l'm not a lonley boy

思わず、好きだと洩らしてしまった。

デートをしている間中、彼女からは好きって音が聞こえていた。うん、わかってた。俺はずるいので。
でも、俺が好きかもしれないと伝えたとき、動揺と喜びの音に混じって不安そうな音が聞こえて、思わず弱気な言葉を紡いでしまった。返事が欲しいわけじゃないとか、そんなの真っ赤な嘘だったけど、保身のために紡いだ言葉だ。困ったように笑う姿を見て、これ以上伝えるのは逆効果かもしれないと踏んだ俺は、そのあと彼女を最寄り駅まで送り届けて、なんの進展もなく1日を終えた。

前まではさ、あんな雰囲気になったら、すぐ俺の家かホテルに持ち帰ってたよ。でもそれができない自分に、情けなさと同時に少しの嬉しさみたいなものも、感じてしまっていた。


あれから、休みの日も仕事の日もほぼ四六時中彼女のことを考えていた。なんとなく連絡を取るのは控えていたが、ついに仕事にも支障が出てしまいそうで痺れを切らした俺は、仕事の休憩中に『今日会えない?』と連絡を入れる。同じく休憩中だったらしい彼女からは、すぐに『早番なので、仕事のあとでよければ会えます』と返事が来た。俺も、仕事が早く終えられそうだったから、連絡したのだ。

残りの勤務時間がやけに長く感じられ、彼女に会える時間が待ち遠しくて仕方なかった。



落ち合う場所は、この間の公園にした。
本当はカフェとか喫茶店のほうが良かったのだろうけど、できれば彼女と2人きりでいたかった。…家には、連れ込めないし。

彼女より早く仕事を終えた俺のお供は、煙草とアイスコーヒーだった。彼女用に、アイスラテも買ってある。まだ、夜風は冷たい。口から吐き出した煙は、まあるい円となって濃色の夜に吸い込まれていく。前にもあったな、こんなシチュエーション、とふと思い返したが、そのときとは気持ちがまるで対照的だ。

そんなことを思いながら煙草の火を消したそのとき、ざり、と控えめな足音が聞こえた。

「……我妻さん」
「…名前ちゃん、おつかれさま。ごめんね、急に呼び出して」
「いえ、あの……わたしも、会いたかった、です」

そう言って俺の隣に腰かける彼女に、アイスラテを差し出す。「この間飲んでたから」と笑うと、控えめに差し出された手で受け取ってくれた。

夕暮れ時に来たときには橙色が落ちていた公園は、今は仄暗い闇に包まれている。表情があまり見えないのをいいことに、俺はアイスコーヒーの氷をカラカラと鳴らしながら話し始めた。

「仕事、忙しかった?」
「いえ!平日だし、それなりの混み具合って感じでした」
「そっか。俺のとこも今日は暇だったよ」

しんと静まり返った公園では、小声で話しても声量が大きく感じられる。俺と彼女、2人分の心音に耳を傾けながら、一つ深呼吸をした。

「……こないだは、急に変なこと言ってごめんね」
「へ、変なことだなんて…」
「………俺さ、返事がほしいわけじゃないとか言ったけど、……嘘」

そう言って俯くと、暗闇のなかで向かい合わせになった彼女の足先が見えた。膝の上には、きゅっと握り締められた拳が置かれていて、思わず空いているほうの手を、そこに重ねた。彼女はぴくりと反応して、小さくなった掌に、さらに力が入る。

「………なんで、わたしなんか…?」
「…わたしなんか、って言うのやめてよ。…俺は、名前ちゃんから好きなんだよ」
「…っ……わたし、は…」

重ねた手で、彼女のかたい拳をそっと開かせる。おそるおそる伸びていく指を、絡めとるようにして、俺の手と繋いだ。

「……ずっと、近くで見ててくれたのに。耳がいいくせに、肝心なことには気づくの遅くて、ごめんね」
「で、…でも、わたしみたいに我妻さんのことを思ってるひとなんて、ほかにもたくさん、いるかもしれないのに」
「…もしほかにいたとしても、俺は名前ちゃんしか好きにはなんないよ」
「……なんでですか…?」
「なんでって…俺のために怒って泣いてくれた子なんて、はじめてだったし」
「…っう…」
「……それに、俺は情けないからさ。こないだ耳の話した時も、期待してたんだよ、認めてもらいたくて。そしたら俺がほしかった言葉だけを、くれたから」
「……ぜんぶ、本音です」
「…うん。知ってるよ。だから好き」

彼女から聞こえていた不安の音は、もうほとんど聞こえなくなっていた。繋いだ手を、きゅう、とゆるい力で握る。

もうほとんど中身のなくなったアイスコーヒーの容器は、足元に置いて。

「…わたしは、……わたしも、我妻さんが好きです。はじめは、販売員として、尊敬してました。でもいまは、そうじゃなくって」
「…うん、」
「もちろん販売員としての我妻さんのことも、好きです。でも、それ以上に、ほんとうは人間らしくて優しい我妻さんが、………好きです」
「……うん。俺も、名前ちゃんが好きだよ」

繋いだ手を、彼女はやんわりと握り返してくれた。心地よいその体温を逃すまいと、握った手に力を込める。胸の奥のほうから湧き上がってくる、涙が出そうなほどの喜びや、今すぐにでも彼女を抱きしめたい気持ち、キスしたい気持ち。そういうものはどうにかすべてぐっと抑え込んで、顔だけ彼女のほうへと向けた。

「…こんな気持ちになったのめちゃくちゃ久しぶり」
「…こんな気持ち、って…?」
「……誰かのこと、大好きって気持ち」

そう言うと、前を見ていた彼女がこちらを見上げた。髪と同じ褐色の瞳に映し出されるのは、暗くてあんまり見えないけれど、きっとほんのり頬を染めた俺の姿なんだろう。
長い髪がひっかけられた彼女の耳たぶにそっと触れると、きゅっと伏せられる長い睫毛。欲は先刻抑え込んだばかりだというのに、深い闇に溶け合うように、気がついたら唇を重ねていた。

足元に置かれたアイスコーヒーの氷が、カラ、と音を立てて溶けていく。唇を離して彼女の顔を見遣ると、暗闇でもわかるくらいに紅潮していて。俺はまた、いろいろな欲を必死で抑え込むようにして、冗談めかして「たばこくさかった?」と聞く。彼女は照れくさそうに笑って、ゆっくりと首を横に振った。

「…俺、多分プライベートは全然カリスマじゃないよ」
「……なんですか、それ」
「だから…がっかりさせちゃうこともあるかもしれないけど、目一杯大事にするって、約束するから」

「だからカリスマじゃなくても、好きですってば」と笑う彼女に手を伸ばし、ぎゅう、と力を込めて抱きしめた。そっと背中にまわされた小さな手の感触に、心臓が押しつぶされそうなほど、幸せで満たされた心地になる。



俺は、ずっと満たされなかった。
埋めたくても、埋められなかった。
でもこうして、認めて、ゆるして、
笑ってくれる彼女に出会えた。


知らなかった気持ちも、
知ってたけど忘れてしまっていた気持ちも、
ほしかった言葉も、
俺が誰かに与えてあげたかった言葉も、ぜんぶ。


名前ちゃんが教えてくれた。




「俺は名前ちゃんに救われたんだよ。ありがとう」


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