「あがつま」
「……なんで来たの」

俺は名前のほうには視線を向けずにそう答える。違う、一番に謝るべきだろ、この間自分がしてしまったこと。どこまでも情けなくて意地っ張りな自分が嫌で、名前の声がする方向に背を向けるようにごろんと丸くなった。すると、彼女の足音がこちらに近づいてくる。くしゃ、と生い茂る芝生の上、俺の隣に、彼女が腰かけたのがわかった。

「ねえ、なんであんなことしたの?」
「…名前が好きだからだよ」
「っ…でも、最近全然そんなこと言わないじゃん」
「はあ?言われたかったの?お前だって俺が好きって言っても気持ち悪がってたくせに」
「き、気持ち悪がるってそんな、わたしが性格悪いみたいじゃん!」
「ていうかそもそもお前は炭治郎が好きなんだろ」

俺がそう言い放った瞬間、名前の音がぴたっとやんだ。ずっと蓋がされていたその音が、堰を切ったように悲しい音に変わってあふれ出し、俺へと向けられる。

いや、やっと音がわかるようになって嬉しいけど、このタイミングで悲しい音?ますますよくわからない。

「なんでそう思うの」
「俺は耳がいいの。お前が炭治郎に向ける音、好きって音だから」
「……」
「違うの?そうでしょ?だから俺にキスされてあんなに怒ったんでしょ」

本当はこんなことが言いたいんじゃない。
違うよ、我妻のことが好きだよって言ってほしい。
叶わない望みってことは百も承知だよ。それでもあの日みたいに、シロに笑いかけていたみたいに、俺にも笑いかけてほしいって、とことん諦めの悪い俺は、思ってしまうんですよ。

「…ちがうよ」
「は?」
「わたしは炭治郎くんのこと好きじゃない」
「嘘つけ。好きって音、ずっと聞こえてたよ」
「ちがう!ちがうよ!わたしは我妻が好きなの!!」

しん、と辺りが静まり返った気がした。

普段あまり声を荒げることのない名前が発した声は、俺の気のせいじゃなければ震えていた。今、俺は彼女に背を向けているから表情はわからないが、心音だけがどんどんと速くなる。そして変わっていく。悲しい音が、好きって音に。炭治郎に向けられていた音よりももっとずっと甘く、胸がつかえるような、聞いたことのない音に。

一気に流れ込んでくる情報に頭が追いつかず、まったく処理ができない。ただ、うしろで名前が泣いている気がして振り返ると、そこには正座した膝に両拳を置いてどんぐり眼からぱたぱたと涙をこぼす彼女。

俺はぎょっとして飛び上がってしまい、隣で寝ていたシロも同じように飛び起きていた。

「ちょっ…え…な、なんで泣いて…」
「うっ…ううぅ……あがつまのばかあ、意気地なし」
「いや、俺は馬鹿だし意気地なしだよ…そのとおりなんだけど、なんで泣くんだよ、泣くなよお」
「…わたしの気持ちも知らないで」

悪いけど、それは俺の台詞だからな。

そう思って名前を見やると、濡れそぼった瞳で正座したまま胸中を吐露し始める。その涙を拭ってあげたい気持ちをぐっとおさえる俺に、その間も彼女からは好きって音がずっと向けられていて、今この瞬間は夢なのではないかと、心が高鳴るのをおさえつけられなかった。

「わたし…ずいぶん前、初めて授業をさぼっちゃおうと思って、どこかいい場所がないか探してたの」
「あー…うん」
「そしたら、芝生広場のちょっとわかりにくい場所におっきな木があって」
「…ここのことね」
「いい場所見つけたと思って近づいたら、我妻が猫と一緒に寝てたの」
「え?」
「わたし、先に一目惚れしたの」
「え………」
「だから、あのあと、また会えないかなと思ってここに来たの。そしたらいきなり付き合ってくれとか言い出すから、気が動転しすぎて逃げちゃって…」

それで…と話を続けようとする名前の言葉を、キャンパス中に響き渡りそうな俺の絶叫が遮ったのは、想像に容易いかと思う。
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