「善逸、俺はたこ焼きを丸くすることができないみたいだ」
「炭治郎、お前…よくわからんとこ不器用だよな、貸して」
「善逸…! お前は逆に、よくわからないところで器用だなあ」

「おい紋逸、この家胡椒ねえのか」
「はあ?あるけどお前…たこ焼きに胡椒かけんの?」
「権八郎のたこ焼きは味が薄いんだよ!あるなら早く寄越せ!」

いや、まあ、たこパは普通に楽しかったよ。

でもやっぱり俺の家での開催だから、家主はやることが多くて、ちょっと疲れてしまった。彼女とも、まあ、普通に会話はできたけど、やっぱりいつものそっけないそれで。変わらず炭治郎への好意の音は、もちろん俺の耳にだけは聞こえていて。

やっぱりこんなふうに集まったりするのは精神衛生上よくないな、と思いながら、俺はたこ焼きをつまみに、缶チューハイを呷りまくってしまった。





どれくらい時間が経っただろう。

頭がずきんと痛む感覚で目を覚ますと、そこは真っ暗な俺の部屋だった。耳を澄ますとみんなの寝息が聞こえる。体育座りで眠る炭治郎、大股を開いてソファを占領する伊之助、クッションを枕にして眠る名前の友人たち。雑魚寝のような状態になっていた。ああ、俺も寝ちゃってたのか。

ふと、暗闇で身動ぎする存在が在ることに気づく。耳が音を拾った瞬間、俺の心臓はドクン、と跳ねた。目の前に名前の整った寝顔が見えたのだ。

とたん、俺の目も心も、彼女しか映さなくなる。そこには初めて会った日に見た長い睫毛と、小さな唇が見えて。だめだとはわかっていたけれど、触れたい欲求が抑えきれず、俺は思わず親指でをそっと彼女の唇を撫でた。

名前の整った寝顔はぴくりとも動かない。いまだ酒が抜けきらず霞がかった意識のなか、気がついたら、俺の唇は彼女の唇に吸い寄せられていた。

暗く静かな室内に、控えめなリップ音が響く。名前が目を覚まさないのをいいことに、俺はその小さな口元にキスを落としつづける。一度離れて、角度を変えて、食むように、何度も、何度も。

わかってるよ、俺の天使が、俺じゃなくてきっと炭治郎が好きってことも。でも今だけ、この瞬間だけは、名前を俺のものだと思いたかった。


白み始めた空が開けっぱなしのカーテンから夜明けを知らせる。とくん、と彼女の心臓の音が聞こえた。思わず小さな小さな声で「名前」と愛おしむように呟くと、長い睫毛がぱっと上向く。

あの日のように頬を真っ赤に染め上げた名前は、俺に「最低!」と言い放ち、そこら辺に散らばっていた荷物をまとめると、逃げるように部屋を出て行ってしまった。






その日から、もちろん天使は俺と口を利いてくれなくなった。悪いのは完全に俺だ。好きでもない男に寝ている間にキスされていたなんて、気持ち悪いことこの上ないだろう。悪かったと思うよ。でも好きなんだもん、しょうがないじゃん、と俺の中のもう一人の俺が言う。

何があったかは話していないがあからさまに落ち込む俺を、炭治郎はおろおろと申し訳なくなるくらい心配してくれていた。あいつも鼻がいいから、きっとにおいで色々分かるんだろうな。どこまでもいいやつだよな、お前はさ。

今日は、久しぶりに名前と出会ったあの木の下に来ていた。そりゃあ講義をさぼりたくもなるよ。彼女とは口を利けなくなってしまったけど、シロは今日も俺の隣で丸くなって寝てる。別に俺、寂しくないし。

…当然だけど、まあ、嘘だ。

本当は、あの日欲に勝てなかった自分が憎かった。あんなことしなければ、今も名前の友達でいられたのに。あんなことしてしまったから、きっと俺は今彼女の友達ですらないだろう。

次々と襲いかかる後悔に、夢の中で良いから天使に会わせてくれと、目蓋を閉じた時。



俺の耳に届いたのは、紛れもない、名前の凛とした音だった。
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