Love is like a flower

いつものやり方で名前ちゃんと連絡先を交換してからというもの、ほぼ毎日のようにやり取りをしていた。話題は尽きなかったし、俺はあの日からとにかく彼女が気になって仕方がなかったから。また会いたい気持ちがどんどんと大きくなり、お店で話すだけでは足りないと感じた俺は、さり気なく休みを聞き出して、デートの約束を取り付けた。お互い平日休みなことが幸いして、比較的すぐにまた会う時間を作ることができた。

約束をしていたその日の朝、なぜだか早めに目を覚ます。煎れた珈琲を飲みながら、全身鏡の前に立って、クローゼットから引っ張り出した服で複数のコーディネートを組んでいた。それはさながら、初デート前の女の子のように。いつもなら着たいものはなんとなく決まっていて、半ば直感的に選んでいたはずなのに、なかなか決めきらない自分にまたしても動揺した。

ダークグリーンに白地のロゴがプリントされたTシャツに、カモ柄のミリタリーパンツを穿く。ブラックレザーのジャケットを羽織ると、バランスはいいが色味が些か暗かったので、さりげなく覗く程度の、短めのシルバーチェーンのネックレスを添えた。靴は、ブラックのチロリアンシューズ。

うん、大丈夫、なんら普段と変わらない俺。緊張する理由なんかなにもない。愛用の香水を手首と首元に振りかけると、いつも通り鞄は持たずに、家を出た。



約束の時間は正午過ぎ。早めに待ち合わせ場所に到着すると、ほどなくして彼女の姿が見えた。俺を視界に入れるなり、ぱたぱたと小走りで駆けてくる。「すみません!」と頭を下げると、いつもの柔らかい香りが鼻を掠めていった。

「全然待ってないよ」と笑いかけ、並んで歩き出す。彼女は、足元にはスニーカーを合わせていたが、珍しくレモンイエローのティアードワンピースを着ていた。生地はリネンだろうか、ふわりと舞う紋黄蝶のような新鮮な姿に目を瞬かせていると、おずおずと視線が上げられ、目が合った。

「…あの、変ですか?」
「……いや、ちょっと新鮮だなあと思って。そういうのも似合うよ、かわいい」

身長差のある彼女に目線を合わせるようにして首を傾けると、わかりやすく頬を熱らせていた。余裕ありげに見せている俺も、心臓が音を刻む速度は確実にいつものそれよりも速い。とりあえず一旦、ランチをして世間話でもしようと思い、近くにあるカフェへと足を運んだ。





昼食のあと、せっかくだからと二人でセレクトショップを回った。仕事以外で彼女と一緒に服を見るのはもちろん初めてのことだったが、接客していて感じていた通り、俺たちは趣味が合うらしかった。彼女が似合いそうだと言ってくれる服は、決まって俺が着たいもので。

「我妻さん、今年の夏は何着たいですか?」
「んー…とりあえずアロハは毎年着るなあ」
「わあ!絶対似合います!」
「でも髪が派手だからさ、色は選ぶんだけどねえ。それだけで季節感出るから好き」
「うんうん…わたしも着たくなってきました!」

ラックにかかった服を、からからとハンガー同士が触れ合う音を立てて均し、眺めながら、そう言って心底楽しそうに笑う。服への愛が溢れ出るその姿に、共感の意も込めて思わず目を細めて横顔を見つめてしまった。
せっかく服の話で軽い空気感を作り出せていたのに、ふとこちらを見上げた彼女と目が合うと、また顔に恥じらいの色を溢れさせていて。なんとなく、甘い空気が漂ってしまう。ラックに添えられたままになっている彼女の手にわずかに触れるようにして、ハンガーにかかったフレンチスリーブのカットソーを持ち上げ、「俺は女の子の夏のフレンチスリーブが好き」と笑って見せた。「変態みたいですよ」と吹き出されたが、手が触れ合った時に彼女の心音が一際大きくなったのを、俺の耳は聞き逃してはいなかった。




ちょっと休憩しようと彼女を誘って、大きな噴水のある広々とした公園のベンチに二人で並んで腰かけた。俺はアイスコーヒーを、彼女はアイスラテを、コンビニでそれぞれ買って。時刻はもうすぐ日が沈むだろうかという頃で、あたりの景色にはぼんやりと橙色が落ち始めていた。

