俺と彼女の出会いを掻い摘んで話すならば、まあそんな感じ。俺にとってはいわゆる、一目惚れというやつだった。もともと女の子は大好きだし、これまで恥ずかしいことに、出会ったその瞬間に求婚したり、交際を申し込んだりということを何度か繰り返してきていた。けれど、彼女に出会ってから、ほかの女の子に興味が向かなくなった。


その後、友人である炭治郎と退屈な講義を受けているときに、彼女の凛とした音がすぐ近くで聞こえることに気づいてしまった。視界に入る漆黒の艶髪。講義中にもかかわらず熱があがりすぎて沸騰しそうになった俺は、隣でぴんと背筋を伸ばして教授の話に聞き入る炭治郎に、恐る恐る声をかけた。

「なあ炭治郎」
「………」
「た、たんじろぉ…」
「なんだ善逸!今は講義中だろう!」

小声だがなんとも聞き取りやすい語気で、炭治郎は俺にそう返す。その間も視線は黒板に向けられたまま。こいつ、本当にくそ真面目だよな。

「あのさぁ…講義終わったら手伝ってほしいことがある」
「…? なんだ、改まって」
「こないだ話した天使がさ…いるの、あそこに」
「!」

炭治郎にはすでに彼女のことを話していた。彼女を見かけた翌日から、気味が悪いくらいに破顔しまくり、鼻の下を伸ばしまくりの俺の異変にすぐに気づいたらしい。怪訝そうな表情を浮かべながらも、「何があったんだ?」と聞いてきてくれたもんだから、俺は取り憑かれたように、この間天使に出会ったんだと話し立てたのだった。

炭治郎に俺の作戦を耳打ちすると、また渋い顔をしていたけど、しょうがないなと言って笑ってくれた。さすが長男!


講義の終了を知らせるチャイムが鳴ると同時に、俺は炭治郎の腕を引っ掴んで天使の元へ走った。ひとりで講義を受けているらしい彼女のまわりには友人らしき人の姿もなく、絶好のチャンスだ。ルーズリーフをまとめ、ペンケースにシャーペンをしまって席を立とうとする彼女に、「あの!」と声をかけた。

「こんにちは!」
「えっ…あ…」
「好きです!」

うろたえる彼女が何かを言いかけるのも無視して、また俺の口からは勝手に言葉が漏れていた。頭上にはてなマークをたくさん浮かべた彼女に、「間違えた!!」と慌てる俺。すかさず炭治郎が「善逸!さっきと言ってることが違うじゃないか!」と割って入る。
炭治郎よ、さらっとさっきもこの子の話をしていたのをばらすのはやめてくれ。

「急に話しかけて、すみません…あの、俺は竃門炭治郎です。君の名前は?」

そう言って炭治郎は俺の天使に問いかける。おいおいなに俺より先に名乗ってんの!なに俺より先に名前聞いちゃってんの!わなわなと震える俺をよそに、俺をじろりと睨みつけた彼女は、炭治郎の目だけをしっかり見つめて、その愛らしい唇で自分の名前を紡いでいた。
苗字名前ちゃんというらしい。名前ちゃん…ああ、名前まで可愛いなんて…

ぽやっとする俺に、炭治郎は「そうだよな?善逸」と話しかけてくる。彼女の可愛い名前を頭の中で反芻することに夢中になっていた俺は、会話の流れをまったく把握していなかった。「う、うん!」と適当に頷き、彼女に微笑みかけた。

「俺は我妻善逸だよぉ。仲良くしてね!」
「…はあ?なんであんたみたいな人と」
「イヤーーーーーッやだやだなんでそんなこと言うの!?」
「初対面でいきなり付き合ってとか好きとかおかしいに決まってる!誰にでもそういうこと言ってるんでしょ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!誤解だ!善逸はいいやつなんだ!ただちょっと愛情表現の仕方が特異なだけで…」
「くぉら炭治郎!お前フォローのつもりだろうけど全然フォローになってねえからな!!」

本当は俺の作戦では、颯爽と現れた俺が彼女ににこやかに話しかけて、この間は突然ごめんね、と告げるはずだった。そして、抜けているところはあれど容姿端麗で、顔に"俺の友人は皆いい人です"と書いてあるような炭治郎に、「善逸はすごくいいやつなんだ。この間はいきなり変なことを言ったみたいだけど、よかったら友達から仲良くしてやってくれないか」と言ってもらう予定だった。

でも俺は天使を目の前にしたら、考えるより先に言葉が口からあふれ出してしまう。どうやらそれはどうしようもないことらしかった。


結局その日は、次の講義のために俺たちを探しにきた友人その二の伊之助が、「誰だそのみみっちい女!」と騒ぎ立て、さらに彼女を困惑させるだけで終わってしまった。
prev back next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -