あさましや こは何事のさまぞとよ
恋せよとても生むまれざりけり

#5

前田慶次は、実家である加賀を飛び出し諸国を気ままに旅している。
そんな慶次はいま甲斐の国にきていた。

城下の団子屋で休んでいると、慶次が旅人だと話すと店主が面白い話を聞かせてくれた。
いま、この甲斐では武田の御姫様が様々な男たちと一対一で試合をしているという。
なんでも勝負に勝てば己の婿にしてくれるというのだ。

武田武者の武芸の英才教育を施されたいう彼女の腕前は一人の武将にも負けず劣らずなんだ、と店主は自慢げに言う。
甲斐に咲く紅き華、と覚え愛でたしお姫様は一体どんな人なんだろうか。
慶次は単純に興味が湧いた。


「俺でも婿にしてもらえるのかねー?」
「兄ちゃんも強そうだが、椿様はそりゃあお強いからなぁ!どうだろうね!!」
「そりゃ楽しめそうだ!」
「姫様に怪我させないどくれよ?」



・・・


今日も順調に試合をこなす椿。
二人目の相手を下したところで、周りを取り囲む観衆がざわめいた。


(何の騒ぎだ・・?)
「椿様!新手にございます!」
(新手?)


駆け寄ってきたおりょうがそういうと、観衆の中から頭一つ飛び出した男がごめんよ〜と人垣をかき分けてこちらの方に出てきた。
背中にはその身の丈よりも更に長い大太刀を背負っている。
頭には羽根をさして、髪を一つに結わえて後にたなびかせていた。


(これまた随分な傾奇者・・・)


だが腕前は相当なものなのだろう、一瞬にして椿は相手の力量を感じ取っていた。
今日まで闘ってきた相手とは比べるまでもない実力の持ち主だ。


「勝負に勝ったら婿にしてくれるっていう噂のお姫様ってのはあんたかい?」
「いかにも」
「へぇ!」


「じゃあ、早速一勝負と行こうぜ!俺は前田慶次ってんだ!」
「お初にお目にかかる、武田信玄が娘・椿、お相手仕る」



互いに得物を抜いて構えると、はじめ!の声が響いた。



「椿姫さん、あんたなんでこんな試合を?」
「欲しい、ものがあるのだ」
「それっていい人かい?」
「そうだな」


―キィイン キィイイン
鍔迫り合いの音が響く。
勝負は拮抗しているようだ。


「そのお人に恋してるんだねぇ」
「最早これは恋と呼べるほど可愛らしいものではないがな」


眉根をぎゅっと寄せ自重じみた苦しい声色で椿はいった。


椿は試合中にも関わらずつい先日のことを思い出していた。
起床し、日課の朝の鍛錬をしているであろう幸村を一目見ようと、道場に足を向けた。
そして彼女は見てしまった。
新入りの侍女だろうか、見知らぬ年頃の女子と一緒にいる幸村の姿を。
ただ一緒にいるだけなら椿も何も思わなかっただろう。
二人は二、三言、言葉を交わしていたかと思うと、女子がてぬぐいを差し出し、それに幸村が照れたように顔を赤くして、その女子と笑い合っていたのだ。

そんな場面に出くわして椿が耐えられるはずもなく、後ずさりすぐにその場を逃げ出していた。
ずきずきと心の臓が痛み、どろどろとした黒い澱みが椿の心を支配する。

(これはもう執着にも似た、存念、懸想。
彼を独り占めしたいのだと心が叫ぶ。
欲しくて欲しくてたまらないのだ)


「いい顔してるよ、うん。恋してる顔だ」
「そうか?己では良くわからん」


―キィィイイイン!!!!


盛大に炎が舞い上がり、それがかき消えると前田は地面に胡坐をかいていた。
そして晴れ渡ったお天道様のような顔で笑うと、


「あはは!!まいった!まいった!オレの負けだ」


自らの負けを宣言した。


「椿姫さん、好きな人と幸せになるんだぜ!」
「・・・・あ、ああ・・・」


椿が返事をすると、慶次はすたすたと城門への道を進んでいた。


(嵐のような男だったな・・・・)





「すまない、今日の試合はこれにて終いにする」


観衆に宣言して、椿は試合場を後にした。





・・・


「前田殿」
「お、幸村!」

慶次が門から帰ろうとすると、幸村に声を掛けられた。
一体いつのまに現れたのだろう。表情もいつもより強張っているようだ。


「試合中、姫様と何を話されていた」
「え、気になるかい?」
「・・・・」
(わ〜〜すげぇ睨まれてる〜)
「・・・直ちに甲斐の国から出て行かれることだな」

ではこれにて御免、と慶次の話を聞かないうちに先に痺れを切らした幸村は帰っていってしまった。
こんなに堪え性のない男だったっけ?と不思議に思いつつも、その様子に慶次はピーンときた。

「あ〜〜〜そういうこと〜!!!」
「風来坊・・・余計な茶茶入れないで貰える?本人たち真剣なんだからさ・・・」
「あ、猿飛・・・あんたも気をもむねぇ」
「おたくに言われたかないよ・・・」



あとがき

情けないなあ、これは何という有様なのだ。「恋せよ」と(言われて)生まれたのではないのに。
風来坊乱入でした。



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