「…名前ちゃん、今日、楽しかった?」

柄にもなく、自信なさげな台詞が口をついて出た。彼女は俺ではなく目の前の噴水に視線を向けたままだったが、頬を綻ばせているのはなんとなくわかる。

「はい、とっても。我妻さんは本当にすごいって今日も何度も思いました」
「えーなんで?今日の俺は販売員じゃないよ」
「……わたしは、我妻さんが有名な販売員だから、お店に通っているわけじゃないんですよ」

「この間も言いましたけど」と彼女は続けた。

「はじめてお店に行ったとき、このひとは只者じゃないって思いました。わたし、販売員だけど、接客されるの嫌いなんです」
「…うん、それは知ってる。音でわかるから」
「…? 音?」

この話を誰かにするのはいつぶりだろう。
わからないけど、この子になら伝えてもいいかもしれないと思った。そして、認めてほしかった。何がカリスマ販売員だ。情けない男だな、俺は。

「変なこと言うなよって思うだろうけど、俺は耳がいいの。どのくらい、いいかっていうと…人の感情がなんとなく読めるくらい」
「そ、…え!? そ、そんなことが…」
「…あるんだよねえ、これが。だからお客さんの気持ちもさ、ほとんど手に取るようにわかっちゃうの」

「ずるいよねこんなの」と眉尻を下げる。


「…俺さ、全部に自信がないよ、今も。始めはもちろん純粋な気持ちしかなかった。服が好きだったから、成績が伸びるのが嬉しかったし、もっと頑張ろうと思った。でもそのうちこの耳に引け目を感じるようになって、数字だけは伸びていって、まわりからの目とか求められるものも変わっていって…、何となくいつも満たされなくて。仕事以外でそれを埋めようとした。でも、埋まんなかった。いつも求められてるのは販売員の俺で、俺自身じゃなかったから。そういうの全部どうにかしたくて女の子と遊ぶのもやめて、彼女も作ったけどうまく行かなくて」

一息に話して、情けないあまり、ひとつため息を零す。

「俺ってめちゃくちゃ格好悪いよ、本当はね」


「そんなことないです」って言ってくれないかな、と思いながら、言葉を紡ぐのをやめた。


「………そんなことないです。たとえ、わたしの耳が人と違って特別だったとしても、我妻さんみたいにはわたしはなれないです。顧客さんだってきっと膨大な数なのに、ひとりも取りこぼさずみなさんのこと細かく把握して分析もして、そんなの誰でもできることじゃないです。ちっともずるくなんかなくて、我妻さんが今いるところは、我妻さんがいっぱい努力したから自ずとついてきた結果だってわたしは思います。わたしが我妻さんのお店に何度も何度も行きたくなるのは、あなたと話す時間が好きだからです。本当に服が好きなんだなって伝わるような我妻さんの笑顔を見るのが、好きだから。我妻さんが有名だとか、そうじゃないとか、そんなことを気にしたことは、一度もないです。………だから、そんなに悲しい顔を、しないでください」


ひどく心地よいのに胸のなかをえぐられるような、不思議な脱力感に襲われた。

ほしかった言葉が、晴れ間に降り注ぐ雨のように、優しく優しく降ってくる。彼女も俺も、視線は目の前の噴水に向けられたまま。勢いよく噴き出して弧を描くそれを、じっと見つめてぼうっとする。ずっとぽっかりと穴が開いていた胸が、ひだまりのようなあたたかさでじわじわと埋められていくような、穏やかな感覚だった。

なかなか言葉を返せずにいると、そんな俺の様子を察した彼女は、さらに気遣うように続ける。

「……あの!…わたし、ただの顧客のくせに出しゃばったこと言ってごめんなさい。とにかく我妻さんには、笑っていてほしいです。また、一緒に服も、選んでほしいです」
「……ただの顧客じゃなくなってほしいって言ったら、どうする?」
「…え………」

思い返せば彼女はいつも、俺が欲しかった言葉をくれていたように思う。

でもそれは同じ販売員という立場だから出てくるものなのだと、勝手に解釈していた。それに、俺の耳のことを知らなければ、すごいと思うのは当然だろう。こんな特殊能力があれば誰だってカリスマと呼ばれるだろうし、だから、誰にも言えなかったのに。そんなことは関係ないと言わんばかりの彼女の言葉。

すごいのは、名前ちゃんのほうだ。

「女の子と遊んでたとか話したあとにこんなこと言うの、本当にどうかと思うんだけど」

噴水に向けていた視線を、彼女の横顔へ移動させた。

「…好き、かもしれない」

弾かれたようにばっとこちらを向いた彼女と視線がかち合う。


太陽が沈み始め、彼女の頬には赤い色が差していたけれど、きっとそれは、日の光のせいではなかっただろう。

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