君や来しわれや行きけむおもほえず
夢かうつつか寝てか覚めてか

#4

椿はおぼつかない足取りで城内を歩いていた。
先日始まったばかりの、“試合”は一日数人にとどめているとは言え、それに加え通常の執務や城の切盛りや雑務に稽古事もある。
流石に連日となれば疲れも溜まってくるというもの。

そして、ひとり廊下でふらついていたところを侍医で軍医の梅之助に目撃され捕獲もとい、保護されてしまった。
医務室で薬湯と茶菓子を出された。
薬湯が苦いので、甘い茶菓子を出してくれた今日の梅之助はなんだか優しい。
いつものお小言ばかりなのに。


「貴方様は何事もやりすぎなんです。加減てものを知らない」

いや、いつも通りのようだった。
はぁ、と深いため息とともに言われてしまえば、椿はぐっと押し黙るしかなかった。
口では誰も梅之助には勝てない。


「う゛」
「ほんとこのまま続けていたらぶっ倒れますよ」
「梅・・脅さないでくれ・・・」
「姫様、これは脅しでは御座いません」


「だって私にはこれしか、このやり方しかないんだ・・・」
「ほんと揃いも揃ってお似合いのお馬鹿さん“たち”ですね・・・」
「む?」
「薬湯、おりょうに渡しておきますからちゃんと飲むんですよ」
「わかった・・・」


ほんと、もっと器用だったらよかったのに。
素直じゃない椿の心はちっとも思い通りになってくれないのだ。








梅の忠告を無視して、試合と執務を詰め込み過ぎて、ついに椿は体調を崩した。
朝起きるとめまいがして起き上がれず布団から出ることは叶わなかったのだ。顔にも血の気はなかった。
いくら健やかさが自慢の彼女であっても、こう詰め込んでは倒れるのは止む追えないことだろう。
梅之助の診察も終わり、椿は自室に寝かされていた。
先程また苦い薬湯を飲まされたせいか、疲れのせいか、にわかに眉間にしわが寄っている。


「椿様、今日一日は安静になさりませ!」
「ぬぅ・・・りょう・・わかった・・・もう小言はやめてくれ・・」
「りょうは暫し離れます故、ゆっくり眠ってくださいまし」
「ん・・・」


おりょうが部屋を去って、部屋もしん・・と静かになる。
窓の向こうではぴちちと小鳥の鳴き声も聞こえる。
重たくなった瞼に素直に従えば、すぐに眠気がやってきた。


(我ながら、愚かだな・・・)


椿が寝入って半時ばかり経った頃、部屋の主も知らぬ来客があった。
遠慮がちに襖をあけたのは幸村だった。
隙間から部屋を見渡せば、彼女の侍女の姿もなく椿は静かに布団で寝ているようだった。
誰にも気づかれぬうちに、するりと部屋の中に滑り入った。


「・・・椿」

倒れたと聞いて心配で堪らなかったからとはいえ、幸村の心中は男子の己が女子の部屋に一人で訪れたことへの罪悪感があった。
だがそれもすやすやと安らかな寝息をたてて眠っている椿を見て安堵してすぐに吹き飛んだが。

少しでも慰めに、と持ってきた花を水が乗っていた盆のそっと置いた。
枕元に腰を下ろすと、無意識のうちに頭を額を頬を撫でていた。
本当に久しぶりに触れた椿の肌は滑らかで心地が良いし、艶やかな長い髪もよく手入れされて、さらりと指で梳けば香油の匂いがふわりと漂う。

よくよく見ると、眠れていなかったのだろうか、目の下にくまが出来ていた。
手のひらで頬を包んで親指の腹でそこを優しくなぞれば、夢でも見ているのか、
それとも手の温もり故なのか、にこと微笑んで幸村の手にすり寄ってきた。


「ん・・・ぅ・・・ゆき・・・ら・・・」
(俺の夢を見ていてくれているのだろうか・・・)


寝言でも名前を呼ばれれば嬉しい。
幸村は椿の夢の中に出ているのであろう己にまで悋気してしまいそうだ。



この部屋は椿の好きな香の匂いで溢れている。

長い髪を一束救って、祈るように唇を寄せた。


(・・早く元気になれ・・・)


―そして可愛らしい笑顔を己に向けてほしい


目を覚まして、気付かれたら・・と思ったが、如何様にも側を離れがたく気付けば幸村は日が暮れるまで椿の寝顔を見つめていた。








椿は夢を見た。
幸せな夢だった。


自分の思い人が、幸村が、頭を額を頬を温かい手で撫でてくれた。
名前を呼んでくれた。
願望が強すぎて夢にまで見てしまったのだろうな、と自虐めいた言葉が頭をよぎる。


(今日の朝起きられなくて・・・それから寝ていて・・・あれ・・もう外が暗い)

ゆっくりと布団から身体を起した。
自分は随分と深く眠っていたらしい。


喉の乾きを感じ、水でもないかと、周りと見渡せば、枕元に飾り紐が結んである花が一輪置いてあった。
りょうだろうか?それとも父上か弟だろうか。


可愛らしい花を手ひらで弄んで思案していると襖の向こうで気配がした。

「椿様、夕餉をお持ち致しました」
「ありがとう・・・頂こう」

りょうが夕餉を持ってきてくれたらしい。
襖が開いて、膳が並べられる。

私の手元に気付いたりょうが言った。


「まぁ、お見舞いでございますね!きっと真田様ですね」
「そうなんだろうか・・・」
「りょうにはわかりまする!」


そうだったらいいな、と椿も思った。





・・・
日中の一コマ

「おりょうってば、わざと見張り手薄にしちゃって〜」
「あら、猿飛様ったら人聞きの悪い。これでおふたりの仲が進展しましたら万々歳でございましょ?」
「そりゃーそうだわ!」
「ですが、ここまで真田様が奥手だと椿様があまりにも健気で健気で・・・」
「うん・・・それは旦那がなんかごめんね・・・」


あとがき

昨夜は貴方がおいで下さったのか、それとも私がうかがったのでしょうか。今となっては夢かうつつかの仕合せの記憶に思い乱れております。
貰った花は押し花にでもしようか。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -