黒髪の乱れもしらずうちふせば
まづかきやりし人ぞ恋しき

#8

この近くに奥州の伊達政宗が来ている、との佐助の伝令を聞いて幸村は単騎飛び出していってしまった。
せっかく椿が茶を点てていたというのに・・・。

茶室にひとり残された椿は怒りでぶるぶると震えていた。
手の中にあった茶杓がボキリと音を立てて折れた。

(またしても、伊達政宗・・・く!!!)


そして陽も傾き、夕餉の時間も迫る頃に幸村は帰宅した。
帰ってきた幸村はスッキリしたと言わんばかりの晴れやかな顔をしていた。

それを見た椿は自分の中のもやもやが増大するのを感じる。


「ただいま戻った!」
「あぁ幸村、おかえり」

玄関での出迎えもそこそこに、幸村が気付いた時には椿は何処ぞへ消えてしまっていた。

「あれ?姫様どうしたの?」
「わからぬ・・・」

「椿様なら道場ですよ」
「道場に?」

側に控えていたおりょうが木剣を奮う動作とともに行き先を教えてくれた。


椿は幸村を出迎えても増大するばかりの悋気のもやもやもを、木剣でも振って発散しようと道場に来ていた。
ここで誰か相手に当たれば、それは完全なる八つ当たりに他ならない。いらぬ迷惑をかけてしまう。
これは己でどうにか片をつけねばならぬことなのだ、とひたすら木剣を振っていた。

(幸村は私のものなのに・・・いつもいつもいつも、あぁああああ!!腹が立つ伊達政宗!!)

殺意が高まるばかりで効果はあまりないようだ・・・。
妬しさと苛々しさはいっこうに収まる気配はない。







おりょうのいう通り道場を覗けば、そこに椿の姿はあった。
一心不乱に木剣を奮っているようだ・・・。


「椿・・・・」


ふと、椿の手元をよく見てみれば木剣を握りすぎたせいか手を擦りむいてかすかに血が滲んでいた。
幸村は肩に手を置いて停めさせようと試みた。

「椿、血が出ている、もうその辺でやめ、」
「っ!!触れるな!」

椿は身をひるがえして、振り下ろされた木剣を幸村は右手で掴んで止めた。


「何があった・・・何に怒っているのだ?」


ふうふうとこちらを睨む様はまさしく毛を逆立てた手負いの猫のようだった。
負けじと猫を腕の中に閉じ込めると、不意にぐいと体重をかけられて床板に倒されてしまった。
幸村はとっさに受け身を取ったが、打ち付けてしまったのか後頭部がすこし痛む。

腕の中の椿は本当に猫のように顔を幸村の胸板に押し付けて丸くなっていた。

「椿?」
「、っ、・・、ゅ・・・、」

大人しいので心配になって声をかけてみれば、蚊の鳴くような小さな声が聞こえた。
あまりにも小さい声なので幸村が聞き返せば、椿はがばりと身体を起し、いまにも泣きそうなくしゃりと歪めた顔をしている。
幼子のような椿の表情に、幸村は己の心臓がぐっと鷲掴みされたような感覚を覚えた。


「ぅ、っ、、幸村は私のなのにぃ・・・」
「!!」
「お前は、何かとあれば、いつも、いつも、伊達のところに行って!!!」
「ぐ、相すまん・・・」
「何が好敵手だ、何が蒼紅だ!!私を!蔑ろにして!!くそ!!」


幸村の耳に届くのはどれも独占欲を現した言葉で、自分の顔に熱が集まるのがわかった。
さっき掴まれた心臓もばくばくと音を立てて鳴っている。

余程腹に据えかねていたのか、椿は幸村に馬乗りになり、握った拳でぽかぽかと胸を叩いた。


「私と伊達とどちらが大切なのだぁ!」
「もちろん椿でござるよ」
「虚言を!嘘をつくな!!」


「椿がおらねば、俺はもう生きてはいられぬよ・・」
「・・まことに・・?」


「俺の椿、俺の紅き華、・・・俺のすべてはお前のものだ」
「ぁ、あ、、っ!!」

幸村の真っ直ぐな物言いに、椿が顔どころか全身が熱くなるのを感じた。いまにも湯気を立てて沸騰してしまいそうだった。
頬に添えられた手に引かれるまま、互いの吐息のかかる程顔を近づけて熱い炎が灯る目で見つめられれば、先程の勢いはすっかり消え失せて何も言えなくなってしまった。

幸村の瞳の奥にゆらゆらと炎が見えて気がした。
熱い視線に恥ずかしさから椿が耐えきれなくなり、きゅっと瞼を閉じると、顔を引き寄せられ口を吸われた。
椿が逃れようともがいても、何時の間にやら後頭部の髪に手を差し入れられてがっちりと固定されてしまっている。
上唇を食まれ、しゃぶられて、文字通り食べられそうになってしまう。
無防備に開いた脣から舌を差し入れられて、椿は息も絶え絶えだった。

「ふ、んん!?」

腕に力を入れて離れようと試みるも、幸村の胸板はびくともしない。
椿の抵抗も空しく、存分に脣を、口腔を、貪られてしまう。

やがて椿の全身の力が抜け、くたりと幸村の上に落ちてくるまで口吸いは続いた。
脣が離れ、忘れていた呼吸を思い出すかのように椿は浅く早く息を吸う。

「これでわかってくれたか?」

対象的幸村は息すら乱しておらず、唾液に塗れた口許を舌なめずりしている。
扇情的な様子で椿を誘ってすらいるようだ。

「っ〜〜〜〜〜!!」

もう椿は何も言葉にならず、せめて真っ赤になった自分の顔を見られまいと幸村の胸板に押し付けることしかできなかった。


あとがき

黒髪の乱れるのもかまわず横になれば真っ先に、(この髪を)かき上げた人が恋しくなるのです。

返り討ちです、マイレディー。
(実は毎回政宗にむちゃくちゃ嫉妬してた話でした!)


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -