二番までは知らない


 ぱっちりと目を開けて、着替えも終わっている様子の准くんの頬に手を伸ばす。

「ちゃんと寝た?」
「ああ」

 癖っ毛はきちんと整えられていて、表情も声も、その穏やかさとやさしさは揺らがず、変わらない。いつもの准くんだった。わたしが好きな、みんなが知っている嵐山准。

「わたしのこと、まだ好き?」
「ずっと好きだよ。ずっと昔から」
「そっか」
「はは、嫌いなときもある方が嬉しいんだろ、分かってるよ」

 准くんの両手で、両頬が圧迫される。物理的に変な顔になりながら、わたしは気持ちの面でも表情の制御を失っていた。率直に言うのであれば、びっくりした。

「君は俺のことを知らなすぎる」
「し、ってるし」

 両頬をいじっていた准くんの指先が、首の裏にまで伸びてくる。くすぐったさよりも、目の前の男のどっちつかずの笑顔に意識がもっていかれる。怒っている様にも見えたし、喜んでいる様にも見えた。

「君に知って欲しいのか、知らないままでいて欲しいのか、今日まで決められずにいたけど」

 准くんのおでこがわたしの肩に乗せられる。今まで一度も預けられたことのない重さと苦しさが落ちてきて、なんだか奇妙な気分だった。嵐山准がわたしに縋っているみたいで。

「君が好きになってくれた俺は、こういうことはしないんだろうな」
「准くん、大丈夫?」
「だから俺は、もう、君の好きな男はやりたくないんだ」

 自然と、わたしの腕は男の背中に伸びていた。あんまりよく考えず、どちらかといえば無意識で、目の前の男の背中を撫でていた。
 准くんの表情は見えない。のし掛かる男の腕の重さはわたしには到底動かせるものではない。できることは何もなかったので、わたしは心臓の音を聞くことだけに専念する。

「俺はなんで君と別れたか知ってる?」
「わたしが頼んだから」
「本当は別れたくなかったって、君は知っててくれてた?」
「……どうだろう」

 どうなんだろうね。もう誰にもわからないよ。わたしに嵐山准の気持ちなんてわからないし、准くんは記憶をなくしてしまったし。世界のどこにも、その答えは残ってない。

「俺が答えだろ」
「忘れられるよ」

 准くんの笑い声と吐息が、耳にかかる。わたしが感じている気まずさに負けないくらい、准くんは楽しそうに笑う。

「昨日、もう自分のことは好きじゃないのかって君が聞いたとき、傷つけてごめん」
「いいよ別に」
「君が泣くほど嫌なら、俺に嫌われるのがそんなに怖いなら、今までの全部も仕方ないって、俺もそう思うことにするよ」

 顔を上げた准くんは、輝く何かで瞳をいっぱいにして、わたしに笑いかける。

「だから、昨日の夜を覚えていてくれ」

 あの夜は夢じゃなかった。俺に嫌われたときの、傷ついた君の顔は本当だった。あの苦しみを忘れないで。君の苦しみに俺が救われたんだって知っていてくれ。

「勘違いだよ」
「俺は間違ってるけど、勘違いはしてない」

 落ち着いた声色、ゆるやかに上がった口角、悠然とした姿に粗は見つからない。いつもと同じ、強い意志が滲む瞳を携えて、わたしの好きなひとが命を捨てようとしていた。

「准くんは間違ったりしなくていいんだよ」
「それでも君に愛して欲しくなったんだ」

back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -