呪術廻戦 | ナノ

籠から籠へ



「はーい、お待ちかねの任務ダヨ」

どんどんぱふぱふ。ぴーひょろ。
頭の上にちょっと曲がった三角帽子を乗せて吹き戻しをぴろぴろさせながら、でんでん太鼓を打ち鳴らす我らが担任を器用だなあ、なんてどこか他人事で見つめていた。横目でちらっと見遣ると伏黒と野薔薇はごじょせんの手前の虚空を力の抜けた表情で見つめていた。虎杖だけはどこから持ち出したのか一緒になって吹き戻しをぴろぴろさせている。

「あは、皆分かりやすくて非常に宜しい」

ごじょせんが咳払いをして真顔になる。これは悪ふざけはここまでの合図。私達も表情を切り替えてごじょせんを見る。でもやっぱり三角帽子は気になる。妙に似合っているのがまた可笑しかった。

「五条さん」

張り詰めた声が掛かる。
ああ良かった見つかって。見つからなかったら学長に何と言われるか…とハンカチで汗を拭いながら伊地知さんがやって来た。今日はまた一段と顔色が優れない。

「緊急の案件で学長がお呼びです」
「僕以外には?」
「対処不可、最優先事項だそうです」
「そうか」

ごじょせんの纏う雰囲気が変わった。先程までの軽薄はどこに収納されたのか、まず三角帽子を伏黒に、続いてぴろぴろを私に(虎杖は既にぴろぴろを持っていたのでスルーされた)、そしてでんでん太鼓を野薔薇に渡すと「ごめん、また今度」と私達に背を向ける。ごじょせんが残して行ったのは真剣な声とパーティーグッズ。と、伊地知さん。

「君達にも命令が出ています」

*

その日、私達は、いや私は自分の認識の甘さを嫌という程痛感する事になる。下された任務は準一級相当の呪霊の祓除。本来なら有り得ない、初めから私達の手に余る任務だと言い渡された。緊急事態に五条悟が駆り出され、その穴埋めの任務に七海建人を始めとする術師達が向かい、上級生達も各々の任務に着いている今、今すぐ動ける一年生を派遣せざるを得ないと伊地知さんが言った。顔色が悪いし、何度も汗を拭っている。きっと、荷が重いんだろう。みすみす死地に向かわせる事に葛藤している人の顔をしている。

「出来れば行かせたくない」

そう言う伊地知さんを誰も責めなかった。攻める理由も無かった。他の三人がどう思ったかまでは分からないけれど、呪術師としての覚悟や矜持なんてそんな綺麗事の話では無くて、ただ事ではない雰囲気に飲まれた。行くしかなかった。

でも、私が行ってどうなるのだろうとも思った。前提として呪霊が祓えない私は一度高専で「要らない」と言われているのだ。最低でも2人1組じゃないと蠅頭すら祓えない私は本当に行く意味すらない。

「余計な事考えてんだろ」

虎杖は優しい。自分が怪我をして血塗れなのに、無傷の私を案じてくれる。

解こうとか、考えるなよ」

準一級相当の呪霊が2体。報告には無かった。出発前の4対1なら何とかなるんじゃないか、みたいな無根拠な淡い期待はとうに砕け散っていた。野薔薇と伏黒が別のもう一体に襲われて、私達は離れ離れになっていた。虎杖は強い。それでも私が攻撃出来ないから、こちらは分が悪い。

呪霊の攻撃で虎杖が血を吐くのを私には如何する事も出来ない。猫に弄ばれる鼠の様だった。

「領域展開・不死曼荼羅」

下書きレベルの領域展開でも、何も出来ないよりはマシだろうと思ったけれど、私の領域内では誰も傷付かない。故に呪霊に攻撃する事も出来ない。突然の不可侵の強制に呪霊が困惑していた。だけどこの後どうする?虎杖も深手を負っていて、私が力尽きたら後は呪霊にやられるだけだ。極限の状態で、私の脳裏を過ぎったのは虎杖悠仁の、中身。

私は、一か八か領域展開を閉じた。そして、次の瞬間には堆く積まれた髑髏の下、水の上。見上げると、呪いの王は腕を組みこちらを見下ろしていた。

「許可なく見上げるな、不愉快だ」

呪いの王は、言葉とは裏腹の愉悦の表情を浮かべている。

「乞う態度かそれが」
「見上げる許可を下さい」

私は頭を下げて許しを乞う。更に深まる彼の愉悦。そして、促されるまま、私は宿儺に懇願して縋りついた。自尊心なんて、最初から持ち合わせて居ない。

でも、私のそうした振る舞いは間違って居なかった。

「心無

私は呪いの言葉を吐いた。虎杖の心に干渉して、宿儺に主導権を渡させる。
虎杖の身体に紋様が浮かび上がる。虎杖があれ程手こずった呪霊が、馬鹿みたいに、一瞬で細切れになった。

「何だ。オマエ、弱いな」

あまりの呆気なさに私は、助かった実感も湧かない程だった。圧倒的実力差。

あまりの衝撃に呪霊が消し飛んだ辺りの空間を呆然と見つめていると、宿儺は顔だけで振り返って私を見た。そして、まるで値踏みをする様に眺め回すと、目を細めて嗤った。

「ほら、跪け」

素直に従いながら思う。ああ、この男は紛う事なき羅刹だ、と。

「どうして」

助けてやるから跪け、だなんて条件を出したのか。宿儺の足元に座り込みながら何故と問うた。

「自分で考えられんのかオマエは。俺はオマエを蹂躙するのが目的だと懇切丁寧に教えてやった筈だが?」

はぁ、と長く深い溜め息を吐かれた。

「オマエは弱くて脆い。術式を見ても分かる。全ての攻撃と引き換えに得た守りは自分だけの揺り籠だろう?俺の目的はオマエの籠を壊し、オマエを傷付け、そして俺に縋らせる事だ」

分かっていたつもりの事でも改めて言葉に出されて突きつけられると、心臓がきゅっとして上手く息が出来なくなる。

「オマエは初めから俺に縋り付いて乞えば良かったのだ」

俺に縋り付いた事実を受け入れろ。
突き放す様な言葉だというのに、そう言った宿儺の声が妙に微温さを孕んでいて、その焦れったい熱が私の心を外と隔てていた薄膜を溶かしてしまった様な、そんな気がした。

何故か涙が溢れて止まらなくなってしまった。宿儺に泣き顔を、もっと言えば自分の弱みを見られたくなくて、どうにか涙を止めようと唇を噛んでみるけれど、一度壊れた物はなかなか元に戻らない。背けた顔を良く見せてみろ、とばかりにおとがいに手を掛けられて上を向かされる。

「随分な顔だな」

二対の目に見つめられたまま鼻で嘲笑われる。涙と鼻水に塗れて、目の周りは腫れ上がっているだろう。泣き過ぎて目の奥から頭までガンガンと痛んでいた。酷い顔をしているのは自分でも良く分かったものの、頭痛のせいか他の要因か、思考が上手く働かない。

「さて、何時ぞやの続きと行くか。今度は踏んでやろう」

ケヒッ、ヒッ。

宿儺の愉悦に満ちた声が頭上から降って来た。私は彼の足元に蹲ったまま、それを甘んじて受け入れる事しか許されないと、直覚した。それは諦念にも似た感情だった。


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