野の鳥が自由だと信じているきみ


 予定通りに、准くんに手を引かれて市内をまわる。初めて歩く知らない街に、既視感を覚えるのはどうしてなんだろう。
 小さな植物園には不釣り合いなくらいの、長いチケット列にふたりで並んでる途中で、コーヒー屋さんの立て看板が目に入った。
 わたしが指差すより先に、准くんが笑顔で頷く。准くんが自分の分、と握らせてくれたお金を片手に店に入る。准くんはコーヒーで、わたしはどうしようか。
 注文をする瞬間は、急に選択肢が増える気がする。期間限定のメニューに気づき、キャンペーンにも気づく。加盟店でのお買い物のレシートに、もれなくお得なクーポンが。

 わたしの財布の中には、それがあった。予期せず浮いた手元の五百円を見て、今までは存在しなかった選択肢を思いつく。

「レシートお返ししますね」
「あ、はい」

 飲み物が入った紙コップふたつ、両手に持って店の外に出る。ちょうど店の前、ちょうど店を出た瞬間に、どこかに向かうバスが停まる。都合よく座れる椅子もひとつある。
 暖かいコーヒーを飲みながらバスに揺られているうちは、それなりに楽しかった。けれど、自分で決めた五百円の運賃を支払った瞬間、わたしはひとりで立ちすくむしかなくなっていた。
 座るベンチもないし、ここがどこかもわからない。地図アプリが使えるのは目的地が定まっている人間だけだということを、わたしは発見してしまったのだった。

 助けてくださいの情けない電話をする腹を決め、携帯を取り出したわたしの右手を、男の大きな右手が掴んでいた。

「……准くんだ」
「ごめん」

 准くんの表情は、少し青ざめていた。

「俺は君を許せない」
「え、あ、ごめ」
「君がどうするか、それは君が決めるべきだ。でも君が俺を選んでくれないから」

 わたしが決められることなんて、ひとつだってないことを、この人が分かっていないことが不思議だった。選ぶのは准くんだ。准くんが選んだひとなら、准くんの望む通りにできるはずなのに。そういう人も選べるのに。

「俺の好きなひとをなんで君が決めるんだ」
「だって、だって准くん、死んじゃうじゃん」

 死ぬ必要なんてないのに。わたしなんかのために、簡単に死ぬことを選ぼうとする。
 死んじゃうじゃないか。あの時みたいに。若くて青い恋なんかを理由に。わざわざ、わざと、わたしの前で死のうとする。

「君のためなら、俺ひとり死ぬくらい許されるべきだろ」

 許されるはずがない。それを准くんは知っているはずだ。違う方法があることを知っている。違う道、違う運命、違う選択肢を見つけるために、どこを探せばいいか理解してる。
 わたしには見つけられなくても、准くんの目には写っている。探そうとしていないだけで。

「じゃあ俺が世界のために死んだのなら、君は満足してくれるのか?」

 俺の恋とか、俺が好きな君だとかは、俺が死ぬ理由に足りないのなら、何を目的に俺は死ぬべきなんだ? そんなことを本気で口にすることが、顔を歪めて苦しむことが、間違いでなければ何だろう。
 准くんがどうしてわたしのことが好きなのか、わたしには理解できない。普通はわかるのかな、普通はわからないと思うよ。どんなに素晴らしい若者も、恋を理由に死んだのなら、その愚かさを責められる。

「君の声がした」
「いつ?」
「ずっと君の声が聞こえるんだ」

 だからこうして、君のことを迎えに来れた。君の声を辿って、君の前に俺はいる。そう言って、わたしの手を握り込む准くんの右手は震えていた。

「でも、たぶん気のせいだよ」

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