and love is blindness

わたしが我妻さんの姿をはじめて認識したとき、彼は顧客様の対応でばたばたと忙しそうだったのをよく覚えている。

初めてお店に行ったわたしでもすぐにわかるくらい、きっと素敵な接客をされる方なんだろうな、と勉強がてら遠巻きに眺めていた。そしてそのあと、手が空いたらしい我妻さんが、メンズフロアをしつこく見てまわるわたしに声をかけてくれたのだった。

「そのスニーカーかわいい!俺もほしいと思ってたやつです!」

第一声がそれ。正直、ううん、なんだかちゃらそうな雰囲気の声かけだなあと思った。俺もほしいと思ってたとか、あっそうなんですかという感じだし、とりあえず「かわいいですよね」と、彼の営業スマイルに負けない営業スマイルで返答をする。

「さっき見てたシャツワンピにも合うんじゃないですか」

あれ、見られてた。さっきは顧客様の接客をしていたのに、いつの間に。

「お姉さん、カジュアルなのが好きそうだから、メンズサイズの服おっきめに着るのも似合いそうですよ」

わたしはレディースのアパレルブランドで働いている。でもここ最近、少しカジュアルな服装が気になって、こうしてメンズの取り扱いがあるお店に足を運ぶようになっていた。そのときの格好としては、カジュアルに移行しようとしている、というとても中途半端な状態だった。なのに、そこからさらに、メンズの服が気になっていることまで、なぜか読まれてしまっているなんて。この時点で、おそらくわたしは甚く感動していた。

そして我妻さんは、懐にすっと入るのが、すこぶる上手な人だった。わたしはこの日だけですっかり我妻さんに信頼を置き、あっという間に顧客の1人になったのだ。


我妻さんのところに通うようになってから半年ほど、彼に覇気のない日が時たま訪れるようになった。でもそれもほんの一瞬、わずかに相好に表れるだけで、じっと観察しなければほとんどわからない程度。

この頃には、我妻さんと話す時間が楽しくて幸せで仕方がなかったわたしは、我妻さんへの気持ちが、ただの販売員としての憧れではないことには気づいていて。だからこそ、なんとなく元気のない彼が、気がかりだった。


それからはなんだか、現実味がなかった。


まず、我妻さんがお店に来てくれた。動揺しすぎて変な声が出た。
もっとびっくりすることに、お昼を一緒に食べてくれた。
さらに、すっごくドキドキするやり方で、連絡先を教えてくれた。
そして、毎日のように連絡を取り合った。夢のようだった。
それだけでは飽き足らず、なんと、デートに誘ってくれた。

それから、それから………


好きかもしれないって、言われた。


そのあとどうなったかというと、びっくりすることに、どうともなっていない。我妻さんはすぐに、「急に変なこと言ってごめんね。返事とかほしいわけじゃないから」とまた少し寂しそうに笑っていたから。そっか、そうだよね、付き合いたいとかじゃないよねって、言わなかったけど、わたしも眉尻を下げて笑った。

わたしは、自分に自信がない。我妻さんのような人が、なぜわたしのような何でもない人間を好きになってくれたのか、理解がさっぱり追いつかない。でも、わたしも、我妻さんが好き。それは絶対に揺るがない事実だったけど、心の中を不安というおっきな要素が陣取っていて、なかなか思い切った一歩を踏み出せないでいた。


あの日から、お店でもプライベートでも会えていなかった。我妻さんは、元気でやっているのだろうか。会いたいなあとぼんやり思っていたら、早番シフトでの出勤日、『今日会えない?』と連絡が来ていた。

その日は仕事にならなくて、先輩に何度もからかわれることになった。

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