向かせる。
そして言の葉が椿に沁み込むように、落ち着いた声音で言う。


「良いか、俺が椿に勝ったのだ。椿は俺の嫁になれ」
「っ!!」
「嫌か?」


椿はふるふると頭を横に振る。
そしてそのままくしゃりとそのかんばせを歪めてまた涙を流していた。
幸村の目頭もじわりと熱くなった。

「ひ、ぅ、く・・・」

また泣かせてしまった、と思いながらも口許の笑みは止められない。
椿からの返答も聞きたい。
答は決まり切っているが。否は言わせない。


「それで、俺のものになってくれるのか?」
「な、る・・幸村の・・もの、にしてくれ・・、」
「欣快の至り」


頬を包んだ手をそのまま引き寄せて、椿の口を吸えば、控えめに胸板に縋る手が殊更に愛しく感じた。
開いた唇の間に舌を差し入れいれれば、驚いたのか椿の頭が勢いよく離れて行った。


「、ふぁ、・・ばか、幸村の、おおばかものぉ!」
「すまぬ・・・椿・・・遠回りしたな・・・」


顔を真っ赤にした椿を胸板に強く抱きこめば、おとなしくなった彼女につむじに唇を押し当てた。
そうして二人は気の済むまで抱き合っていた。



「もう嫌と言われても離さんからな・・・」
「・・・幸村・・・望むところだ」





・・・


幸村が椿に勝ったことはその日のうちに城中に広まることとなり、一連の婿取り騒動は終結を迎えたのだった。



「やあっとくっついたねぇ」
「えぇ、えぇ、椿様もお幸せそうです」


勿論話を広めたのは功労者のこの二人である。




あとがき

貴方を想うこの胸の炎は、無情に私の涙を沸騰させます。
ひとまず終演!


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