誰がために君を恋ふらむ恋ひわびて
我はわれにもあらずなりゆく

#3 

朝餉のあと、幸村は椿の自室を訪れていた。
昨日佐助から聞いた噂話を己で確かめたかったのだ。彼女はなにを思ってこんな企てを起したのだろうか。
控えていた側付きの侍女おりょうに入室の可否を問う。


「椿様、真田様が来ておりますが」
「・・・この忙しいのに何用だ・・・通して良いぞ」


部屋の下座にすっと座れば、部屋の主人に要件を聞かれる。
まごつく舌を叱咤して幸村は口を開いた。


「ひ、姫様、勝負して婿を取るという話はまことでござるか?!」
「なんだその話か・・・本当だとも」
「っ!!」
「話しはそれだけか、“真田殿”」
「っ!」


手紙でも認めていたのか、紙に筆を走らせていた手を止めて、椿の冷たい瞳が幸村を貫いた。
その冷やかさににごくりと生唾を飲み込み、気圧されぬようにぐっと袴を握る手に力がこもった。


「し、しかしそれでは姫様があまりにも・・・!」
「姫様、姫様とうるさい!!私の名前は姫などではないっ!!」


眉間にしわを寄せ、いまにも泣いてしまいそうな顔で言われてしまえば幸村は二の句が出てこなかった。
いつから己は彼女を名前で呼べなくなったのだろう。


「お前の話はそれだけか。終ったのならもう出て行け」
「ですが、俺は、!」
「出て行け!」


もう幸村はすごすご退室するしかなかった。



「幸村、お前は最後だ。せいぜい首を洗って待っていろ」


誰もいなくなった部屋で椿の独り言だけが響いた。









次に幸村は信玄の部屋を訪れていた。
下座に座する。


「お館様・・・卒爾ながらお話しが・・・」
「おお、幸村か。待っておったぞ」
「??」
「そろそろ来る頃合いと思っておったわい・・・椿のことであろう」
「はい・・・姫様なぜあのようなことをと・・・」

「椿はな、手に入れたいものがあるんじゃよ。そのためにあの勝負を選んだ」
「手に入れたいもの、でございますか」

「幸村・・お主にもあるのではないか?手に入れたいものが」
「、!!」


どうやら信玄は部下の幸村の心の内もお見通しというわけらしい。


「お館様・・・某はそれを望んでも良いのでしょうか・・・」
「お主の頑張り次第じゃ」
「・・・・」


「・・・、某はお館様の掌中之珠を頂戴致したく」

覚悟を決めた幸村は三つ指をついて深く頭を下げた。

「ふふ・・よかろう・・・欲しくば、見事果たしてみろ」
「御意のままに」



入室してきた時とはくらべものにならない程すっきりと晴れた顔で幸村は下がっていった。
幸村が退室すると入れ替わりに床に落ちた黒い影からぬっと佐助が頭を出した。


「いやー!俺様も旦那に発破かけたかいがあったなー!」
「佐助、お主も世話のかかる主を持つと苦労するな」
「あはは〜わかります〜?」


あとがき

誰のためにあなたに恋するのでしょう。恋わずらいをして、私は自分でなくなってゆきます。
別に誰も反対なんてしてないんです。



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