03 懐かしい声
10時50分。
パソコンに表示された時刻に目を向け、うーんっと大きく天井に向かって腕を伸ばす。
…そろそろ行くかな。
本当は私が出向くはずだった今回の取材は、取材対象が二人になったことで急遽来社してもらうことになったのだ。
―ー…あれから、10年。
彼はどんな大人になったのだろう。
雑誌で見る彼は相変わらず輝いているけれど、そんな感じなんだろうか。
今朝、牧さんからの口から聞いた突然の“彼”の名前。
…何でこんな緊張するんだろう。
よくあるドラマとか、小説みたいに、まるで――
…そう、まるでヒロインになったようにドキドキする。
仕事だって上手くいっていて。
仕事のできる彼氏だっていて。
十分すぎるほど幸せな毎日を過ごしているというのに。
「馬鹿だな…」
思わずポロっと口から出た言葉が、廊下に響く。
カツカツッとヒールの音と、すれ違う社員の人たち。
しばらく廊下を歩き続けていたその時―ー
「――っ」
どこからともなく、突然腕が引き寄せられ―ー気付いた次の瞬間、私は暗闇の中だった。
そして、
「名前さん」
そっと、静かに、
どこか懐かしい声が、
「――久しぶり、名前さん」
二度、私の名前を呼んだ。
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